・メインスト7章(完結まで)のネタバレが含まれます
・吸血鬼パロディです。
・転生・生まれ変わりネタが含まれます。
・この他、いろいろと独自設定が含まれます。
・上記のため、矛盾点などがあるかもしれません。
・なんでも許せる人向け。
以上大丈夫な方はスクロール↓
――俺の父は、吸血鬼だ。父と言っても、血縁の父ではない。俺が幼くまだ赤子だった頃、森の中で事故に遭い、命を落とした両親の傍に落ちていた俺を拾って育ててくださったのが、現在の父、リリア・ヴァンルージュその人だ。
俺は、俺が19歳になる今日この日まで育ててくれたことを、父に感謝している。今はその父に恩返しをするため、父の恩人でもあり主君でもあるドラコニア家の当主、マレウス・ドラコニア様の下で近衛兵の1人として働いている。マレウス様も、吸血鬼だ。
とは言っても、今は戦乱の世というわけでもない。役職の名前は近衛兵といえど、日々の鍛錬のほかは、料理の支度を手伝ったり、城で行われる様々な家事や催事の手伝いをしたりと、ほとんどメイドや執事、秘書の仕事と変わらない毎日を過ごしている。
忙しない日々を送っているが、俺にも休暇はある。それは毎週、日曜日。午前中は、俺は教会へと赴く。あまりしっかりした教会だと吸血鬼であるマレウス様や親父殿にも良くない影響があるかと思い、牧師もいない、ほぼ朽ち果てた廃教会なのだが。
そんな教会で、俺はひとり祈る。亡き父母に向けて、俺は立派にやっています、と。
大切な人たちに囲まれて、幸せに生きています、と。
手を組んで、祈りを捧げる。吸血鬼に仕える者としては良くない行いなのかもしれないが、それでも、俺は神を通じて空の星にいるだろう本当の両親に、この祈りが届けばいいと思った。貴方たちがいてくれたおかげで、俺は今、大切な人たちの傍で生きられています、と――。
祈りを捧げていると、ステンドグラスから暖かく柔らかな光が射し込む。もうこんな時間か。昼時だな。そろそろ教会を後にしよう、と踵を返すと、入口に誰かが立っているのが見えた。
「ん? そこに、誰かいるのか?」
「……」
教会の入り口に立った人物は、ぼうとこちらを惚けたような目で見るばかりで、俺に気が付いた様子はない。
「どうした、大丈夫か?」
不審に思い近づくと、その人物は突然俺に飛びついてきた。
「……アル!」
「なっ、なんだ!? いきなり、どうしたんだ!?」
「アル、ああ、アルなんだな!? きっと教会にいると思ってたんだ、会えて良かった……!!」
「落ち着いてくれ! 君はどこの誰で、一体何を言っている!?」
俺はその人物を身体から引きはがし、気を落ち着かせようと試みる。
「あ、ああごめん、そうだよな、アルにとっては急だよな。なんせ久々だから、ええっと、何から話したらいいか……」
しどろもどろな様子で、目の前の男は戸惑いを見せる。戸惑いたいのは、こちらの方なのだが……。
「……すまないが。何か、勘違いというか、人違いをしていないだろうか? 俺は、アルという名前ではない」
「あっ、そっか、そうだよな。今はなんて言うんだ?」
「シルバーだ。ところで……君と俺は、以前どこかで会ったことがあったろうか?」
尋ねると、男は少しためらったようにそれを言葉にした。
「えっと……。アル、じゃない。シルバー。シルバーは……生まれ変わりって、信じるか?」
「……生まれ変わり?」
「そうだ、僕には昔、恋人がいて、アルって名前だった。そのアルの生まれ変わりが、シルバー、アンタなんだ」
……急な話すぎて、さっぱりついていけない。
俺からすれば、彼は突然現れた、どこの誰とも知れない男だ。名前すら知らない。
この件は一度家に持ち帰って、どうすればいいか親父殿に相談してみようか。
そんなことが頭を過ったとき。ふと。立ち眩みがして、何か、俺の知らない記憶が頭の中に流れてくるような感じがした。
『……アル! こっちだよ、こっち、早く!……』
これは……森、の、中?
