リアライズ

・このお話はメインスト7章完結時点に執筆されています。
・星送りなど一部イベントストーリーのネタバレを含みます。

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 僕は、シルバー先輩のことが好き……じゃ、ない。
 好き、なんかじゃない。
 だって、そんなの認めたら。なあ。
 ……叶わないって、分かっちまうだろ。

 シルバー先輩に向けて、こんなぐちゃぐちゃな気持ちを持ち始めたのは今よりもずっと前。
 何か、たぶんなんでもない話をしていた時だったと思う。なぜか、先輩はふっと優しく僕に笑ってくれて、その笑顔に、一目で僕は恋に落ちたんだ。
 でも、僕には分かる。叶わないって、分かる。シルバー先輩の目は、いつだって……。
 僕じゃない人の方を向いて。僕じゃない人のために注がれてる。
 だから、こんな気持ちは持ってない。僕は、持ってないんだ。

 ……涙が出そうになる。悔しくて、血が滲むほど握りしめた拳で、その辺の壁を殴りつけそうになる。苦しくて、息が切れそうだ。
 シルバー先輩のことを考えるだけで、胸がいっぱいになる。いっぱいになって、顔も見られなくなりそうになる。っていうか、なった。なったから、シルバー先輩とはここのところうまく話せていやしない。先輩、不思議そうな顔してた。迷惑になってなきゃいいけど。

 シルバー先輩のこと、僕はいつから好きになるはずだったんだろう。
 まだ名前も知らない頃から、なんだかやけに目を引く人だな、なんて思ってたのは覚えてる。
 でも。こんな、こんなになるなんて、知らなかったんだ。知ってたら、シルバー先輩のこと、好きになんかならなかったのに。

 一目、その姿を見ただけで。眠った横顔を見つめられるだけで。
 声を聞くだけで。名前を呼んで、目に映してもらえるだけで。
 それでいい、それだけでも十分だ、なんて健気なお姫さまみたいなこと、強欲な僕にはとても言えやしない。
 でも、それでも。きっと、僕の想いは叶わない。身体の全部を引き裂かれるような痛みが、ずっと僕に降り注いで、消えやしてくれない。それもこれも、何もかも全部、シルバー先輩のせいだ。
 ……だけど、アンタに与えられる痛みならそれもいいや、だなんて、やっぱりそれも僕には言えない。
 痛みのない場所で、アンタの隣で、他の奴らなんか目じゃないなって何もかも蹴散らして、ここは俺の場所だって笑っていたいんだ。

 でも、それでもさ。やっぱり、分かるんだ。シルバー先輩は僕のことなんか目にも入れてなくってさ。
 いつかどこか、夢の中で出会ったような、自分だけの素敵なお姫さまを見つけて、幸せになるんだろうってこと。
 そして、そこにいるのは絶対に僕じゃないってことも。

 だから、諦めようと思った。もう何度も失敗してるけど、今度こそ本当に諦めようって思った。
 そんな僕に、転機が訪れた。それは、学園長からの提案。
『今年のスターゲイザーの舞は、本当に評判が良かったです。なので、もう一度学園外の方々向けに舞った動画を作成したい』
 あれはオルトが作ってくれた流星群込みの評判ですよ、と僕たち当時のスターゲイザー組は食い下がったけど、背景はCGで合成できるからと、学園長は聞いてくれやしなかった。
 それで、僕はまた結局、あの裾を踏みやすいひらひらの衣装を着ることになったんだ。
 衣装を着た僕は思った。そういえば、この衣装。あのとき結構、いろんな人から似合ってるって言われたし。……勝負服にするにはいいんじゃないか? そうだ、そうしよう。「どうか、うまくいきますように」って願いを込めて。それで、シルバー先輩に告白しよう。
 それで……叶わなかったのなら、それでもいい。そうしたら、今度は、シルバー先輩の恋が叶いますように、幸せになりますように、って。そう、星に願うんだ。
 いつもの僕なら、そんないい子ちゃんなことはできない。でも、スターゲイザーの衣装を纏っているときにだけは、不思議とそれが出来る気がした。やっぱり、伝統の衣装ってだけあって、何か不思議な力でも籠っているのかな。

