愚者愚者

*含まれる特殊設定
・シルバーのルームメイトモブ(一言しか喋りません)
・ちょっとだけえっちな雰囲気のいちゃラブ(※R指定するほどではない)
・メインストーリーChapter12前編(デュ、ケイト夢)更新時点までのイベントストーリー等ネタバレ(~25.1.29)

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 最近、後輩の中のひとりが、やけに気になる。彼の名前はデュース・スペード。同じナイトレイブンカレッジに通う、一学年下の後輩で、陸上部に所属していて、苦手なことは勉強全般、ピーマンを食べること。好きなことは走ること、風を感じること、オムライスを代表とする卵料理。……あとは……機械の修理も得意なんだったか? 俺が彼について知っている情報はそんなものだ。
 だが、彼はそんなこと以上に俺のことを知っているのだろう。なぜなら、なんとなくだが。俺という人間が、デュースから好かれているような気がするからだ。
 それも、友愛や親愛だけでない、特別な恋愛の情で。
 
 ここで問題になるのは、俺がそのことについてどう思っているか、だろう。どうとも思っていないと言えば聞こえが悪いが……。そうだな、悪くは思っていない、と言えば伝わるだろうか。
 今、公に告白めいたことを言われているわけではないが、俺はそれでもデュースから好意を向けられている現状を悪しきものだと思っていないということだ。
 なぜ、俺がデュースから好意を向けられていると確信めいたものを感じているのか。それは俺たちの重ねてきた日々が告げる。
 そう、例えば。
 例えば、俺だけに向けられる笑顔。デュースの笑顔は、俺に向けるときだけ特別な眩しさを放っているように思う。
 食堂なんかで、他の一年生たちとむすっとした顔で何か不機嫌そうに会話をしていても、俺が一声かけてみれば、すぐに振り向いてぱっと笑顔になる。「シルバー先輩!」……と。
 この行為に関しては、懐いてくれて愛らしいと思う。それなりに親しく思っている人間に笑顔を向けられて嫌な気分になる人は、そういないだろう。
 他にも例えるならば、行動のひとつひとつ。ひとたび俺を見つければ走り寄ってきて、おはようございますとか、こんにちはシルバー先輩だとか、先述した眩しい笑顔と共に俺の名を呼び、清々しく気持ちのいい挨拶をしてくれる。これは俺にとって、とても好ましい態度だ。
 それ以外にも、同じ日に偶然にも二度会えば、また会いましたね、なんて照れくさそうに笑みをこぼす。
 時に購買部でバッタリ会えば、時々菓子をねだられることもある。ねだられるというか、物欲しげに菓子を見ながら財布と相談している姿を見つけると言った方が正しいが。菓子ひとつに真剣に眉を寄せて悩むそれが可愛くて、ついつい菓子のひとつやふたつ買い与えてやると、ありがとうございます、なんだか申し訳ないなと言うから、俺は、俺へのねだりなら遠慮はいらないぞと答える。
 デュースは甘え上手だ。
 さらには、だ。
 俺が他の人、例えばセベクなんかと話していると、たまにじっと見つめられているような気がする。
 そのときのデュースの顔は、むくれているような、羨ましげな表情をしている気がして、あれはひょっとして、俺と親しく話している相手に向けて妬いているのではないか、と。俺が感じ取った気配としては、そう思うことが多々ある。
 出来るなら今度、改めてお前のことも大事だぞと機嫌を取ってやらなくてはならないだろうか?
 そういえば花の街へ行ったときも、見てくださいアーシェングロット先輩がくれたんです、と喜んで俺に土産物の報告をしてくれたな。あんなに喜ぶのなら、俺も先輩として何か買ってやれば良かったのかもしれない。そうしたら、きっとアイツは喜んだのだろう。
 ああ、せっかく出かけるのなら一緒に土産物を選ぶのも楽しいかもしれないな。時計の街で一緒に家族への土産物を選んだのは、本当に楽しかったから。
 星送りの祭りがあった頃にはこれほど親しくなり、まさか想いを寄せられるまでになるとは思っていなかったが……。思えば最初から、アイツの気持ちは俺に向いていてくれたのかもしれないな。なんせ、あのまっすぐな目でずっと俺のことを見ていてくれて、追いかけてきたようだから。
 
