ジワジワと鳴くセミの声がうるさい入道雲の下、通り雨を宿るバス停の中で、僕は、シルバー先輩とキスをした。
通り雨にやられた白いシャツがお互い肌にへばりついていて、前髪が濡れている。合わせた唇も濡れていた。
「デュース」
透明な声が、あたりに響き、僕はただ黙っていた。通り雨に閉じ込められて、二人きりで時間が止まってしまったみたいに思えた。
シルバー先輩の手が、僕の頬に触れてきた。じっとまっすぐ見つめる目が、僕をとらえて離さない。
「せんぱ……」
僕が答えようとした瞬間、大きなトラックがバス停をブォンとけたたましい音を立てながら横切って、それで、僕たちの時間は進み始めた。
「……帰ろうか」
「……はい」
伸ばされた手は、引っ込められた。僕はそれを、残念に思った。
僕たちは、今、二人で海に遊びに行った帰り道だった。誘ったのは僕の方だ。シルバー先輩に、二人で海に行きませんか、なんて誘って、ホントはマジホイで行きたかったけど、シルバー先輩が途中で眠っちまったら危ないから、電車とバスの旅にした。
なんで海に行きたかったのか、なんて理由は大してない。夏だったからとか、暑かったからとか。先輩を誘えたらなんでも良かったんだ。
ひと夏の思い出、ってワケじゃないが……。好きな人と夏の一日を過ごしたかった。それだけだ。それだけで突っ走れるのが僕のいいところでもあり、欠点でもある。
でも、シルバー先輩は嫌な顔しないで了承してくれた。そして、今日、ここへ来てくれた。それだけでも十分。それだけでも、すごく嬉しいことだと僕は思った。
思っていた、のに。シルバー先輩は、僕にキスをした。
海で遊んだ、帰り道のバス停で。通り雨が降ってきて、二人きりになってしまったバス停で。
「濡れちゃいましたね」なんて他愛ない話をしていて、ふと目が合って、そのときに。すっと顔が、吸い寄せられるように近づいて、それからキスをした。
……変だな。僕、シルバー先輩に、『好きだ』なんて言ったかな。それとも、とっくの昔にバレてたのかな。海に誘ったときにバレちまってたかな。
僕はとにかく、先輩のことが好きなんだって。大好きでどうしようもないんだって。ホントは一緒に海に行くだけで満足なんてもんじゃなくて、もっとたくさん一緒にいてさ、隣で眠ったりなんかして、おはようって隣で笑う顔を見てみちゃったりなんかしたいんだって。
バレちまってたのかな。
そんなことを考えてたら、シルバー先輩が一言「すまない」と言った。
「どうして謝るんですか?」
「……謝らなくても、いいのか?」
シルバー先輩は僕の質問には答えてくれず、質問を返してくる。でも、僕は何も、シルバー先輩に謝られるようなことはされてない。
「僕は、先輩に謝られるようなこと、ひとつもされてませんよ」
「……デュース、俺は――」
シルバー先輩が何かを言おうとしたところで、ブロロロとエンジン音を鳴らしてバスが来た。僕は立ち上がって、バス来ましたね、乗りましょうとシルバー先輩に言った。シルバー先輩は、ああ、とうなずいて、僕に続いてバスに乗った。
シルバー先輩と作った、ひと夏の思い出だった。
それから、後日。休日を使ってジャックをはじめとした陸上部の同級生と運動場で走り込みをしていたら、僕たちの様子を見たバルガス先生がクーラーボックスいっぱいのアイスを差し入れに持ってきてくれた。
シルバー先輩は、その道中に荷物持ちを手伝わされたみたいで、クーラーボックスを持ってバルガス先生の隣に佇んでいた。
それぞれが好みのアイスをもらっていく中、僕もひとつもらって、シルバー先輩に声をかけた。
「先輩も一緒に食べませんか?」
「いいのか?」
「一人で食べるより、二人で食べる方がおいしいと思うんで!」
それで、僕は半分に割れるタイプのソーダアイスを選んだ。棒が2本ついていて、真ん中で割れるようになっている。パキリと真ん中で割ったソーダアイスを、シルバー先輩に片方渡した。水色のアイスが真夏の太陽を照り返してキラキラ光っている。でも、そんなキラキラ眩しいアイスよりも、僕の目に映るシルバー先輩はずっとキラキラしてる。