 だから、僕は撮影の合間に少し長めの休憩時間をもらって、シルバー先輩へ会いに行った。
 例えこれで、恋が敗れたっていい。
 どんなに叶わない想いだって、伝えられないまま燻って、モヤモヤしたままでいさせるのは、きっと良くないんだ。
 
 ――放課後呼び出したシルバー先輩に向けて、僕は息を大きく吸って、言葉にした。

「シルバー先輩。僕、実は、先輩のことが――」

 困った。
 何を困っているのかと言うと、まあ、今の状況すべてに困っている。
 なぜか、星送りの季節でもないのにスターゲイザーの衣装を着たデュースが、俺の目の前に立っている。
 あの頃にも感じていたが、……とても綺麗だ。ともすればうっかり、目を奪われてしまいそうにもなる。
 いけない、デュースの話を聞かなくては。改めて集中して話を聞こうとすると、デュースが告げた言葉に衝撃を受けた。

「シルバー先輩。僕、実は先輩のことが、ずっと、ずっと好きだったんです」

 目に涙を滲ませて、頬を赤くして、それでもどこか切なそうにほほ笑みを作り、俺に想いを告げてくるその姿は、なんというか……とても、ええと。綺麗だ。語彙が無くて申し訳がないが、綺麗だ、と思う。思った。

「その、先輩は、僕のこと、ちっとも目になんか入れてないって、分かってるんですけどっ。……どうしても、今、伝えたくて……」

 ……? こいつは、何を言っている? 俺は、そもそも。デュースを目に入れていない、どころか。
 お前のことしか目に入れていないのだが……。
 入学式が過ぎて少しした頃だろうか。初めてすれ違ったとき、デュースの姿が妙に俺の目に残ったのを覚えている。
 初めて名前を知ったとき、何か心の中に喜びの心地がしたのを覚えている。
 言葉をきちんと交わしたとき、想像よりもずっと俺の好くような性格をしてくれていたことも、嬉しかった。
 刺し障りのない会話をしていたとき、なぜか急に頬を染めたその顔を見て、胸がきゅっとすくみ、何か矢のようなものが刺さる音がして、とにかく可愛らしいと思ったのを未だ記憶新たに覚えている。
 最近では、俺が話しかける度にウサギのようにすばしっこく逃げてしまうために、俺が知らぬ間に何かして嫌われてしまったのではないかと悲しみに耽ってさえいたのだが……。
 なのになぜ、俺がデュースのことを目に入れていないということになったんだ?

「……すいません、急にこんな、言われても困るし、迷惑……ですよね。ちゃんと僕、答え分かってるんで、その、思いあがったりとかしてないから……だから、あの、忘れてもらって、大丈夫なのでっ!!」