『そんなに急がないでくれ、デュース……。湖は逃げない』
『……でも、早く2人になりたいだろ……』
『……ふっ。まったく、仕方がない、な……』
ジジッ、とノイズが走るような心地がして。目の前に立つ、目深にフードを被った青年のフードをそっと上げる。
「デュー、ス?」
「……!」
俺がその名を呼ぶと、デュース、と呼ばれた青年は、ぱあっと顔を明るくして、泣きそうな顔でほほ笑んでみせた。
その顔は、先ほど見た記憶の映像と一致する。……思っていたよりも幼い顔だと、そう思った。
「ええと。デュース、だったか。詳しく話を聞きたい気持ちもあるのだが、まだ心の整理がついていない。少し、時間をもらえるだろうか」
「分かった。どれくらい待てばいい?」
「ええと……とりあえず、1日ほどもらってもいいか。明日、またここへ来るから」
「分かった。それくらいなら、へっちゃらだ」
じゃあまたな、と言って、デュースは頬にキスをして消えた。……今の俺が恋人になるとは、言っていないんだが。
だが、向こうからしたら、久々に会えた恋人なのだろうから、仕方ないか。などと考えている時点で、既にデュースに流され始めている気がした。
城へ帰ると(親父殿と俺はマレウス様のお住まいである古城の一角を借りて暮らしている)、親父殿が不思議そうな顔をした。
「なんじゃシルバー、何かあったか?」
「ええと……。なんと言えばいいのか」
親父殿は、俺の変化に敏感だ。ほんの些細な兆候ですらも、見逃さない。俺のことで把握されていないことはあるのだろうかと、時に少し怖くもあり、頼もしくもあるくらいだ。
「教会で祈っていたら、前世の恋人だという人物が現れまして」
「なんじゃそれは。何らかの勧誘や詐欺や、悪質なナンパではないのか?」
「俺も、最初はそう思ったのですが。どうにも、様子が違って……」
「うむ?」
「……何故か俺にも、その記憶があるみたいなんです。すべてを思い出せたわけではないのですが……」
なんじゃって、と言うと、楽器の手入れをしながら親父殿は呟いた。
「まあ、それならお前の好きにして良いのではないか? 前世の恋人と再び恋に落ちるも良し、割り切って今世を謳歌するも良し、じゃ」
「そう、ですね。彼の人となりをもう少し知ってから、改めて考えてみることにします」
今世では、まだ出会ったばかりで何も知らないことですし、と俺は言った。そして、彼の方も。
『今の俺』のことは何も知らないのだろうと、アタリをつけながら。
翌日。教会へ赴くと、デュースは待っていた。
「あ、シルバー!」
「もう呼び間違えないんだな」
「昨日、帰ってからたくさん呼ぶ練習したんだ。名前を間違えるのは、失礼なことだから」
「そうか」
デュースは、懐っこい笑顔で笑う。その口元に、見慣れた光る牙を見つけた。
「デュース、君、吸血鬼なのか?」
「あっ、うん。そうなんだ。そっか、それも忘れちゃってるんだな」
詳しく話を聞いてみると、デュースは下位吸血鬼だということだった。
「親父殿やマレウス様が高位吸血鬼だと言っているのは知っていたが、下位吸血鬼のことはよく知らない」
「ええっと、簡単に言えば、高位吸血鬼は生まれつき元々吸血鬼だった生き物で、下位吸血鬼は人間から吸血鬼になった生き物だ」
「そうだったのか。では、俺の幼馴染はどうなるのだろうか。父が人間で、母が高位吸血鬼だという」
「それは、ダンピールになるな。簡単に言えば、吸血鬼と人間のいいとこどりをしたハーフになる」
「そうか」
ところで、と俺は尋ねた。
「君は日光が辛くないのか? それに、朽ちているとはいえ、昼間の教会も」
「大丈夫だ。僕は信心深かった方じゃないから、教会に入ったくらいじゃどうとも思わないし。日光だって、こうやってフード被ってれば平気だ」
それに、何年も待ってようやく会えたんだから、ちょっとくらい辛くても無理くらいする、とデュースは笑う。俺はそんな彼に、気まずさを覚えた。
「……その。デュース。俺にはわずかに前世の記憶があるようなのだが。とはいえ、まだまだ今の君のことを俺は知らないし、今の俺のことを君も知らない。だから、すぐに恋人へ元通り、というわけにはいかないと思ってほしい」
「……そっか」
デュースは淋しそうに笑った。
「だが、君の気持ちをこそ思えば、前向きに考えてやりたいとは思っている。だから、しばらく付き合いを続けて、その中で再び恋に落ちられれば、と思うのだが……」
そうでないとしても、君が納得のいく結末に辿り着くまで俺は付き合うつもりではあるから、とデュースに言う。するとデュースは、少し考えこんで、それから、口にした。
「分かったよ、シルバー。それじゃあ、改めて自己紹介だ」
デュースは黒いフードを取る。夜空のような群青色の髪が、さらりと風に流された。
「僕はデュース。デュース・スペード。ずっと、アンタのことを探してた吸血鬼だ。よろしくな」
「ああ。俺はシルバー……シルバー・ヴァンルージュだ。改めてよろしく、デュース」
差し出されたデュースの手を握ると、ぎゅっと強く握り返された。