「はいどうぞ!」
「ああ」
シルバー先輩は、僕がアイスをかじりだしたのを認めると自分もゆっくりとアイスを食べ始めた。
「ははっ。そんなゆっくり食べてたら、アイスが溶けて手がベタベタになっちゃいますよ」
「そう、だな。早く食べなくては」
それでも食べるペースがあんまり早くないから、僕は、ひょっとして先輩、あまりアイスとか好きじゃなかったかな、って思った。だとしたら、悪いことしたな、って。
「先輩、ひょっとしてアイス好きじゃなかったですか? それともソーダ味苦手だった、とか?」
「いや……アイスは、食べる機会も多い。嫌いなわけじゃない。ただ……」
「ただ?」
「……これを食べ終えてしまったら、お前は、またみんなのところに戻っていくのだろう、と」
ドキ、と心臓が音を立てた。なんとなく、バス停のときから分かってたけど。ひょっとして、僕とシルバー先輩は……。
でも、いざ言葉にする勇気が出ない。もしかして、なんて思って勘違いだったらって思うと、胸がぎゅっと苦しくてたまらなくなる。
「……いてほしいなら、いますよ。いくらでも」
だから、そんなことしか言えなくて。
「ありがとう。だが、いつまでもお前の邪魔をしているわけにはいかない」
それでも先輩はほほ笑んで、僕の頭をぽん、と撫でると、サクサクとアイスを食べてしまって、またな、頑張れと手を振った。
……なんだよ。もっと僕といたかったのなら、いてくれても良かったのに。僕は別に、それでも良かったのに。
残ったアイスをシャクリと棒までかじりながら、すぐ溶けてしまうソーダみたいな甘くて淡い時間の余韻を、ただ噛みしめていた。
それから、また別の日。僕はエペルたちと水遊びをしていた。
暑さに負けてみんなでダラダラしてたら、学園長から、君たち、暇なら学園にあるヒマワリの花壇に水をやってくださいって頼まれて、最初の方は大人しくホースで水やりしてたんだけど、監督生がラムネの瓶を持ち込んだから、とりあえず大釜呼び出してそこに水を張って、ラムネの瓶と、魔法で作った氷を突っ込んで冷やして。どっかから誰かがスイカまでもらってきてさ、それも冷やして。
それからまたホースでの水やりに戻ったけど、グリムがエースにタックルして、僕に水がかかって、だからエースにかけ返してやろうとしたら、ジャックに水がかかって、それからエペルもオルトも参戦して……。
で、完全な水遊びになったのをクルーウェル先生に見つかって、お前たちは水やりのひとつも大人しくできないのかって怒られて。
まあ、でも、そこは僕たちのクルーウェル先生だ。ラムネとスイカを呼び出した氷で冷やしてたのは実践魔法の一環になるからって見逃してくれた。見つかったのがクルーウェル先生でラッキーだったな! トレイン先生だったらきっと、氷が解け切ってラムネがぬるくなるまで説教されてたぞ。
で、そんなこんなで急いでスイカ食べたら、皆冷えたラムネを持ってそれぞれに解散、ってことになって(トレイン先生に見つからないうちに飲めよって言われた)。僕もその辺の石に腰かけて、小せえタオルでびしょびしょになった身体拭きながら、ようやくラムネにありついていたんだが。
そんなとき、タイミング悪くシルバー先輩に見つかって。
「どうしたんだ? なぜ、今日はカラカラの晴天なのに、お前は全身がびしょ濡れなんだ?」って聞かれちまって。
それで、ヒマワリに水やりしてたんです、って言ったら、ずいぶんダイナミックに水をやったんだな、って。
「水やりのついでにみんなでラムネ冷やしてたんです! 先輩も一本どうですか?」
ラムネが一本余ってたから、ジャンケンで勝った僕がもらったラムネを先輩に一本差し出す。
「いいのか?」