 話そうと思えばまだいくらでも話せるが、上述した事実の数々が、デュースが俺のことを好きなのではないか、と思う根拠になる。
 
 そこまで話しきると、目の前で話を聞いてくれていたアズールが深いため息をついた。
「えー……と、そうですね。まず、最初に言わせていただいてもよろしいですか?」
「ああ、なんだ?」
「お話を聞く限り……デュースさんが貴方を好きなのではなくて、貴方がデュースさんを好きなのではないでしょうか?」
 俺はアズールの言葉に面食らう。
 俺がデュースを好き? 考えたこともなかった。
「俺が、デュースを……」
 アズールの言葉を真似て口に出してみると、なんだかそれは俺の身体と心に染み渡って。染み渡りに渡って。……頬を熱くさせた。
「おや、珍しいものを見ましたね」
「どうして、俺がデュースを好きだと思うんだ」
 恐らく今、俺の頬は紅潮しているのだろう。だが、露骨に隠し立てすることでもない。堂々とした態度でいればいずれ収まると、アズールへの相談を続けることにした。アズールはこの手の相談に慣れているらしいからな。向こうも手慣れたものだろう。
「どうして、って……貴方、自分がどんな語り口してたのか自覚ないんです!?」
「語り口? 何か、おかしなことでもあったか?」
「ええと、おかしなことというか……。デュースさん自身の行動としては大したことしてなさそうですけど、貴方がそれを拡大解釈しているというかですね、デュースさんが、いえデュースさんも自分を好きでいてくれると心の底から信じ切っているというかですね……!」
 アズールは妙にヤキモキしている。俺の相談に、自分のことのように親身になってくれているのだろう。親切なことだ。
「まあ、いい。助かったぞ、アズール。本当に恋の相談が得意なんだな、恩に着る」
 結論が出た以上、時間を無駄にしているわけにはいかない。アズールに礼を言って席を立つ。
「どちらへ?」
「デュースが俺に想いを持ってくれていて、それでいて俺もアイツを好きだと自覚したのだから、やることはひとつだろう。告白してくる」
「今からですか!?」
「善は急げというからな。後回しにすることでもない」
 何か大きなため息をつきながら、まあ無理に止め立てはしませんけど、と俺の背中を見送るアズールに別れを告げ、デュースの待つ教室へと急いだ。
 早くしなければ、昼休みが終わってしまう。
「すまない、デュース・スペードはいるか?」
 1-A教室に赴き、デュースの姿を探す。しかし、デュースの姿はなかった。昼休みだから、別の場所に出かけているのだろうか。改めて、デュースを探すことにした。
 
 ――いた。見つけた。どうやらデュースは、中庭のベンチで昼寝をしているようだ。
 手には教科書を持ったままだ。恐らく、自習をしようとしていて陽光の暖かさに眠ってしまったのだな。俺もそういうことが多々あるから、勉学に励むつもりだった時間が睡魔に襲われてしまい、悔しいだろう気持ちがよく分かる。これは起こしてやった方がいいだろうな。
「……」
 デュースを起こしてやろうと、群青色の前髪を指先で梳く。んん、と眠たそうな声をあげるデュースに、自然、心のほころぶ感じがした。……いけない、ちゃんと起こさなくては。
「デュース」
 彼を起こそうと、声をかける。
「……んう……」
 起きない。そのとき、魔が差したと言えばいいのか、なんといえばいいのか。俺は、デュースへと手を伸ばした。伸ばした手の先で、なんとなくその柔らかな紅色の頬に触れて、さらにはもっと柔らかな唇に、くちづけた。
 夢のような時間だと思った。思っていた。
 目が覚めたデュースに、それを振り払われるまでは。
「え、シルバー、せん、ぱい……!?」
「……っ」
 思い切り身体を突き飛ばされ、軽く後ろへよろめく。
「あ、す、すいません、僕っ……」
「……いや……俺が悪かった。このことは、忘れてくれ。お前の、重荷になるなら……」
 そう告げて、デュースの前から立ち去る。早くその場から立ち去らねば、態度を取り繕うこともままならなかったから。