*
……「これからよろしく」、か。
まあ、考えてた中では、かなりいい方の反応、かな。
なんならもう僕のことなんかすっかり忘れて、今世で恋人を作ったりしてないかってそんなエンドも考えてたもんな。
そう考えると、いい方だ。これは、かなりいい方の始まりなんだ。
シルバー……『アル』が、僕とのことを、すっかり忘れてしまっていたとしても。
それでも、生きて、同じ人の姿を持って、また会えたんだ。
蝶の姿でも、魚の姿でも、鳥の姿でもなく、人同士の姿で。
また会えたから。それだけでいいんだ。
なのにどうして、僕の目からは涙がぽろぽろ零れてくんだろう。
*
次にデュースに会ったとき、俺は驚いた。目が真っ赤になっていたから。
……吸血鬼は、特別な力を使うときや、血を吸ったりするときに、目が赤くなることもあるらしい。
が、デュースのこの赤さは、そういった類ではない。なんというか。泣き腫らした目、と言ったが正しいか。
「何か、悲しいことがあったのか?」
「平気だ! 全然大丈夫。今暮らしてるところがちょっと埃っぽくてさ、汚れが目に入っただけだよ」
「……君は一体、今、どこでどんな暮らしを?」
俺はデュースのことについて何も知らない。デュースがどんな道のりを歩んできたのかと尋ねると、簡単に答えてくれた。
「今か? 近くの森にテントを張って暮らしてる」
「森に、か?」
「ああ、うん。シルバーを見つけるまで、ずっとあちこちを旅してたから」
「君の家は?」
「もうとっくの昔になくなったよ。火事で燃え尽きたんだ。それからずっと旅をしてる」
驚いた。驚いた、が。考えてみれば、当然のことか。あてもなく何かを探して回るのなら、旅の荷物だけで世界中を放浪しなくてはならないだろう。ふと、俺はそのとき、家のことに考えが至ると、そこに住む人のことも同時に気になった。
「なあ。君の家族は、どうしたんだ?」
「もういないんだ。ずっと前のことだから」
デュースは、とても淋しそうに笑った。俺は、その笑みを見て。目の前の彼が、とても孤独な存在なのだと思い知らされるような心地がした。そして、彼を救えるのは自分しかいないのだ、とも。
「……もし。俺と恋仲になれなかったら、君はどうするんだ?」
「そうだな、そのときは……また、次にこうやって会えるときを待つかなあ……」
あんまり考えてないや、とデュースは誤魔化すように笑う。俺は、酷な質問をしてしまった、と思った。
「俺ばかり聞いていて、すまない。君も聞きたいことがあるのなら、話してくれ」
「あ、じゃあ気になってたんだけど……。『マレウス様』、って誰だ? あと、親父殿ってどんな人? 幼馴染って?」
「ああ、それは……」
マレウス様のことを、俺のことを幼い頃から世話してくれている主君だと説明し、父についての話と俺が孤児であることを告げた。そのついでに、幼馴染であるセベクの話も。
「そっか。じゃあ、今はお父さんが違うんだな」
「俺の、本当の父を知っているのか?」
「んー……今世も同じかは分からないけど。でも、僕が知ってる頃のシルバー……こっちは言うなれば、アルかな。アルの父さんは、アルにそっくりだったよ。性格も、顔も、姿も、何もかも。双子みたいに生き写しだった」
「そう、だったのか」
「お母さんは、優しそうで。だけど芯の強い人だったな」
懐かしいな、とデュースは目を細める。ああ。彼は、今この時に生きていない。美しい過去の思い出に囚われて、今このときの時間を見ようとしていないのだ。
「デュース」
「なんだ?」
「君はもっと、『今この時』を知る必要がある。いろいろと聞いておいてなんだが、過去の『アル』ではなく、今の『俺』を見てくれ」
君もそれから恋人にするかどうかを判断するべきだと思う、と俺は告げた。告げたあとで、違和感に気づいた。
なんだかまるでこれでは、俺の方がデュースに言い寄っているみたいじゃないか?
「ははっ。分かったよ。シルバー。シルバーは、シルバーなんだもんな」
「あ、ああ」
「……僕の知ってる、アルとは。よく似てるだけで、違う人、なんだもんな」
「……そうだ」
俺が肯定すると、デュースはぽふりと俺の肩に頭を乗せた。
「……じゃあ、じゃあさ。少しだけ、こうしててもいいかな」
「デュース?」
「も、世界のどこにも、僕のアルはいないんだって、ちゃんと分かるからさ……」
震える声と、肩。泣いているのだと気づいた。俺は、そんなデュースの背中に手を回し、泣き止むまでさすり続けた。
……そうか。俺が俺であることを突きつけるのは、同時に、彼に、過去の恋人の喪失を突きつけることに他ならないことだった。
申し訳がないことをした、とも思う。その一方で、必要なことだった、とも思った。
涙を流しながら、デュースが今俺の腕の中で何を思っているのか、それはデュースにしか分からないことだ。
その夜、夢を見た。
夢の中の俺は、水の中にいた。
金魚鉢のような水槽の中から、飼い主と思しき誰かのことを見つめている。
それは、デュースだ。金魚鉢の傍で、目の端を赤くして、居眠りをしている。