 でも、良かったら、シルバー先輩の口からはっきり返事もらえると、とデュースは言う。
 俺は、なんと言うべきか、何から話すべきか、と迷って。口で言うより早いと判断して、デュースのことを抱きしめた。
「……へ!?」
「すまない。俺は口が下手で、どう答えてやればいいか分からないのだが……。今、お前をこうしたいと思っている」
「そ、それって……? い、いや、ええと。どういう、ことですか?」
 俺の腕の中で、デュースは混乱した様子を見せる。ああ、何がなんだかよく分からない、と思っている顔だな。
 よく、グリムと一緒になってその表情を浮かべているのを見かけた。……本当に、可愛らしいな。
「どういうことか、と問われても、一言で言い表せはしないのだが……」
 そうだ。まったく、一言で言い表せはしない。俺のこのデュースへの想いは、好きだとか、愛しているだとか、そんなありきたりで陳腐な言葉に納まるようなものではない。
「お前が今、俺のことをどう思っているか、知りたい。何か齟齬があるようだから、誤りがあれば訂正する」
「えっ、ええっと……。先輩は、僕なんか目に入れてないんじゃ……?」
「お前のことしか見ていない」
「えっ!? や、でも、他に好きな人がいるとか、いなくても、これから別のお姫さまみたいな人見つけるんだとか……っ」
「そうした人は今、いない。……もし俺がおとぎ話の王子だとして、迎えに行くのなら、お前にする」
「僕そんな柄じゃないです!!」
「たとえ話だ」
 デュースは呆けた顔で、俺のことを黙ってじっと見つめている。……よし、可愛い。
「え、それって、つまり……先輩も、僕のこと、好きってこと、ですか……?」
「そうだな。お前への気持ちは、好き、という単純な言葉には収まりきれないが……少なくともその通過点は通り越しているだろう」
 どういうことなんですか、とデュースはまだ混乱した顔を俺に向ける。少し難しかったか。
「お前の言葉で言うのなら、俺はお前が好きだということだ」
「へあっ……!!」
 デュースはだんだん顔を赤くして、固まってしまった。……一体どうしたんだろうか。この隙に、もう一度抱きしめてもいいだろうか。
「デュース」
 手を伸ばして頭を撫でると、デュースはびくりと身体を震わせた。驚かせてしまったか。
「え、あ、僕……っ」
 デュースは、ぽろぽろと大粒の涙を流す。俺は慌てて、ハンカチを取り出しデュースへと差し出した。
「俺は何か悪いことを言ってしまっただろうか……?」
「ちが、うんです。びっくりして……。だって、先輩が僕のこと、なんて、思ってなくって、」
 フラれるつもりで、玉砕するつもりでここに来たんで、こんななると思ってなくて、とデュースは涙を拭う。
「俺は、お前に伝わっていなかったことの方に驚いている。お前のことを、大事に思っていると伝えてきたつもりだったのだが……」
「それはっ、先輩誰にでも優しいから、僕だけじゃないだろって思ってて……っ」
 そ、そうだったのか。ひとまず、デュースが落ち着くまで待って、俺はデュースの頬に手を伸ばした。
「……メイクが崩れてしまったな」
 せっかく綺麗だったのに、と呟くと、デュースはどこか所在なく、照れくさそうにした。
「そういえば、何故スターゲイザーの衣装を着ているんだ?」
「あ、ええっと。そうだった! 実は今、学園長の頼みで星送りの舞を撮影することになったんです」
「そうだったのか」
「今はその撮影の休憩中で……。いい加減、戻らないと怒られるかも」
「そうか。ならば、俺も一緒に行っていいか?」
「シルバー先輩も、ですか? 見学は出来たと思いますけど……」
「俺が引き留めてしまったようなものだ。共に怒られよう」
 分かりました、とデュースは苦笑いをする。ああ、良かった。好きな子に泣かれるのは、あまり得意じゃない。笑っていてほしい。
「でも、僕が下手でも、笑わないでくださいね」
「笑うものか。……きっと、お前は綺麗だ」
 あの日と同じように。そう告げれば、デュースは、黙って少し先を歩いた。

 嘘だろ。夢じゃないか。信じられない。
 シルバー先輩が、シルバー先輩も、僕のことを好きでいてくれた、なんて。
 僕を傷つけないために嘘ついたのかもってちょっと思ったりもしたけど、先輩そういうことする人じゃない。
 ってことは、本当なんだ。
 ……嬉しい。嬉しすぎる!

