推しの子(リドエー)

・シルデュで展開中のドルパロ(アイドルパロディ)の番外編になります。
・リドル×エースです。
・シルデュはほぼ出てこないので、完全なオマケ・サブカプ番外編の立ち位置になります。
・時系列:シルデュドーム後
・パロディにつき一部呼び名や年齢、設定等の変更あり:リドル寮長→リドル事務所長、トレイ先輩→トレイさん、運転免許持ちなど)

 

以上大丈夫な方はスクロール↓

 

 

「ローズハート事務所長は、特定の推しとかいるんですか?」
 それはなんのことない、デュースのひょんな質問から始まった。
 デュースはエースからボクへの”特別な”気持ちを知っていて、応援したいと思っている。だからこんなことを尋ねるのだろう。まったく、おせっかい焼きがいると大変だね、エース。
「特定の推しはいないよ。事務所長という立場上、贔屓をしてはいけないからね」
 そう答えると、デュースは不満そうに口を尖らせて、そうなんですか、と言った。
 そんなデュースの顔を見て、ボクはあることを思い出していた。
 
 それは、あの日。シルバーとデュースのデュオユニット、『Vopal Sword』のドームライブ公演が決まった、あの日まで遡る。
「へ? アイツらドーム公演決まったの? ……マジ?」
 驚いた顔でそう告げたのは、これもハーツラビュル芸能事務所の所属アイドルである、エース・トラッポラだ。芸名はエースで通しているが、本名も別に隠していない。
 エースはシルバーとデュースよりも3日ほど早く入所したのもあり、2人には度々先輩風を吹かせていた。
 けれど、そんな2人のドーム公演が決まったことで、エースには大きく心情の変化があったらしい。
 それもそうだろう。何故なら、まだエースは2人よりも先にドーム公演を実現していないのだから。
「悔しいかい?」
 ボクが尋ねると、エースは口を尖らせた。
「べっつにぃ!」
「そう。キミは負けず嫌いだものね」
「別にって言ってるじゃん、何聞いてんの!」
 ボクが見ている限り、エースという子は素直じゃない。本心ではどんなに悔しかろうが、口ではそれを絶対に認めない子だ。それだけならまだ可愛げもあるが、憎まれ口のオマケがついてくることが多いのが玉に瑕か。
「焦ってもいいんだよ、エース。後輩に先を越されて焦るのは何も特別なことでも、悪いことでもない」
「……焦ってねーし。向こうの好みや都合とか、仕事なんだから、タイミングだってあるでしょ。ちょっとライブ会場をひとつ先越されたくらいで、オレがわざわざ落ち込む必要なくない?」
 これは、エースの言い訳だ。本当は今にも目に見えて落ち込んでしまいそうな、繊細な自分の心を守るための。
 相当メンタルに来ているな、と思った。仕方がない。ボクは所属アイドルを特別扱いはしない主義なのだけれど、表舞台に立つアイドルのメンタルケアはボクたち裏方スタッフの役目だ。
「そう。残念だね。もし落ち込んでいるのなら、デートに誘ってあげようかと思ったのだけど」
「えっ!? ウソ、ホント!? 落ち込んでる! オレめーっちゃ落ち込んでるから、デート連れてって事務所長♡」
「何が食べたいんだい?」
「やっぱ肉でしょ! あとは、甘いチェリーパイ! オシャレなモクテルもあるといいな~♡」
 やたらワガママなエースの要望を満たす店をピックアップして、手早く予約を取る。機嫌良さげな態度を見せるエースを連れて、事務所を後にした。
「おいで、早く車にお乗り」
「はーい! やった、リドル事務所長ってば太っ腹~!」
 エースを連れて行ったのは、完全個室のダイニングバーだった。未成年や酒が飲めない人用に、モクテルも置いてある。
「いいの? こんなとこにオレを連れてきちゃって。一応未成年よ?」
 声をひそめて確認を取るエースに、ボクは告げる。
「おや、バレるような真似をするつもりかい?」
「あ、そういうことね。オッケー!」
「冗談だよ。ここはダイニングカフェも兼ねているから、未成年や子連れでも入れる酒場なんだ。キミを連れていても問題はないよ」
「ちぇっ、なーんだ。気合入れて損した」
 エースは軽口を叩きながらも、洒落た店内を見回して嬉しそうだ。これで気分が晴れてくれればいいのだけれど、エースがそう簡単に扱える子ならばボクも普段から苦労はしていない。
「好きなものをお選びよ」
 メニューブックを渡して、好きなものを好きに注文させる。人を元気づけるにはまずは食事、睡眠、運動など何らかの欲求を満たすのが良いと精神分析の本に書いてあった。事務所のアイドルたちにはいつも食事を制限しているのだから、たまには息抜きも必要だろう。……昔のボクのように、望まずやっているわけではないとはいえ。窮屈な思いをさせたくはないから。