俺はそれを、じっと見ていた。何もできない身体がもどかしいまま、じっと見ていた。
――本当なら今すぐにこの水の中を出て、頬を撫でてやりたいのに。
この不自由な魚の身体では、それも叶わない、と。
目が覚めると、ベッドが汗で濡れていた。まるで水の中にいたように、濡れていた。
今日見た夢……あの記憶は、俺のものじゃない。きっと、『アル』のものだ。
水浸しになってしまったベッドのシーツを取り換えながら、ふと思った。
デュースは、一体。いつから俺のことを探していたのだろうか、と。
次の日曜日。毎週日曜日に、教会に来ているデュースと会うことが習慣になり始めた。
「俺がいない日は、普段何をしているんだ?」
「適当に、街で日雇いの仕事をして路銀を稼いだり、日々の暮らしに必要な雑事をやったりして過ごしてるよ」
今は吸血鬼にもだいぶ過ごしやすい時代になったから、あまりそういうことをする必要もなくなってきたけど、とデュースは言う。
「ああ、確か人の血を吸わないようにと、いくらか血液は無償でもらえるのだったな」
「うん。やっぱりいい血には高値がついてたりボトルに入ってたりするけど、僕はそういう無償配布のとか、安いので十分だ」
定期的に飲まないとキツくなるし、まあ薬みたいなもんだよな、とデュースは言う。
「そうか」
2人の間に、少しの沈黙が訪れる。俺は、あの質問を聞いてみるべきだろうか、と思った。
「なあ、デュース。君は、いつから俺のことを探していたんだ?」
「えっと……」
デュースは、難しそうな顔をした。俺が尋ねたのは、そんなに良くない質問だったのだろうか。
「話したくないことなら、無理に話さなくてもかまわない」
「話したくない、わけじゃないんだけど。でも、その……。吸血鬼じゃない、普通の人間には、時間って大切なものだろ。だから、」
僕がどれくらいの時間をかけてここに来たか、それを知ったら、シルバーは無理して僕の気持ちに応えようとするんじゃないかって心配になるから、とデュースは言った。
その言葉で、よく分かった。デュースが俺を待った期間は、きっと。10年や20年そこらでは、とても足りない時間なのだと。
……なるほど、確かに。デュースの憂慮は正しいといえる。何故って、俺はそれだけでも、デュースの気持ちに報いたいと感じ始めている。それでも。俺が、自ら言ったんだ。今の俺と、今のデュースの関係性を構築せねばならない、と。だから。今、デュースに応えるのは、誠実ではないんだ。
他にもいくらか適当な話をして、その日は別れた。別れ際に、俺は聞いた。
「今は週に1回だが……本当は、もっと会いたい、などと思っているか?」
「そう聞かれちまったら、そうだって言うしかない、かなあ」
デュースは冗談めかして笑った。俺は、どうするべきか、と考えた。もう少し、デュースの人となりをよく知ることができれば……。悩んでいると、マレウス様が俺に声をかけた。
「どうした、シルバー。何か悩みごとか?」
「マレウス様。実は……」
俺が悩みを打ち明けると、マレウス様は言った。
「ふむ。例の、前世の恋人だという吸血鬼か。もっとそいつ自身のことをよく知りたい、と」
「はい。俺がどうするべきなのか、早く結論を出してやるのがそいつのためだとも思いますので……」
「……なら、城に招待してみてはどうだ? お前と何日か一緒に過ごさせて、お前のことを知らせてみるといい。その中で、向こうがどんな時を過ごしてきたのか知ることもできるだろう」
「よろしいのですか?」
「かまわない」
「ありがとうございます、マレウス様」
そういうわけで、次の日曜日から城にデュースを招待してみることになった。
「お、お邪魔します……っ」
「ああ、よく来たな。スペードと言ったか? ゆるりと過ごすが良い」
「お出迎えまでしていただき、ありがとうございますマレウス様」
「何。吸血鬼は招かれない家には入れないからな。下位吸血鬼もそうなのかは知らないが……ひとまず招いておいた方がいいだろう」
「お心遣いありがとうございます、ドラコニア様!」
「何、ゆるりと過ごせよ」
マレウス様は城の奥へと引っ込み、俺は改めてデュースと2人になる。
「招く、と言っても俺の日常を一緒に体験してもらう程度のことでしかないのだが。かまわないか?」
「大丈夫だ。何からすればいい?」
「そうだな……」
まず、共に洗い物の洗濯をした。城の兵士たちが着る肌着や、汗拭き用のタオルなど、詰所の洗い物の手伝いだ。
「汚れを落とすのは、得意だ。昔、母さんが教えてくれた」
そう言ってデュースは、洗濯板を使って器用に洗い物の汚れを落としてみせた。今の時代、洗濯機も使えるが、ひどい汚れはやはり先に洗濯板で洗っておかねばならない。デュースがこの手伝いをしてくれるのは、素直に助かると思った。
「母君がいたのか?」
「ああ、うん。もうずっと昔のことだけどな」
「……もし良ければ、いろいろと聞かせてほしい。そのために招いたところもあるのだから」
分かったよ、と言ってデュースは話しだした。
