・期間限定イベント「薔薇の王国のホワイトラビット・フェス」の内容及びネタバレを含みます
・付き合っている設定
ラビット・ラン・レースも無事に終わり、皆でそろそろ解散して帰ろうかという雰囲気が漂い始めた頃。オルトとエペルを出口まで案内し、別れを告げる。エペルと僕は早めに着替えたが、オルトはラビット・ギアがいかに優れたデザインをしているか兄さんに自慢するんだとそのままの恰好で帰るようだった。
「今日は楽しかった! ありがとう、デュースクン」
「僕も兄さんにたくさんお土産話ができそうだよ! 誘ってくれてありがとう、デュースさん」
「ああ、僕も楽しかったぞ。二人ともまた学校でな!」
学校まで戻っていく二人の背中を見送り、シルバー先輩を振り返る。先輩も、ヴァンルージュ先輩たちに衣装を見せたいと言っていたからそのままの恰好でいるかと思ったが、どうやらこのあと用事があるみたいで、僕たちと一緒に制服に着替えていた。
「先輩も、もう学校まで戻りますか? 何か用事があるんですよね」
「いや、まだ学校には戻らない。用事があるのは、この場所だからな」
「この場所?」
何かお土産の買い忘れでもあったんですか、と聞くと、シルバー先輩は違う、と言った。
「お前の母君に、改めて挨拶をしたい。かまわないだろうか」
「それはいいですけど……」
なんでまた、と不思議そうな顔をしているのが分かったのか、シルバー先輩は困ったように笑った。
「……先ほどはみんながいたから、込み入った話に時間を取るわけにもいかなかったが……、今なら、母君にもきちんと挨拶ができるだろう。お前の、恋人として」
「えっ、あ……」
そ、そうか。そう言われてみたら、僕、シルバー先輩とお付き合いしてて、それで、母さんにシルバー先輩を紹介しちゃったのか。だからシルバー先輩は改めて母さんに僕の恋人ですって名乗りたいんだ。
「もちろん、お前の心の準備がまだできていないということなら、またの機会を待ってもかまわない」
「い、いえ! 大丈夫、です。母さんにも、ちゃんと紹介しておきたいし……」
僕はまだ、母さんに恋人ができたことも、それがシルバー先輩であることも、告げていなかった。どんな顔をされるか、分からない。正直ちょっと不安だ。いつか孫の顔が見たいわ、なんてことをこぼしていたこともあったし、もしかしたらガッカリされるかも。
「……母さん、喜んでくれるかな……」
「俺では、不安だろうか?」
「あ、違うんです! 全然そういうことじゃなくて……。僕、まだ先輩とのことを母さんに全然話せてなくて。前、『いつか孫の顔が見たいわ』って言ってたこともあったから、もしかしたら、その辺はひょっとするとガッカリするんじゃないかな、って思っちゃって……」
「なるほど。母君はそんなことを仰っていたのか」
「……でも。シルバー先輩が僕を見てくれて、それで、僕が自分で決めて、シルバー先輩を選んだんだ、って、ちゃんと分かって欲しい。だから、もし母さんが驚くようなことがあっても……ちゃんと、分かってくれるまで話し合います! だから、行きましょう、先輩!!」
むん、と胸を叩くと、頼もしいな、とシルバー先輩に頭を撫でられた。それでも、安心してばかりはいられない。ここは先輩にとってはホームの外、どっちかって言えば僕のシマみたいなもんだ。僕がしっかりしないと……! 改めて気合いを入れ、母さんが待つ家の前に着く。「ただいま、戻ったよ」と声をかけると、アパートの前で僕を待っていた母さんは顔をあげた。
「お帰り~、ってあら、シルバーくん? 何か忘れ物?」
「忘れ物、というか……少々、あなたにお話ししたいことがあって、戻ってきた」
「あら、アタシに? なんだろう、楽しみ!」
シルバー先輩は僕をちらりと横目に見る。僕がうなずくと、先輩はひと呼吸置いて話し始めた。
「まず、今日は招いていただき、素敵な衣装もいただいてしまい、大変ありがたかった」
「あら、いいのよそんな丁寧に!」
「……それで、その、本題なのだが……」
「本題?」
珍しい。先輩は柄にもなく緊張しているようだった。先輩がぎゅっと拳を握ったのを見つけたと同時に、次の言葉が放たれた。
「俺は、少し前から……デュースと、恋人としてお付き合いさせていただいている。だから、改めて母君に挨拶がしたいと思った」
「あら……まあ、あらあらあら!!」
母さんは、まず驚いている様子だ。それはそうだ。ここまでは想定の範囲内。ここから先がどうなるか……!