「いいの!? やった。じゃあ、名物のチェリーパイでしょ、それから、んー、肉はハンバーグとサイコロステーキどっちにしよっかな~。あ、ポッキーあるじゃん。これも頼みたい! あとは~……」
「食べきれる量にするんだよ」 
「分かってるって! その辺は弁えてまーす。事務所長は?」
「なら、キミが選ばなかった方のメインディッシュを。あとは……そうだね、アルコールを入れるわけにはいかないし。ボクもモクテルをもらおうか」
 店員を呼び、エースの言う通りに注文する。雑談をしているとやがて料理が運ばれてきて、たくさんの皿がずらりとテーブルに並んだ。
「わはっ、うまそ~。いただきます!」
「いただきます」
 挨拶はしたものの、料理に箸をつける前にひとつエースに提案する。
「エース。これも一口くらいは食べるだろう?」
「えっいいの!? そういうことしちゃう!? ひゅー、事務所長ってばイケメン! もらえるならもらっちゃうよ? いいの!?」
「いいから、もらうのなら早くおし」
「よっしゃ、じゃあありがたく!」
 エースはボクの皿から一切れのサイコロステーキをもらい、口に頬張る。おいしそうに食べる姿を見て口元が緩みそうになるのを、モクテルを傾けながら制した。……この気持ちには、気づかれてはいけない。ボクが、ハーツラビュル芸能事務所を守るべき存在である限り。『エース』というアイドルに、ステージで輝き続けていてほしい限りは。
「いい食べっぷりだね。グルメ番組の仕事もまだまだ任せられそうだ」
「グルメ番組ね! おいしいものたくさん食べられるから好きだよ。あーでも、苦手なものに当たったときはサイアク……」
「生牡蠣だったかな。海産物類の番組は断る方針にしておくよ」
「牡蠣だけだから! 他のものは大丈夫だから、そんなに過保護になんなくてもオッケー!」
 なんだか躍起になっているエースに、ため息をつく。
「そんなに焦らなくても、キミも成功には着実に近づいているよ」
「……何? だから焦ってないって! っていうか楽しい食事の時間にその話戻しちゃう?」
「キミと2人きりになれる機会なんてそうないからね。じっくり話すのには最適だ」
「あっそう。そーいうこと! ……単に、所属アイドルのメンタルケアって名目で連れてきてくれたってワケね!」
 エースは何故か、へそを曲げてしまう。本当に扱いの難しい子だね。ボクは何か間違えただろうか。
「今度はなんでへそを曲げているんだい。悔しいのなら悔しいと素直におなり。今はボクしか聞いていないのだから」
「ちげーし! それも、なくはないけどさぁ……」
 モクテルをストローでかき混ぜながら、エースは切なげに眉を寄せて言う。
「アンタ、オレの気持ち知ってるでしょ。……気がないくせにデートって言って連れ出すなんて、ひどくない?」
「そんなことが気になっていたのかい?」
「そんなこと、じゃねーし! ほんっと鈍感!! 無神経!! そういうとこ治した方がモテるってずっと言ってるよね!?」
「……モテていいのかい」
「やだけどさぁ……オレが言ってるのは、そういうことじゃないじゃん!」
 あの中にアルコールは入っていなかったよね、とモクテルの色合いを確認する。……うん、恐らくだけれどノンアルコールのドリンクとガムシロップしか入っていないな。
 未成熟なアイドル相手だ。ここはボクがひとつ大人になるか、とため息を吐く。
「ボクが悪かったから、食事はお食べ。話の続きは、店を出てからにしよう」
「……」
 エースは不愛想に、それでもモグモグとポッキーを口にし始める。ボクはそんなエースの表情を、ただ見つめていた。
「ちょっと。シェア前提の食べ物なんだから、アンタもちょっとは食べてよ。ずっと見られてちゃ食べづらいんだけど?」
「ボクが栄養管理をしているのを知っていてお言いだね。……まったく、仕方ないな」
「いいじゃん別に。アンタのは自分のためにやってる義務でもないんでしょ?」
 エースの前のグラスに立てられたポッキーを1本、ホイップにつけて食べる。甘い味わいが口の中に広がった。こんな味わいは、本当は大好きだ。いくらでも食べてしまいたい。けれど、それはできない。
 アイドルたちに食事制限を課す以上、所長であるボクが彼らの前で好き勝手をするわけにはいかない。それはあまりにも無神経というものだ。元々、母様に食事を管理されていたのもあって、ボクにとって、今度こそ自分のために行うそれはさほど苦ではなかった。
 甘いものは、大好きだ。けれど、好きだからと言って無制限に食べることはできない。昔も、今も。昔は母親に制限されて。今は自分とまわりのために。
 ……そんな自分と甘いものの関係を、そのままエースとの関係にも例えることができるような気がした。