「僕は昔、アルと一緒にいた頃。アルと同じ村で、母さんと2人暮らしだったんだ。アルには優しそうなお父さんとお母さんがいた」
あの頃は楽しかった、とデュースは言う。
「アルと恋人になって、毎日、仕事の合間に時間を見つけては森の湖畔に行って2人で過ごしたりしてさ」
「2人の仲は、公認だったのか?」
「……アルの両親と、僕の母さんは黙っててくれたよ。でも、時代が時代だったからなあ。アルと僕は、男同士だった。だから、隠れて付き合ってたんだ」
「そうだったのか……」
遠い昔、歴史を学んだときに頭の片隅で習ったような記憶。デュースはその生き証人のようだ。……ん? そう考えると、どうやらデュースが『アル』と過ごしていた時は、100年や200年そこらの昔ではなさそうだ。
「でも、ある時、村の人に見つかっちまって。異端者だって追い回されて、捕まって、火で炙られて……」
デュースは顔を俯かせていく。
「……2人とも、真っ赤に燃える火の中で焼け死んで。僕だけが、蘇ったんだ。僕はその少し前に、吸血鬼になっていたから」
洗濯板をこするデュースの手が止まる。俺は、自分の方のタライに目を向けた。
「すまない。辛いことを思い出させたな」
「いいんだ。シルバーが聞きたいんだろ? なんでも話すよ、なんでも」
何か気になることがあったら、遠慮なく聞いてくれ、とデュースは笑った。俺は気づいた。デュースとのことに俺が答えを出そうとしているのだと、彼は察しているのだと。
洗濯が終わると、次は料理の番だ。料理長に言われたぶんのノルマとして、ジャガイモの皮を剥いたり、根菜を細かく切ったりする作業に従事する。
「コロコロカットだ。これも母さんに習ったな」
「母親と仲が良かったんだな」
「ん。母さんには、生きてるときかなり迷惑をかけちまったからな。今さら遅いかもって思うけど、大事にしてるんだ」
ジャガイモの皮を剝きながら、デュースに尋ねる。
「2人暮らしと言っていたが……父君はいなかったのか?」
「さあ、父さんは僕の物心ついたときにはもういなかったからなあ。本当によく分からない」
「そうか」
話題を変えよう。
「芋を剥くのが上手いな」
「ああ、これか。僕、器用に見えるだろ。実は僕、すっごい不器用なんだぜ。練習すればちょっとはできるようになるけど、最初はなんでもド下手なんだ」
だからあんまり期待しないでくれよ、初めてのことは特に、とデュースは言った。では、今デュースがあれこれ出来るのは、長い間1人で暮らしてきた結果なのだろうか。
なぜか俺はそのとき、デュースに、少し前に見た夢の話をしたくなった。
「……なあ。俺は、魚だったことがあるだろうか」
「え? なんでそんなこと聞くんだ?」
「夢を見たんだ。俺が魚だった日の夢を。……君が金魚鉢の傍にいて、うたた寝をしていた」
デュースは驚いた顔で野菜の皮を剥く手を一瞬止め、また剝き始めた。
「あるよ。アル……シルバーは、今この時、人になる前、4回別の姿になってる」
「4回?」
「最初は、蝶。次は花。その次が小鳥で、最後が魚だ」
僕はそのどれもと最後まで一緒に過ごしたよ、とデュースは言った。
「でも、少し不安だった。言葉が通じないから、本当にこれはアルの魂なのか、って」
だけど、シルバーがそんな夢を見ているのなら、あれはきっと本当にアルだったんだな。良かった、とデュースはこぼした。
俺の中に、何か、知らない感情が湧きだしてくるような心地がした。
(会いたい。また……会いたい)
(会って、触れたい。何度でも)
(逢いに行くと、約束をした)
それは強い、強い感情。眩い光のように優しく、淡い感情が、俺の中に突如として込み上げた。
込み上げたそれは、涙の形になって俺の目から流れ出した。
「……あ」
「え、シルバー!? どうしたんだ、なんで泣いてるんだ!?」
泣かないでくれ、玉ねぎが目に染みたのか!? とデュースは慌てている。
「大丈夫、大丈夫だ。そうだな、少し……目に、染みたみたいだ」
目を洗ってくる、と言って、厨房にデュースを残し、ひとり井戸へと向かった。
……一通り上下水道も通ってはいるが、昔ながらの湧き水による井戸も通っているのだ。この城は。
井戸から水を汲み上げ、顔を洗う。水桶に映った自分の顔に尋ねた。
「……なあ、『アル』。君は、本当にデュースに会いたいのだな」
水の中の自分の顔が、優しくほほ笑んだ気がした。本当に、アルとデュースは想い合っているのだな、と感じた。そんな2人に、俺は、どこか淋しさというか、羨ましさのようなものを抱えていることに気付いた。
……どうして、だろうか。ああ、そうか。デュースの中で、アルを通さない、目の前の俺が置き去りにされているような感じが、どうにも淋しいのだ。デュースに、アルじゃない、俺を見て欲しい。初めて会ったときからずっと、俺はそう告げ、そう感じていた。
それはもはや、直感と言っても良かった。俺は、デュースが好きなのだ。
時に淋しい顔を見せながら、それでも大丈夫だと笑ってみせる。いつから、どこで落ちたのかも分からないが。