「本当なんだ、母さん。僕、ちょっと前からシルバー先輩と……」
「そうなのね! そうだったのね~!!」
「ちょ、ちょっと、母さん!?」
母さんは僕の言葉を遮り、僕たちの腕を引いてどこかへ連れていこうとする。
「せっかくだからもう少し三人でお祭り回りましょ! 屋台がぜんぶ閉まっちゃう前に、早く早く!!」
「仕事はいいのか!?」
「息子さん来てるなら、ってちょっと長めに休憩もらえてるのよ! だからほら、早く行こ!」
こうして僕たちは、母さんに引っ張られる形で、またお祭りの屋台を回る羽目になるのだった。
「母さん、僕らはもうけっこういろんな屋台を見たって……」
「いいのよ。一緒に歩きたかったの! ね、シルバーくん、うちのデュースのどこを気に入ってくれたの?」
「か、母さん! いいからそういうの!!」
「……どこを、と言われると……、なんでもひたむきに頑張っているところ、だろうか。過去はどうあれ、学園で俺が見たコイツは、どんな行事にも全力で、真面目に取り組んでいた。会えばハキハキと挨拶をしてくれて、部活にも熱心で、苦手な勉強も寮で先輩方に尋ねながら頑張っているという噂を部活の仲間からよく聞いた」
「そう、デュースは学校で頑張ってるんだ! 嬉しいなあ」
「ああ。誇って問題ない」
「ねね、他にもあったりする?」
「……ああ。以前、星送りという行事があったのだが、そのときに努力する姿と、それを実らせたことが……とても美しいと思った。それで目を奪われて、日頃の様子を見ていたら……友人への些細な優しさを、当たり前にできるところを見かけた。そういうところも、好ましく思っている」
「そっか、そっか~! ちゃんとお友達にも優しくしてるんだ!」
「うう……」
先輩と母さんによって、手放しに褒められるこの空間が気恥ずかしい。逃げ出したい気持ちになっていると、やがて母さんが少し人気がまばらになってきた広場の方に向かった。
「飲み物を買ったら、あっちで少し休憩しようか」
母さんは、は~疲れたと息を吐いてベンチに座る。僕は隣に座るのも気恥ずかしくて、立っていた。シルバー先輩も俺はまだ平気だと言って傍で立っている。
「若い子は元気でいいね!」
母さんは笑うと、シルバー先輩に顔を向けた。
「さっきシルバーくん、過去はどうあれって言ってたけど……デュースの昔のこと、知ってるんだ?」
「……ああ。以前、知る機会があった」
「そっか。それでもデュースを選んでくれたんだ」
母さんはうつむき加減でいる。シルバー先輩は持っていた飲み物をベンチに置くと、母さんの前にひざまずいてその手を取った。僕はその成り行きを、ただ黙って見守っていた。
「……母君。俺は、デュースが過去にあやまちを犯したからと言って、そう簡単に手放したりはしない。……過去のことには、確かに俺も眉をひそめるようなことはあったが……、それでも、俺は変わろうと足掻いている今のデュースを見て、好きになった。デュースの持つ良さにも、目を向けた。それは、消えない過去のこと同様、今現在、デュースが学園で頑張っていることも、友人への優しさや気遣いなどを見せるそうした姿も、不得手にも食らいつこうと努力を積み上げている事実も、同じ過去としてどちらかだけが簡単に消えるべくはない、そう思ったからだ」
「そうなんだ……、シルバーくんは、今のデュースを見てくれてるんだね」
「ああ。己のあやまちや欠点を知り、悔やみ、変わりたいと願う……その姿を、出来得る限り傍で応援したい、心の支えになりたいと思っている。もし、また道を誤るようなことがあれば、今度は俺が隣にいて、正したい、とも。……過去の償いは簡単なことでは無いが、デュースが許されない道を歩むというのなら、それを愛する俺もきっと、許されはしない。それでも、隣を歩みたいと思った。あなたの息子に、俺はそう思ったんだ」
シルバー先輩、そんな風に思ってくれていたんだ。シルバー先輩のあまりにも真剣な思いに思わず涙ぐみそうになって目元をこすっていると、母さんは顔をばっとあげて、シルバー先輩にお礼を言った。
「良かったあ! ……ほんと、デュースが連れてきたのがシルバーくんで良かったわ。アタシ、心配だったの」
「心配?」
「いつかデュースに大事な人ができたとき、昔のヤンチャが足を引っ張るんじゃないか、って……。でも、シルバーくんはそれも知っていて、隣でアンタのこと見てて、ちゃんと前向けって背中叩いてくれるのね! いいじゃない!!」
母さんは立ち上がり、僕の背中をばんばんと叩く。い、痛い! やりたい気持ちはわかるけど、力強いって!!