「はい! 前にも言いましたけど、こういうのは一人占めするより、二人で飲んだ方がきっとうまいんで!」
その相手がシルバー先輩なら尚更だ、なんて言葉はまあちょっとポケットにしまったりなんかして。
「そういうことなら、遠慮なくいただこう」
シルバー先輩は僕の座る石のすぐ隣の石に同じように腰かけて、そして、ラムネの瓶を受け取る。それから、ビー玉を落として、それで僕の方にラムネの瓶を差し出した。
「えっと……?」
「乾杯するもの、なんだろう? こういうときは」
「ああ……ははっ、そうですね! その通りだ!」
シルバー先輩の差し出した瓶に、カランとビー玉の音を立てながら、僕のラムネも近づける。カチャン、と音を立てて、ラムネ同士がぶつかった。僕たちはそのまま、ぐいっとラムネの瓶を傾けて半分くらい飲み干してしまう。
「ぷはっ……! よく冷えててうまいな!」
「ああ。身体に涼やかな風が通るような心地だ」
そうは言うけれど、シルバー先輩の頬は言葉とは裏腹に、なんだか火照って赤い気がする。
「でも、先輩。顔が赤いですよ。ひょっとして、暑さにやられちまったんですか? だったら、こんなところにいないで、部屋の中とか涼しいところに行かないと」
「いや、これは……」
シルバー先輩は、なんだか気まずそうに目を逸らす。一体、どうしたんだろう?
「本当に大丈夫ですか?」
「……問題ない。心配してくれて、ありがとう。だが、俺はただ……」
「ただ?」
先輩の言葉を待っていると、先輩は、本当に恥ずかしそうに、こう言ったんだ。
「……ラムネ同士が、くちづけをしているようだと。そんなことを、考えていただけだ」
僕は驚いた。シルバー先輩がそんなこと考えてるなんて思わなかったから。でも、なんだか悪い気はしなかった。
「ははっ! なんだ、そうだったんですね。それなら良かったです!」
「いい、のか?」
「悪いも何も……。シルバー先輩も面白いこと考えるんだなって思いましたよ。なんならちょっと、小さい子みたいで可愛いかもって……」
そこまで言った僕の言葉は、遮られた。ちょっとムッとした様子の、シルバー先輩の唇で。
「可愛いのは、お前の方だ」
口元に当てていた手の、手首を握って退かされて、そのままキスをされた。ただ押し当てるようなくちづけが、どこかで鳴くセミの鳴き声に急かされるようにして離れた。
「二回目……」
僕がそう呟くと、シルバー先輩は目を逸らしながら、ああ、と言った。あの、二人で海に行った帰りのバス停でのくちづけは、ひょっとしたら僕がうたた寝してる間に見た夢なんじゃないかとすら思っていたけど、僕の、二回目という言葉に先輩もうなずくのなら、きっとこれは、夢じゃない。間違いじゃない。
もしかして。僕には、その権利が、資格が、あるんじゃないか。シルバー先輩にさ、今すぐ好きだ、大好きだって言ってさ。いつか一緒のベッドで眠って、隣でおはようって笑い合う、そんな未来を思い描く権利が。
そう思うと、いてもたってもいられなくて、今すぐシルバー先輩を抱きしめたいなって思った。でも、僕の身体はびしょびしょに濡れててさ、先輩まで濡らしちゃいそうなんだ。
水遊びをしなければ良かったな。そしたらシルバー先輩を今すぐ抱きしめて、大好きだって言えたのに。
水遊びをして良かったな。シルバー先輩が声をかけてくれたから。
僕が黙って俯いたままでそんなことを考えていると、シルバー先輩は、僕の右手をぎゅっと握った。
「俺は……、俺は、デュース」
シルバー先輩の、赤く染まった顔が、僕のことをまっすぐに見つめている。逸らせない。逸らすつもりもない。きっと僕の頬も赤いけど。
きっと、この先にはずっと待っていた言葉がある。なんとなくそうじゃないかって思っていた気持ちが、きっと形に、言葉になる。
でも、僕はシルバー先輩の言葉を待たなかった。待たずに、目の前のシルバー先輩にキスをした。今度は自分から。三度目のキスは、僕の方から。