 ああそうか、俺は浮かれていたんだ。夢を見ていたんだ。
 デュースが、俺と同じ気持ちでいてくれるのではないかと、夢に空想を描いていた。アズールは俺がデュースを好きだとは言ったが、デュースが俺を好きだとは一言も言わなかった。
 はっ、デュースが俺を好き? そんなわけないよな。そんなわけなかったんだ。
 俺はアイツを好きだが、アイツは俺を同じ意味で好きではない。分かっていた……いや、少しでも考えてみれば、向き合ってみようとすれば、分かったことじゃないか。目を逸らし続けたのは、俺の方だ。
 分かっていたことだろう。
 俺に気を許してくれているのは、気安く接してくれるのは、俺が安全を保障された、同性の先輩だからだと。デュースが照れて何も言えなくなるのは、いつも女性相手だったと。
 分かっていたことじゃないか。
 細かいプロフィールなんか気にして知っているのは、デュースでなく、俺の方だったと。
 自分だけの特別なものだと思い込んでいた笑顔を向けられる度に鼓動を跳ねさせていたのは、俺の方だったと。
 アイツは挨拶なんか誰にでもしているのに、俺には特別駆け寄ってくれているのだと勘違いしていたのだと。
 同じ日に二度会っただけで嬉しそうにしてくれるのは自分相手だけじゃないのかと、間違えていたのだと。
 ヤキモチを妬いている気配がしているのではなくて、そうあってほしいただの俺の願望だったと。
 旅の時間を少しばかり共にしたところで、俺がアイツの時間を貰えているのは、アイツが今まで過ごしてきて、そしてこれから過ごしていく時間の中で、ほんのわずかな割合なのだと。
 分かっていたことじゃないか! この、心の底から恥ずかしい、勘違い男め!
 お前に何故、今涙を流す資格がある? 勝手に一方的な思いを募らせて、勝手に唇を奪って。
 デュースだって、誰か他の大切な人と、くちづけを交わす夢を見ていたかもしれないだろう! ……愚かな俺と同じように。
 だから。だから泣くな。頭を冷やせ。頭を冷やして、冷静になって、そして……デュースに謝れ。
 自分の頭に何度もそう言い聞かせながらも、それでも、俯いた顔から土にこぼれる雫の跡は消えていかない。消えていかないどころか、ぽたぽた、ぽたぽたと増えていく。
(……デュースが、俺を好きじゃないだけなら、まだ、いい。悲しいが、まだ、頑張れる。希望もある。これからの関係をやり直したり、それで、いい先輩として尊敬してもらえたり、そういう立場になれるだけでも、いくらか望みはある)
 だけど、と俺は感じた。
 デュースに、嫌われてしまったら? 気持ち悪い、気色が悪いと思われてしまったら? 今回のことで、デュースから、もう近づくなと拒まれてしまったら? デュースには他に、俺よりもっと好きな人が既にいて、その人と一緒になるつもりだったなら? 「実はもう恋人がいるんです」そう告げられたら? それを見つめることに、俺は耐えきれるのか? 在り得る事実のすべてを受け止めきれるのか? その場でしかと取り繕って、耐えきれるのか? 「それでお前が幸せなら」と、祝福の言葉を口にできるのか? デュースを想い、ただ影から見つめていることさえ、この際、俺には許されるのか?
 アズールに相談して、指摘されて、ハッキリ分かってしまった。デュースが俺を見ていたんじゃなくて、俺がデュースを見ていたということ。そして、これからも俺はデュースを見続けるだろうということ。
 ――俺の傍にいてほしいのに、一番になりたいのに、いつだって、俺じゃない人と幸せになっていくデュース。
 そんなデュースを目の前にして、そのとき俺は、どうするんだ?
 
 ふと、立ち止まって。学園裏の森に辿り着いていることに気づいた。ここは故郷の森に似ているから、道に迷ったとき、いつもここへ来てしまう。
 惚けたまま立ち尽くしていると、足元にうさぎが一匹懐いてきた。抱きあげて撫でてやると、うさぎは喉からぷくぷくと嬉しそうな音を立てた。
「……もう一度だけ、やるべきことがあるよな。これが最後になるとしても……」
 うさぎは何も知らない顔で、ぷくぷくと音を立てていた。やけにふわふわとした毛並みの暖かさが、余計に涙を誘った。