「めちゃくちゃいい子連れてきたわね、デュース! 大事にすんのよ!」
「か、母さん、痛いって……それに、大事にするのは当たり前だろ!」
「ふふっ、当たり前、か」
母さんはもう一度シルバー先輩に向き直る。母さんが今、どんな気持ちなのかは僕には分からないけど、ちょっとだけ涙を我慢しているように見えた。
「シルバーくん、今日は本当にありがとう。お話できて良かったわ。アタシはもう仕事に戻るけど、デュースのこと、これからもよろしくね」
「ああ。……こちらこそ、時間をいただいて助かった。ありがとう」
バイバイと手を振って仕事場へ戻っていく母さんを僕たちは二人で手を振りながら見送る。なんだか脱力してベンチに座ると、シルバー先輩も隣に座った。
「……良かった、です。母さん、喜んでくれたみたいで……」
「ああ。……正直なところ、緊張した」
「あ、やっぱり。シルバー先輩でもこういうとき緊張するんだな、って思ってました」
「俺をなんだと思っているんだ。……お前にとって大切な人への、初めての畏まった挨拶だ。緊張しないわけがない」
「そっか……」
なんだか嬉しくなって、ベンチに置かれたシルバー先輩の手に自分のものを重ねる。するとシルバー先輩はその手に器用に指を絡めてきて、そのまま僕の手をぎゅっと握った。
「……お前の母君が喜んでくれたようで、俺も嬉しい」
「はい……僕も。先輩のこと、ちゃんと母さんに紹介できて良かった。本当に、今日はありがとうございました」
「ああ」
そうしているうちに、だんだんと夕日が落ちて、空には一番星が瞬き始める。
「もうそろそろ、先輩を帰してあげなくちゃいけないですね」
「名残惜しいが……そうだな」
シルバー先輩は立ち上がり、僕を連れて出口へと向かう。学園に向かう鏡にたどり着いたところで、僕はもう一度お礼を言った。
「改めて、今日は本当にありがとうございました」
「かまわない。俺がやりたくてやったことだ。……お前も、もう学園に戻るのか?」
「はい。外出許可取ってるのは今日だけなので」
「そうか、なら学園に戻ったらお互いすぐに寮に戻ることになるな」
先輩は、心なしか淋しそうに呟いた。それが僕の勘違いじゃないならいいと思った。
「……ここなら、誰にも見つからないだろうか」
「え?」
シルバー先輩が、左手でぐいと僕の背中を抱き寄せ、右手で僕の顎を引き寄せて、唇にキスをする。
「改めて……これからも、大切にしたい。至らないところもあると思うが、よろしく頼む、デュース」
「そんなの……こっちこそ! これからもよろしくお願いします、シルバー先輩!」
思わずシルバー先輩にぎゅっと抱きつき、笑い合う。そのあとはすぐに二人とも学園の鏡舎に戻って寮へ帰ることになったけれど、その帰り道はとても幸せな足取りを進めることができたのだった。
*おしまい
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