「……先輩のこと、今、すごく、抱きしめたいって、思ってました。先輩もびしょびしょになっちまうくらい、ぎゅって、強く」
「………………」
そしたら、先輩の方が、僕のことを抱きしめた。
「濡れちまいますよ……」
「かまわない。俺が、こうしていたいのだから」
僕たちは、お互い気持ちを言葉にはしていない。でも、お互いの気持ちがもう分かってた。こんな時間を失うのが僕はちょっとだけ惜しくって、もう少しだけでいいから、この曖昧な時間を過ごしていたかった。だから、先輩の言葉を遮った。
シュワシュワと弾けるラムネの音だけが響く静けさの中、僕たちはお互いの体温を確かめるように抱き合っていた。
*
……分からない。デュースのことが。アイツの気持ちが。
俺は、デュースのことを特別に思っている、のだと思う。そして、俺の勘違いでなければ、向こうも同じ気持ちでいてくれている。
……だが。デュースは、俺に、その気持ちを言葉にさせてはくれなかった。何か、聞きたくない事情でもあったのだろうか。俺の好意は、アイツにとって、必要のない……いらない、ものなのだろうか。
そんな考えばかりが渦巻いて、夜中眠れずに起きてしまった。普段は朝、起きるべき時間を過ぎても起きているほどぐっすりと眠っているというのに、眠りたいときには眠れないなど、本当に不便な身体だ。
夜風に当たろうと、寮を出て、その辺りを散歩しに行った。夜にも動物たちはいる。フクロウやカラスと触れ合えば、少しは気も紛れるだろうと森の方へ歩いて行った。歩いて行った先で、小さな光を見つけた。それは、本当に小さな、静かな光で。その小さな淡い光に照らされていたのは、デュースの横顔だった。
「デュース」
「シルバー先輩? どうしてここに……」
「……眠れなくて、中途半端な時間に起きてしまった。夜風に当たって、もう一度眠ろうとしたところだ。お前は……」
「僕ですか? 僕は、ちょっと。余りの花火を消化してたところです」
「余りの花火?」
「話せば長くなるんですけど……」
デュースが言うには、エースが上級生から手持ちの花火をもらったので、一年生たちで遊ぼうということになり、夜中寮を抜け出して花火をしていたらしい。案の定先生方に見つかって、それぞれ花火を持ったまま散り散りに逃げたということだ。
「どうせ怒られなきゃならないんですけど、どうせなら戻る前に、持ってる分だけでも花火全部使っていこうと思って」
そう言ってデュースは線香花火に火を点ける。淡い光の正体は、どうやら線香花火だったようだ。
「そうか」
俺は、その淡い光を見つめた。デュースもその光を見つめていた。パチパチと花火の弾ける音だけが、静けさの中俺たちを包んでいる。まるでそれは、あの時間の再来のようだ。シュワシュワと弾ける炭酸の音だけが響く中、デュースと抱きしめ合ったあのとき、あの時間の。
「……なあ、デュース」
「なんですか?」
俺はデュースから、少しだけ……人ひとり分の間ほど離れた場所に腰かけて、声をかけた。
「俺は、言葉にしてはいけないのだろうか」
デュースが驚いてしまったのか、線香花火が落ちて、辺りは暗くなった。夜の闇の静けさが、今度は俺たちを包んだ。
かと思えば、シュボ、と音がして、辺りは再び明るくなった。デュースが持つライターが再び花火に火を点けたようだ。
「そんなこと、ないです。ただ……」
デュースは、再び線香花火を見つめながら、続く気持ちを言葉にする。
「ちょっとだけ、勿体なかったんです。先輩との時間は、ドキドキして、暖かくて、心地良かったから」
「名残惜しかった、ということか?」
「そう、ですね。そうなのかもしれないです」
線香花火を見つめるデュースの横顔が、オレンジ色の光に照らされて、赤く染まったように見える。本当に染まっていればいいのにと、きっと染まっていると思いながらもつい願ってしまうのは、まだ、やはり俺が、コイツの気持ちを信じ切れていないからなのだろうか?