今の俺は、今出会ったデュースが好きなのだ。でも、俺は……アルじゃない。彼の求めている、アルじゃない。
彼は俺を求めてくれているようでいて、俺の向こうに、俺じゃない誰かを求めている。
どう答えを出すべきか分からなくて、もう一度、頭から水を浴びた。
厨房へ戻ると、驚かれた。髪から何から水浸しになっていたからだ。
「またダイナミックに目を洗ったんだな……」
呆れ顔で、デュースはタオルをもらってきて俺の髪を拭いてくれる。
俺はそんなデュースの手に手を重ね、告げた。
「デュース。君は俺のことをどう思っている?」
「へ?」
「……『アル』とは関係ない、今の。『シルバー』という人間のことをどう思っているかと、聞いているんだ」
デュースは困ったような顔をして、それから、口にした。
「なんていうか……。不思議な感じだ。見た目とか口調はアルにそっくりなのに、やっぱりどこか、違う人だって感じる」
シルバーが前に言ってくれた、よく似てるだけで違う人ってのは確かにその通りだったみたいだな、とデュースは笑う。
「なら……『アル』と違う俺は、愛せないか?」
「シル、バー?」
デュースの手首を掴む。掴んで、心のままに叫んでしまう。
「君が求めているのは、今ここにいる俺じゃない!! 昔、君と恋人だった『アル』だろう……!!」
俺の気持ちに応えられないというのなら、これ以上俺を惑わせないでくれ。そうデュースに縋りつき吐き捨てて、城を飛び出した。雷雨の夜だ。雷が鳴る中、森に入った。森の木々が、雨を避けてくれた。
それでも濡れていく身体と頭を落ち着かせようと、走った先の傍にある木のうろの中に入った。……幼い頃も、こうしていた。悲しいことがあったときは、森の中に逃げ込んで、木のうろで隠れるようにして泣いていた。
小さな子どもの頃は心配した親父殿が迎えに来てくれたが、今、大人になったはずの俺にはもう差し伸べる手はない。
と、思っていたのに。
「ダメじゃろ、シルバー。せっかくの客人を放ってこんなところで拗ねていたら」
「……親父殿……」
親父殿が、あの頃と同じように、手を差し伸べてくれた。どうやらこの雷雨の中、飛び出した俺を探しに来てくれたらしい。
「デュースの奴が慌ててわしらを呼びに来たんじゃ。嵐の中に飛び出してったっちゅうから」
「そう、でしたか。……ご迷惑をおかけしました」
「はっはっは。子どもは飛び出していくものじゃからなあ。なんじゃ、何か嫌なことでもあったんか?」
「ええと、その……」
うまく言えないながらも、俺は親父殿に今の自分の心を吐き出した。デュースが好きだと自覚したこと。だけど、デュースは前世の恋人である『アル』ばかり見ていて、俺のことは見ようともしてくれないこと。それが辛くて、どうしようもないこと。
「なるほどな。いくら前世で恋人だったからっちゅうて、そう簡単にうまくはいかんってことか」
「デュースに、俺自身を好きになってほしいです。アルとは関係ない、俺自身を」
「ふーむ。それはちと難しいのではないか? どうしたって、向こうからすればお前はアルとは関係があるし、お前もアルの記憶をところどころ思い出しておる。……自分はアルとは関係ない、とは、さすがに言い切れんじゃろ」
「では、どうしたら……」
「受け入れることじゃろうな。2人とも。アルが存在すること、そして、喪失していることを、互いにじゃ」
な、と親父殿が言った先には、デュースが心配そうに立っていた。軒下で、俺の姿を見るなり、デュースは駆け寄ってきた。
「シルバー!! 良かった、シルバーに何かあったらって思うと、僕……!!」
「……」
俺は、戸惑った。嬉しいが。それは、アルと関係ない俺だったとしても、言ってもらえた言葉なのだろうか。
「ほれ! おぬしら、水浸しではないか。風呂にでも浸かって、それからゆるりと話せよ」
親父殿に背中を押され、俺たちは城の沐浴場へと押し込まれる。
「……ひとまず、湯に入るか」
「そうだな」
服を脱いでいると、デュースの首元に何か、首飾りのようなものがあるのに気づいた。
「それは?」
「ああ、これか。これは……遺灰だよ。小瓶に詰めてるんだ」
アルのだけじゃない、蝶や魚のもあるんだ、とデュースは言った。そうか、と俺は答えた。
身体を洗い、2人で浴場の湯に身体を浸からせる。濡れて冷えた身体が、温まっていく心地がした。
「……なあ。シルバー。さっき、言ってたことだけどさ」
「……ああ」
「答えてもいいか?」
「ああ」
「分からないんだ、僕。アルとは関係ないシルバーを愛せるか、って言われたとき。関係なくなんかないだろ、って思っちまう。シルバーはシルバーなのは分かってるはずなんだけどさ、なんていうか……。アルのことも含めて、今のシルバーなんだよなって思うから、どっちがどうとか、よく分からないんだ」
僕にとっては、シルバーを愛するのは当たり前みたいな感覚だから、とデュースは言う。
「もし、アルのことがなかったら、君は同じように俺を愛してくれたのか」
ちゃぷり、と湯が音を立てた。