 撮影場所に戻ると、遅いですよと学園長に怒られる。俺のせいだ、すまないとシルバー先輩が僕の陰から現れて、学園長は大人しくなった。
「メイクを直してやってくれ。崩してしまった」
 撮影に協力してくれた映研の人たちに、シルバー先輩が頼む。僕は声をかける暇もないまま、あれよという間にメイクと衣装を直され、また星送りの舞を舞わされることになった。
「それじゃ、本番行くよー! 3、2、1……Q!」
 スタートの合図で音楽がかかり、僕は音に合わせて舞う。シルバー先輩のところへ行く前は、あんなにも辛かったステップが、今はとても軽やかに踏める気がした。
 舞を舞っている間、なんだかいつもより集中できた気がした。僕の舞を見ているみんなの顔が妙にゆっくりに見えて、その中にシルバー先輩の顔を見つけたとき、自然と笑みがこぼれた。
 ふわふわとした気分で夢中になったまま舞を踊りきると、その場にまばらな拍手が鳴り響いた。僕は、あれ、もう終わりか、なんて気分で壇上を降りて、良かったよ! なんて言ってくれるオルトにああ、と返事をした。
 休憩用のペットボトルを貰い、映研が動画を確認している間にシルバー先輩に声をかけようとすると、シルバー先輩は僕のことを一目見た瞬間に、ぱっと顔を赤くしてしまった。それで、顔を腕で隠して、言うんだ。
「……すまない。今、お前の顔を見られそうにない。あまりにも、綺麗で……」
 前よりもずっと近くで見たから、とシルバー先輩が言うのにつられて、僕はじわじわと、あ、この人本当に僕のこと好きなんだって気持ちが湧き上がってきて、2人で赤面する羽目になった。
 そんなことをしていると、オルトから「動画OK! デュースさん上がっていいよ!」と声をかけられ、僕はようやくスターゲイザーの衣装を脱げることになった。更衣室に移動して、制服に着替え直す。
 外に出ると、シルバー先輩が待っていた。
「少しだけだが、雨が降っている。寮まで送って行こう」
「あ、……ありがとう、ございます……」
 言われるままに外へ出ると、確かに空は曇っているが、どうにもまだ雨は降っていない。不思議になって先輩の方を見つめると、先輩は、行こう、と言った。その頬は少し赤かった。
「……」
(ひょっとして、僕と帰りたくて、嘘ついた? 先輩が? シルバー先輩ってそんなことするのか? ……この人本当に僕のこと好きなのか……!?)
 今日何度目だか分からない疑問で頭をグルグルとさせていると、シルバー先輩が言った。
「デュース。お前、は」
「は、ひゃいっ!」
「……俺の、思いもよらないところで、思いもよらないことを考えていることが、ある」
 たどたどしく言葉を選ぶシルバー先輩の声に、僕は聞き入る。真剣に話してくれているんだっていうのが、伝わってくるから。
「お前は、諦めてしまおうとしていたんだろう。俺とのことを」
 玉砕する覚悟だと言っていた、とシルバー先輩は呟く。僕は、その通りだと気まずくなった。
「だとしても、だ。お前が今日、俺に気持ちを言ってくれて、良かった」
 知らない場所で勝手に諦められて、叶うはずだった恋が敗れるよりもずっと、良かった。そう、シルバー先輩は言った。
「俺が、どれほどお前のことを目に入れていて、これからも目を奪われていくのかは、……じっくり教えていくことにする」
 そう言って、シルバー先輩は笑った。僕が初めて先輩に恋に落とされた、あの優しい笑顔だった。
「もう、諦めないでくれ。俺のこと、お前の夢。何もかも」
 お前にはそれを叶える力が、眠っているのだから。とても優しく、それでいて力強い声で、シルバー先輩は僕にささやいた。
「買いかぶりすぎ、ですよ……」
「そんなことはないな」
「へへ。ありがとうございます。……今日のこと、嬉しすぎて。夢じゃないかって、心配になりますね……」
 シルバー先輩が僕の頬をぷにとつねる。
「何するんですか」
「どうやら、夢ではなさそうだ」
「自分の顔でやってくださいよ!」
「すまない。お前に、触れたくて」
 いつもそうなんだ、とシルバー先輩はふっと笑う。
「シルバー先輩、前からこんなでしたっけ……?」
 前はもっと、それこそ僕なんか興味なさげだと思っていたんだけど。
「ああ……。俺は、お前への想いが妙に強いことを自覚していてな。それで、お前に嫌われてしまわないように、顔や態度に出さないよう努めていたのだが……。そのせいでお前に興味がないと思われてしまったようなので、これからは隠さないことにした」
「へっ!?」
 さらっと何言ってるんだ、この人は。
「だから、これからは覚悟してほしい。俺の『好きな子』になる覚悟を、だ」
 一度うなずいたのだから、もう逃がさないぞ、いいな? とシルバー先輩は悪戯っ子のように笑う。
 僕は、これが本当に夢の世界の出来事じゃないのかと、もう一度自分の頬をつねることしかできなかった。

*おしまい

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