だけど、デュースは言うんだ。そんな俺の迷いを払拭するかのように。
「……片思いの僕にさよならするのが、淋しかったんだと思う。シルバー先輩のやることなすことに右往左往するのは、なんだかんだ、楽しかったから」
「そう、だったのか」
「でも、それで先輩を不安にさせてちゃ意味がないですよね」
デュースはすくりと立ち上がる。そして、火が落ちた線香花火を水に漬けると、俺の傍に歩み寄った。それに合わせて、俺も立ち上がった。
「僕のワガママに付き合ってくれて、ありがとうございました。先輩、待たせちまって」
「……いいや。それを言うならきっと、俺も、今、覚悟がついたところだ」
デュースに言われて考えたが、なるほど、俺も。確かに、あの曖昧で愛おしい時間と離れるというのも、どこか淋しく名残惜しい気持ちになるものだ。……だが、それでも。それでも、俺は。この先が欲しいと思う。
デュースの日々に、季節の思い出に、日々の暮らしに、俺の姿を映して欲しい、と。
「いっせーので言います?」
「それもいいかもしれないな」
冗談めかして笑うデュースに、俺は応える。どちらからともなく、言葉にするべきことがもう分かっていた。
「好きだ、デュース」
「好きです、シルバー先輩」
「ずっと前から、好きだった」
「ずーっと、大好きでした!」
へへ、と笑うデュースを、とうとう気持ちのままに抱きしめる。線香花火の残り香が、つんと鼻先を漂った。
思うままに抱きしめたから、きっと、俺は力の加減も出来ていなかったろうに。デュースは、それでも何も言わず、ただ俺に抱きしめられてくれていた。
それからのことだ。俺たちは、普通の恋人のように振る舞うようになった。あまり以前と関係や関わり自体は変わらないが、時折、くちづけをする機会が増えたり、時に抱きしめ、触れ合ったりする時間が増えた。……そのための時間を、取ってやるようにもなった。
今日なんて、二人で麓の街へ出かけた。私服で待ち合わせをして、あちこちの店を見回って、それから海の見える公園で休憩中だ。
「あのさ、先輩」
デュースが海を眺めながら、何か物思いに耽っている。俺はそれを、ただ後ろから眺めていた。
「なんだ?」
「前、二人で海に行った日、本当に楽しかったんだ。僕。思えばあの日が僕たちの始まりだったな、って、僕、そう思うんだ」
「そう、だな。確かに、始まりはあの日だった」
二人きりで海に行ったあの日。帰り道でしたくちづけが、俺たちの始まりだった。
「だから、海を見ると、言いたくなるんです」
デュースは俺の方へと振り向く。それも、抜けるような青空と、大きな入道雲を背にしながら。照りつける太陽にも負けないほどの、眩しい笑顔で。
「シルバー先輩、好きだ、大好きだ!!」
そのままデュースは俺に駆け寄ってきて、大きな犬のように抱き着いてくる。受け止めて頭を撫でてやると、嬉しそうにへへ、と笑った。
「俺もだ。デュース。お前と、恋が出来て良かった」
ざざ、と寄せては返す波の音の中、腕の中のデュースへと、またくちづける。
ああ。この日差しの中、星の下、むせ返るくらいの夏の暑さの中、少しずつ芽吹き、花をつけるアサガオのように、じっくりひとつずつデュースと想いを育みあったことを、風の色、空気の匂いのひとつまで、きっと一生忘れられないんだろう。
*おしまい
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