「……アルのことがなかったら、今頃僕はここにいたかもわからないな」
僕たちが出会えたのは、アルのことがあったからだよ、とデュースは諭すように俺に言う。それでも俺は、無性に、アルのことが羨ましくなっていた。だから。いっそ、この湯のように、すべてを浴びることにした。
「湯を出たら、聞かせてくれないか。君とアルの歩んできた道、すべてを」
そうしたら答えを出す、と告げる。デュースは、分かった、と答えた。
湯を出て、俺に与えられた私室へと赴く。基本的には親父殿と共同生活をしているが、16歳になる頃、お前も自分だけの部屋が欲しいだろうと言ってマレウス様から与えられた部屋だ。主に書き物をするときや、集中したいときに使っている。その部屋で、デュースと改めて話をすることにした。
「アルと僕の全部、か。そうだな。何から話したらいいか……」
「すべてだ。出会いから今まで、すべて話してくれ」
何を言われても俺は受け止める、と告げれば、デュースは話し出した。
「僕とアルは昔、同じ村に暮らしてた。僕はその頃、結構な悪ガキで、父親がいないことに拗ねて、村で悪さをしていたんだ。そんなある日、僕のところに自警団を連れたアルが来て、言ったんだ。『母君は泣いているぞ』って。それで僕は、なんて馬鹿をしていたんだろうって思って、まともな人になろうって努力をし始めた」
「……」
「村の人たちには最初、どうせ長くは続くまい、って白い目で見られてたけど。アルはそんな僕のことを根気強く、きっと更生できるって信じ続けてくれた。そんなある日、村が凶暴な動物に襲われたときがあって、それを倒したことで、僕はやっとまた村の一員として認めてもらえた。それを、アルは自分のことみたいに喜んでくれた」
デュースは話し続ける。
「僕はもうその頃、アルのことが好きだった。でも、諦めようと思ってた。僕からすれば恩人だけど、向こうからすれば僕を好きになる理由なんてない。だけど、アルは僕に手を差し伸べてくれた。一生懸命に頑張る姿を見て、心惹かれたんだって言ってくれた」
それからはもう話した通りだ、とデュースは言う。
「仕事の合間に森の湖畔でデートしたりしてさ。隠れて付き合ってたけど、ある日、村の自警団にそれが見つかってさ。村の人たちは庇ってくれたんだけど、どこからか都の方まで噂が伝って、結局、僕たちは火あぶりの刑にされることになった」
デュースは遺灰の小瓶を眺めている。
「僕だけが、生き残った。僕は危ない動物を倒したときに、吸血鬼になっていたから。焼かれたあと、僕だけが灰の中から蘇った」
「……その後、どうしてアルを探そうと思ったんだ?」
「約束をしたからだ。火あぶりにされる前、アルが言った。『何度生まれ変わっても、どんな姿になっても、きっとお前に会いに行く。だからどうか、諦めずに待っていてくれ』って。僕はその言葉を信じて、生き続けることに決めた」
それでさ、とデュースは続けた。
「初めてアルの魂だと思ったのが、綺麗な白紫色の蝶だった。旅を続ける僕にやたらとついてくるから、なんだろうって思ってよく見たら、羽の色がアルの瞳にそっくりだった。だから僕は、その蝶をかごの中に入れて、しばらく一緒に旅をした」
それでも、蝶の寿命は短いから、長くは一緒にいられなかった。デュースは淋しそうに言った。
「次に出会ったのは、花だった。白い薔薇の花だったな。アルだって思ったから、持ち主に頼み込んで株ごと譲ってもらった。でも、やっぱり花の寿命も短いから、植木鉢に植え替えて、大事に世話をしても、あっという間に枯れちまった」
「その次は、小鳥だ。小鳥のアルとは結構一緒にいた。旅の中で、5年くらいは一緒にいたと思う。かなり、長生きした方だろ。でも、やっぱり、小鳥のアルもある日死んじまった」
「そしたら次は、魚のアルに会った。水中からきらきらした鱗で、僕に寄ってくるから、水槽に入れて連れて帰ったんだ」
これが4回会ったアルの魂との話だ、とデュースは一度話を区切る。俺には疑問があった。
「俺のこともそうだが……。どうして、そんなにたくさんの姿になっているのに、アルの魂だと気づけたんだ?」
「それは、アルが告げていくからなんだ」
「アルが?」
「ああ。実は……」
アルの魂は、この世に生まれてくるまでの間、毎晩デュースの夢に出てくるらしい。そして、次に生まれる先が決まると、次は魚だ蝶だ、どこどこの辺りで生まれると思う、と言い残して、それから夢に出なくなる。アルが夢に出なくなると、デュースはこの世の中のどこかにいるアルを探して、さ迷うのだと言う。
「……そうか」
俺は、デュースの話を聞いて、淋しさを感じた。言い様のない淋しさだ。
同じ姿で会えない恋人と、夢の中だけの逢瀬を重ねて、現世に生きている間はそれだけを頼りにさ迷う。
そんな孤独で淋しい暮らしを、ずっとさせていたくないと思った。それは、俺の中に根付くアルも同じ感情を抱いているようだ。
「それで、5回目。次は人になれるって聞いて、探してたんだ。……で、シルバーに会ったんだよ」
