春雷・前編

【注意書き】
・「春雷」シリーズにおきましては、メインストーリー7章完結時点で書かれたもののため、その後の展開と時系列が矛盾する可能性があります。
・メインストーリー7章完結時点までのネタバレを含みます。
・この作品は、5/15、5/25、6/3の3回に分けて前・中・後編が投稿されます。
第一弾:春雷・前編(5/15):これ
第二弾:春雷・中編(5/25):リンク
第三弾:春雷・後編(6/03):リンク

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 ――夜空に輝く一番星を追いかけるかのような、そんな恋をした。

 俺を惹きつけてやまない夜が始まったのは、今よりも少し前のこと。
 マレウス様の件で俺が麓の街の病院へセベクと共に検査入院をしている間のことだ。
 1年生たちは級友であるセベクの見舞いのついでに、俺のこともよく見舞ってくれた。
 その中には、もちろんデュースの姿もあった。
 入院中、セベクとは同室だったから、アイツを見舞いに来た1年生たちと話す機会も多かった。
 1年生たちは、いつでも全員で来るわけではなく、1人や2人の組み合わせになって、順番交代で見舞いに来ていたようだった。あまり大人数で押しかけては、病院の迷惑になると考えたのだろう。気が回る奴らだと思う。
 その入院中に、俺は恋をした。
 ある日、デュースがセベクの見舞いに訪れた。手には紙袋を提げていて、そこにはセベクの暇つぶしになるだろうとリドルが用意した本をたくさん持たされていた。デュースはそれをセベクに渡すと、シルバー先輩にも預かってますよと俺にも一冊の本を渡した。
 それはいつか、デュースの夢の中でセベクが読みたがっていた『トランプ兵物語』で。
「これは、セベクが読みたがっていた……。俺が先に読んでしまっていいのか?」
 隣のベッドに尋ねると、セベクは言った。
「ふん、急がずとも本は逃げない。お前が読み切ってしまってからでいいだろう」
「分かった。ありがとう、デュース、セベク」
「いえ! 僕も先輩に読んで欲しいなって思ってたんで。面白かったら、教えてくださいね」
 さっそく俺は数ページ冒頭をめくってみたが、本を読むという作業の、特に冒頭のシーンでは、どうにもやはり眠気が来てしまう。
……物語の序盤は、いつも眠くなってしまうな。早く読むためにも、眠気覚ましに外を散歩してくる」
「1人じゃ何かあったら大変だから、僕もついてきますよ」
「ああ、分かった」
 そうしてセベクを病室に残し、俺たちは病院のまわりにある、広場や公園のような場所を歩くことにした。
「あまり病院から離れると、怒られてしまうからな。今のところ、身体に別状はないのだが……
「でも、病院の敷地内ならギリギリ大丈夫ですよね? こっち来てください、先輩。見せたいものがあるんです」
「ああ、今行く」
 はしゃぐデュースに手を引かれ、向かった先で見たものは、それは美しい桜並木だった。
「病院の裏、今、こんな風になってるんですよ。病室からだと見えないかなと思って」
「本当だ。見事だな。いつの間にこんなに咲いていたのか、知らなかった」
 デュースは並木の道を渡り、くるくると回って俺に振り向く。
「ほら見てくださいシルバー先輩、すっごく綺麗ですよ! これなら、先輩の目も覚めるかも!」
 そのとき、ごうと強い風が吹いた。風が吹いたのは、世界だけじゃなかった。
 俺の心にも、強い風が吹いて、桜が吹雪いた。
 桜が吹雪く中で、俺に向けて笑うデュースは、眩しかった。
 夜空のような藍色の髪に、薄桃色の吹雪が舞うコントラストは美しくて、俺が見る世界の息を止めた。

 それは、あの日と同じだった。かつて見た、星送りの祭りの日に感じた気持ちと、同じものだった。
 流星の空の下、願いを込めた星を送るための舞を踊るデュースは、綺麗だという言葉が陳腐に感じるほどに綺麗で、俺はその日も息を止めた。
 まだその頃は何か自分にはやるべきことがあるような気がして、自分の気持ちに蓋をしていたが、再び、デュースという夜空は俺の世界を星雲のように彩った。

 俺は思わず、デュースの頬に手を伸ばした。
 頬に手を伸ばして、デュースの大きな丸い目をじっと見つめた。
 何か言おうにもうまく言葉が出てこなくて、ただ、見つめるばかりになった。
 何かを言葉にしようとして、泡沫のように消えていく。そんな自分が情けなくて、悲しくなってきていると、デュースは俺の手に自分の手を重ね、そして。
 ふっと、優しく笑った。

 俺はその後、デュースと別れ病室に戻った。セベクに、お前たちどこまで行ってきたんだと尋ねられた。
「どうしてだ?」
「鏡を見てみろ。お前の頭に花が咲いている」
 言われて鏡を見てみると、頭の上にはいつの間にか、小さな花びらが乗っていた。
 その花びらを手のひらに乗せ、物思いに耽っていると、セベクから言われた。
「お前が、恋愛小説のような恋をするとはな」
 ……何故、もうバレているのだろうか。セベクの言葉には答えず、俺は桜の花びらを栞代わりにして、本の続きに目を落とした。
 今度は、読める気がした。好きな人の好きなもののことは、少しでも知っていたいから。