 食事を終えて、店を出る。行きたい場所はあるかい、と聞いたら夜景の綺麗なホテルに連れてって、などと言うから、夜景の綺麗な場所だね、と言い直してエースを展望台へと連れて行った。
「……きれー」
「ちょっとは心が洗われたかい?」
「まだその話すんの……」
「食事を済ませたら話すと言ったからね。一度言ったことは、守られるべきだ」
 ちょうど展望台の片隅には人がいなくて、込み入った話もできそうな雰囲気だ。
「……ね。リドル事務所長はさ、うちの事務所で誰が一番好き?」
「誰が一番、なんてないよ。ボクが事務所長である以上、所属アイドルはみんな平等に扱われるべきだ」
「本当に? ……アイツらみたいな素直で言うことなんでも聞いて、出世も早いアイドルの方が可愛かったりしない?」
「ずいぶんキミらしくない、しおらしいことを聞くんだね。エース」
「なんだよ、しつこく聞くから人が真剣に悩みを相談してやればさぁ……」
「まったく。最後まで話をお聞き。……みんな同じだよ。キミも、彼らも。ウチの大事なアイドルだ。それに気づかせてくれたのは、キミだろう」
 ボクはデュースが事務所に入りたての頃、彼を不良だとしか見られなかった。それを、仲間だと。大事なアイドルの1人、追い出すべき敵ではなく、守るべき仲間だと気づかせてくれたのは、他でもないエースの言葉だったと思う。
「……うん」
「感謝しているよ」
「別に。オレ、言いたいこと言っただけだし、感謝とかされる筋合いないし?」
 エースはこんなときでも憎まれ口を叩く。だけど、これはきっと照れ隠しだ。エースの頭をぽんと撫でる。
「彼らもそう思っているよ。……キミのことをひとつ越したからって、誰もキミに興味をなくして、キミのことが急にどうでも良くなったりはしない。ごらんよ」
 スマートフォンに届いていたデュースからのメッセージを見せる。
『ローズハート事務所長、エースと一緒にいるのなら、『お前がドームに来ても負けないからな!』って伝えといてください!!』 
「彼らはまだ、キミのことを良き先輩で、そして……良きライバルだと思っている。それでも、まだ怖いかい」
「怖いなんて、一言も言ってないし。……なんでわかんの」
 小さな声でささやかれた言葉に、ボクは返事を返す。
「さあ、どうしてだろうね。さあ、もうそろそろ家に帰るかい? 送っていくよ」
 エースを連れて車に戻ると、服の裾を小さく引かれた。
「……まだ、もうちょっと」
「……」
 何も言わず、海辺の公園へと車を走らせた。