あとのことは知っての通り、これで全部だ、とデュースは言った。
俺は、少しだけ待ってくれ、とデュースに告げ、目を閉じ、己の中に込み上げてくる感情を、そっと受け入れた。
目蓋の裏に、俺と同じ顔をした金髪の人物が映る。きっと、これはアルだ。
(……ああ、アル。お前は、ずっとデュースのことを心配していたのだな。自分のせいで、孤独に生きていかなければならないデュースを)
最初は、デュースが絶望せずに生きていくために、必要だと思ってかけた言葉だったのだろう。だがいつしかそれは、デュースにとってそれだけを頼りに生きる呪いのようなものと化してしまった。
ならば。……ならば、アルの生まれ変わりである俺が、その咎を背負おう。この役目は、他の誰にも渡さない。
これは、アルとデュースの顛末を聞いた、俺自身が決めたことだ。俺が、2人を救おう。
「デュース。俺の心は決まった。聞いてくれるか?」
「……ああ、なんでも来い!」
俺は、意を決してそれを口にした。
「俺に、君の血を分けてくれないか。俺を君の眷属にしてほしい」
「えっ!? ドラコニア様はいいのか!?」
「何も仕える主君が変わるわけじゃない。マレウス様だって分かってくださる。事後承諾にはなるが……」
それでも俺は、と続ける。
「君をもう、ひとりぼっちにしておきたくない」
これ以上、孤独な恋を繰り返させていたくはないんだ。
「君のことが好きだから」
デュースは驚いた顔で、それから頬を赤くした。
「い、いや……えっと、そんな、急に言われても……」
「急じゃないだろう。元々は、君の恋人だった魂なんじゃないのか」
「それはそうだけどっ、シルバーがシルバーはアルとは違うって……っ」
……なんだ。ちゃんと、『俺』の言葉にも照れてくれるのか。アルのことばかりを、見ていたわけでもなさそうだ。それでも。もう、俺は受け入れた。
「さあ、デュース。大人しくしていてくれよ」
「えっ、あ、シルバー……っ」
デュースを壁際に追い詰め、首元に爪を添える。つ、と力を込めてわずかに血を流させ、俺はそれを舐めとった。鉄の味が口の中に広がって、こくりと俺は一滴残らずそれを飲み込む。
「さあ、デュース。これで俺は君の眷属となった。君と同じ時を生きられるだろう」
「えっ、そんな……っ」
「何を慌てているんだ? これが君の、一番の望みだったろう」
「でも、シルバーはシルバーなんだろ!? 僕はてっきり、もう別の人だから諦めろって言われると思って……っ」
「そんなことはない。俺はアルで、アルは俺だ。もう、そう分かった。受け入れた。だから、君はもう、何も諦めなくていい。アルのことも、……俺のことも」
デュースの首元から、遺灰のネックレスを奪う。
「これも、もういらない」
俺は、デュースの目の前で、ネックレスの中の遺灰を飲み込んだ。
「……『アル』の記憶も、今までの転生の記憶も。すべて俺が呑み込み、そして、君とこれからの時を共に生きよう」
君をもう二度とひとりにはさせない。そうデュースに告げると、デュースは脱力したようにへたり込んで、それから、つうと静かに涙を流した。
「ほんとに、もう、ひとりぼっちじゃない、のか……?」
「……ずっと傍にいる」
そっとデュースを抱き寄せる。泣きじゃくるデュースの背中を、ずっと撫でながらいつしか眠りについていた。
その晩、夢を見た。俺にそっくりな金髪の男が、俺に向かってほほ笑みかけている。
「……お前は」
『……アルだ。本当の名前を、アルジェントと言う。かつてお前と同じ、銀の名を頂いた男だ』
俺はお前のような美しい銀髪ではなかったがな、とアルは言う。
『俺を受け入れ、デュースを救ってくれてありがとう。これからのことは、お前に任せる』
信じているぞ、と残してアルは消えた。夜明けの光が、部屋に差し込んでいた。
デュースに日の光が当たらないよう、カーテンを閉めて、マレウス様と親父殿、セベクに事の顛末を報告した。
3人とも、俺がデュースの眷属になったことには驚いていたが、それについて何かを言うことはなかった。
デュースに家がないことを伝えると、ではこの城で共に暮らすといい、とマレウス様は仰ってくださった。
目覚めたデュースにそうした決定事項を伝えると、結構強引なんだな、と笑っていた。
それから。俺とデュースは、共にマレウス様の居城で暮らすこととなった。
デュースは時折、俺から血を貰うこともあるようになった。俺も時々、デュースから血を貰った。
吸血鬼なのに血を定期的に吸われるなんて変な感じだ、とデュースはぼやいていた。
俺たちは古城の墓場に、ひとつの墓を作った。それはかつて生きたデュースの恋人、アルの墓だ。
俺は、時折アルの墓に、俺はデュースとうまくやっていると告げるようになった。
こうして、古城にデュースを迎えた俺たちの新しい日々は始まった。
そんな俺たちの暮らしを、優しく柔らかな風が包み込んでくれているような気がした。
*おしまい
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