 次にデュースが来たときは、エースと一緒だった。
 俺はもうトランプ兵物語を読み終わっていて、面白かったとデュースに告げた。
 そのときに、セベクが妙に面白がっていらないことを言った。
「デュース。また来てやれ。シルバーが喜ぶぞ」
「なんで僕だけなんだよ」
「セベク! 余計なことを言うな」
 慌てて止めると、エースがにやりと笑った。
「あっ、シルバー先輩ってそうなんだ? へ~」
……
「何の話だ?」
「なんでも、いいだろう……
 その場で、デュースだけが俺の気持ちを分かっていなかった。それでいいと思った。まだ俺には、親父殿やマレウス様がどうなったのかなど、いろいろと憂いもあったから。事態はひと段落を迎えているとはいえ、色恋ばかりに現を抜かしている場合ではない、と思っていた。
 
 そのうちに俺たちは退院して、マレウス様が、皆を招待する夕べを開いてくださった。
 俺はそこで、幼い頃からの夢を叶え、実の両親に感謝を告げ、今の家族との幸せな時間を過ごし、……親父殿と同じ苗字を頂いた。
 本当に、こんなに幸せな日はないと思う時間で、夢のようだった。
 だが、どんなに夢のような時間も、いつかは終わりが来る。
 奇跡のような一夜の宴が終わり、皆、元の日常へと帰って行った。

 その日、宴が終わってから、また学校生活の中に戻ると、デュースに言われた。
「シルバー先輩、改めてお誕生日おめでとうございます。僕からも何か渡そうって思ったんですけど、何か欲しいものはありますか?」
「ええと……
 物理的に欲しいものは、特になかった。俺の欲しいものは、もうすべて手の中にあるような心地がしていたから。
 ……あと、欲しいものがあるとすれば。それは、たった一人の気持ちだと思った。
 今なら、告げてもいいのではないかと、少しだけそう感じた。
 だが……これ以上の幸せを1度に欲するのは、望みすぎというものだろうな。
「なんでもいい」
「なんでも? って、一番困るやつじゃないですか!」
「そうかもしれないが……。お前から貰えるのなら、本当に、なんだっていいんだ」
 困らせてすまない、と言えば、デュースは、仕方ないな、何せ誕生日ですもんねと笑った。
「じゃあ、今度一緒に買いに行きませんか。ヴァンルージュ先輩」
「え?」
 俺は驚く。デュースには、シルバー先輩、と呼ばれていたはずだ。
「へへっ。せっかくだから、たまに呼んでみようかな、って。……だ、ダメでしたか?」
「いや……嬉しい。そうだな。お前の好きなときに、そう呼んでくれ」
「はいっ!」
 ……もう、贈り物を十分もらった心地になってしまったが。
 それでも、一緒に過ごせる時間をくれるのは嬉しいと、デュースと出かける約束をした。
 それだけでも、俺は十分な贈り物を得ているような気がしていた。

 それから。俺たちは、次の休日に麓の街へ出かけた。
 デュースは気合を入れて、俺への贈り物を探すのだと言っていた。
「シルバー先輩が喜んでくれるようなもの、頑張って探しますから!」
 そうは言ってくれたが、デュースと街を巡っても、俺の欲しいものは大して見つからなかった。
 街を巡っていたら、とうとうクレーンポートまでたどり着いてしまって、波止場の階段で俺たちは休憩していた。
「うう……。先輩、無欲すぎません……?」
「すまない……。自分からあれが欲しいこれが欲しいというのは、あまり得意でないかもしれない」
 それに、と俺は続けた。
……お前がこうして、俺のために心を砕いてくれるだけで、胸がいっぱいになって。それで十分だ、という気持ちにばかりなってしまう」
 そう告げると、デュースは拗ねたように言った。
「それじゃ僕の気が済みません、って言いたいとこだけど。先輩を長く付き合わせても仕方ないですよね。……じゃあ、欲しいものができたら、いつでも僕に言ってください! 頑張って用意しますから」
「ああ、ありがとう。今日は俺に付き合わせて、すまなかったな」
「いえ! 僕も、楽しかったんで。先輩と出かけるの!」
 夕日に照らされたデュースの顔は、とても綺麗だった。その表情にもまた、胸がずくりと、痛むくらいに動くのを感じた。
 
 ……俺は、何か変だ。
 デュースの顔を見る度に、心の内に雷が落ちて、春の嵐が訪れたような心地がする。
 恋しさ、痛み、憂いが次々に胸の中を過ぎ去って、天気予報があるのなら俺の心は毎日のように嵐への警報をかき鳴らしている。
 この想いのことを、セベクは恋物語だと言った。
 それならば。この俺の抱えた小さな恋物語が幸せな結末へと向かうには、どこを目指せばいいのだろうか。
 今はまだ、分からない。だが、分からないなりに、言えることがある気がした。
……なあ、デュース」
「はい? なんですか?」
「今、お前から欲しいものが、ひとつだけある」
「えっ、なんですか!? なんでも言ってください!!」
 俺は、夕焼けに照らされる明かりの中、海辺を眺めながらそれをデュースに告げた。
「お前からの、返事が欲しい。俺は、お前のことが好きだ、デュース」
「えっ……
……
 自分が、どんな顔をしているか、まったく分からない。それでも、真剣な想いであることは伝わっているだろうと思った。
「ちょ、ちょっと時間ください! タイム!」
「ああ」
 デュースは口元に手を当て、考えている。俺の告白を受け入れるかどうするか、決めようと言うのだろう。
……何も、今すぐに答えを出せとは言わない。いきなりのことで、お前も驚いているだろうから……
 だから、とデュースに言った。
「お前の心が決まったら、そのときにまた答えを教えてくれ」
 今日はもう帰ろう、とデュースに言った。デュースは、迷ったあと、はい、と答えた。
 夕日の差す道を、少し離れながら、2人並んで歩いた。

*中編へ続く

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