「潮の匂いするわー……」
「どこでも良さそうだったからね。とりあえず、キミの精神に良さそうな場所へ連れてきたよ」
「そこで適当な場所とか言えないところが、ウチの事務所長サマって感じだよね。ハイハイありがとーございます」
 エースは文句を言いながらも、堤防から海を見ている。彼がそこから見える黒い波に何を映しているのか、ボクには、今は分からない。だけど、ひとつ分かるのは。
「エース」
「何?」
 ボクが名前を呼べば、彼の瞳に映るのはボクだけになるということだ。
「満足したかい?」
「……んー」
 エースの返事は歯切れが悪い。
「何が不満なんだい? おいしいものも食べた、きれいな夜景も見た。キミの要望はだいたい叶えてあげたじゃないか」
「でも、それってオレが『所属アイドル』だからでしょ」
 それがなくても、オレには同じようにしてくれた?
 そんな言葉は紡がれなかったが、ボクにはそう言いたいエースの声が聞こえていた。
「面倒な子だね」
「なんだよ!」
「……とはいえボクも、キミからすれば面倒な人間なのかもしれないね」
 リドルでいいよ、とエースに言った。エースはぱちくりとした目を瞬かせた。
「リドル?」
「ああ」
「い、いいの? なんでアンタがそんなこと言うの? だって、アンタは事務所長で、事務所守るために、特別な人とか作らないんでしょ!? オレなんかにそんな……」
「呆れたな。名前を一時呼び捨てにするくらいで、ずいぶん発想が飛躍したものだね」
「なんだよ、ぬか喜びかよ!」
「……アイドルがファンを呼び捨てにするのは、普通……とは言わないまでも、よくあることだとは思わないかい」
「へっ?」
 エースは丸い目をきょとんとしている。
「これは事務所長ではない、リドル・ローズハート個人の意見として言わせてもらう。ボクはキミのファンだよ、エース。キミはいつだって、ボクのエース推しの子だ」
「嘘……」
「おや、心外だね。今まで過ごしてきて、ボクが嘘をつくように見えたかい」
「ちっとも見えないけど! でも、それってさ……」
「ボクは事務所長で、キミはアイドルだ。その関係は変わらない。キミがステージで輝き続ける限り、これからも」
 だけど、とボクは続けた。
「いつかキミがステージを降りてからも、ボクはキミのことを守り、支え続けるよ」
 それではダメかい、と言った。
「……ダメじゃない」
 エースがポツリと答えた。
「もう淋しくなくなったかい?」
「だから、淋しいなんて言ってないって!」
「ああ、そうだったね。キミはすぐ顔と態度に出るから、いちいち言葉にしないんだった」
 ったくさあ、とエースは呆れたふりをする。ボクはそんなエースの耳が赤く染まっているのを見つけた。
「さ。本当に、そろそろ帰るよ。明日からもスケジュールは詰まっているのだから、健康的な生活をおし」
「待ってよ、じむしょちょ……リドル! 自分ばっか言いたいこと言ってないで、オレにも言わせてよ」
「なんだい?」
 振り向くと、エースは一番星を指差して言った。
「あのね。オレ、これからはいつだって、アンタの最推しエースでいてあげる」
 だから応援してね、と輝くような笑顔を見せた。ボクはそれに、今度こそ隠さず口角をあげる。
「ああ、応援しているよ。……いつだって、一番すぐ近くでね」
 ついでだから、ああそうだ、家に帰ったらまた事務所長と呼ぶように、と言いつければ、ほんと情緒も色気もねー、とエースは不満そうに憎まれ口を叩く。
「特別だ。今日の車内までは許す」
「じゃ、いっぱい喋ろーっと!」
 それからエースの住むマンションまで送っていって、その日は別れたのだったかな。
 ……エースは繊細な子だ。ウチに所属するアイドルの中でも、とびきりに。デュースとシルバーはタフで、多少障害があっても自前の根性で乗り切ってしまう場面が多々ある。エースは小器用な子だから、序盤の売れ方はトントン拍子にきたが、中盤からの壁に当たっている最中、土壇場のパワーで追い越す2人に追い抜かれて、焦ってしまったのだろう。
 そうして、ファンがいくらか離れていく中で、まわりの人や大切な人に、自分自身の能力が「つまらない奴だ」「そんなものか」と思われ、やがてエース自身にさえも興味をなくし、親しい人たちが離れていくのではないかと怯えていたんだ。
 あの子は本当に、面倒で手間のかかる子で……淋しがり屋だ。でも、それは裏を返せば、まわりの人が好きで仕方ないということなのだろう。
 きっと、ボクはあの子のそんな一面に惹かれた。
 これはボクの「ローズハート事務所長」の顔を知る皆は誰も知らない、ボクだけが知る推し語りだ。
 
「特定の推しはいないよ。事務所長という立場上、贔屓をしてはいけないからね」
 不満そうなデュースの顔を見て、言葉を付け足す。
「だけどそれは事務所長としての意見で、リドル・ローズハート1個人の意見としてはまた別だ」
「本当ですか!? じゃあ、それって誰!?」
 ボクはそうだね、と笑って言った。
「ウチの事務所で、いちばん手のかかる子さ」
 まさか僕ですか、と驚くデュースに、確かにキミも手間はかかったねと返せば、事務所は笑いに包まれる。
「何々、何みんなで盛り上がってんの?」
 これまた良いタイミングでひょこりとドアから顔を出したエースに、なんでもないよ、キミには秘密だと告げれば、デュースはようやく合点がいったようで、そういうことかと嬉しそうにしていた。
 なんでオレだけ仲間外れ、とぶーたれるエースにほらキミへの仕事だよと必要資料のファイルを渡せば、ぱっと笑顔になる。
「キミにはやはり、憎たらしいくらいの笑顔の方が似合っているね」
「一言余計なんだけど!?」
「これは失礼。褒めたつもりだったんだ」
「なんだ? 今日も賑やかだな」
 コーヒーを淹れようと給湯室にいたシルバーも合流して、いつも通り賑やかになっていくハーツラビュル芸能事務所。マレウス先輩の手を借りて、ボクが作り上げた、ボクの居場所だ。そのことを痛いほど分かってくれるアイドルが、いつも、誰よりも先にボクを見てくれて。ボクは幸せ者だが、アイドル事務所の事務所長としては失格かもしれないな、と目の前の喧騒に肩をすくめていた。

*おしまい

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