 後日。悔恨の涙も枯れ始めた頃、改めてデュースを呼び出した。というか、そうしようと思った矢先、向こうから果たし状のような手紙で呼び出された。……ああ、怒っているのだろうな。だが、ちょうどいい。俺も謝りたかったから。
「先日はすまなかった」
 デュースの姿を見つけるなり、俺は真っ先に頭を下げた。
「いえ、あの、先輩、僕は……」
「……俺に言いたいことも多々あるだろうが、先に、俺の言葉をすべて聞いてほしい」
 そう言うと、デュースは分かりました、と告げた。ああ、物分かりがいいな。それも、好きなところだ。今さらだが、デュースのことが好きだと、身体によく馴染んで分かってしまった。……もう、すべてが遅いのに。
「俺は、デュース。あの日あのとき、お前のことが、好きだった」
 俺が告げた言葉に、デュースは少しだけ驚いた様子を見せた。
「好きだった、って……」
「だが……、あの日のお前の態度で、分かった。俺のこの想いは、叶わないものなのだと。だから、諦めようと思った。諦めて、他の誰かとの幸せを応援しようと思う。それが、お前の願いならば」
 だからせめて、と俺は続けた。
「しばらくの居心地は悪いかもしれないが、またどうか、元の……たまに、お前のことを甘やかしてやれる先輩くらいには、戻れないだろうか。お前の望む新たな幸せを邪魔したりは、けしてしないから」
 だが、もしそれも叶わないのなら、と言って、俺は言葉を紡ぐのをやめた。その先の言葉を紡ぐのは、まだ気持ちを諦めきれていない今の俺には悲しすぎる。
 俺の言葉を一通り聞いたデュースが、口を開いた。
「言いたいことは、それだけですか」
「……ああ」
「本当に? 本当に、それだけなんですか」
 どこか縋るような口調で、デュースは言う。だが、俺には今、デュースが何を求めているのか、見当もつかない。
「謝罪が足りないというのなら、いくらでも頭を下げる。申し訳ないことを……」
「そうじゃなくって……。なんで、僕の気持ちを勝手に決めつけてるんだよって言ってんだ!!」
「……え?」
 俺が顔を上げると、デュースは拳を握り、きっと目を吊り上げて、怒った顔をしていた。俺の好きな、まっすぐに俺を見据える目だ。
「言っとくけど、僕はあのとき、つい、いきなりでびっくりしただけで……アンタのことが嫌いだとか、好きじゃないなんて、一言も言ってないだろ!!」
「デュース、それでは……良くない。まるで、俺のことが好きなように聞こえてしまう」
 俺が告げると、デュースは俺の胸ぐらをつかんだ。俺のことを、じっくりと見据えたまま。
「そうだよ!! アンタのことが好きだって言ってんだ!! なのにアンタは、俺の話も聞かずに逃げやがって……!! 挙句の果てには勝手に諦める、だって!? 大概にしろよ!!」
 そんな。デュースが、俺のことを好き、だなんて。くちづけを拒んだのは、ただ、驚いただけ。この世に、そんなことがあるなんて。
「……本当、なのか?」
 確かめる声が震える。
「本当ですよ!」
「だが、俺はもう、諦める覚悟を……」
「だったら、諦める覚悟を諦める覚悟をしてください!! 言っとくけど、僕、手に入りそうなものを諦めるつもり、毛頭ないんで!!」
 デュースが、俺の手首をぎゅっと掴む。その手が熱くて、眼差しが強くて。俺の勘違いではなかったということが、嬉しくて。涙がこぼれた。
「……あ」
「え!? 先輩、泣いて……いや、僕、泣かせるつもりは……っ」
「……慌てなくていい。ただ、安心しただけだ。お前への気持ちを諦めることは、本当に辛かったから」
 袖口でぐいと涙を拭い、改めて、デュースに向き直る。
「謝罪を改めよう。先日は、いきなりすまなかった。……次はちゃんと、段階を踏むことにするから。俺の、ただ一人の恋人になってくれないか」
「……へへっ、喜んで! もう嫌だって言っても逃がしませんからね!!」
 デュースに抱き着かれ、俺はそれを受け止める。すると、デュースの身体が震えていたことに今さら気がついた。
(……そうだったのか。そう、だな。俺の意図が分からなかった以上、デュースだって緊張していただろう。……俺以上に)
 デュースの身体を抱きしめ、誓う。
「これからは、幸せにする」
 そう言うと、デュースは口を尖らせて言い返した。
「まずは悲しませちまった分、先輩が幸せになってくださいっ」
 敵わないな、と俺は笑う。これからもすれ違うことはあるかもしれないが、その度まっすぐぶつかってきてくれるデュースとなら、どんな道でも歩んでいけるのだろう。
 今はただその直感を信じることにして、デュースの手を取った。

 それから。

 改めてデュースと付き合うことになった俺は、2人のこれからについて詳しく話し合おうと、デュースを自室に招いていた。とはいえ、俺の答えはまだ決まっていない。
「これからのこと、と言っても――その、正直なところ、今は……どうしていいか、分からない。俺は今日、諦めなければいけないものだと思っていたから」
 正直に告げれば、デュースは、それでいいです、と言った。
「デュース?」
「2人のこれから、なんて、一緒にゆっくり考えていけばいいんですよ。まだ、僕たちには時間があるんだから」
 それよりも、とデュースは続ける。
「……したいことだとか、ないんですか」
「したいこと、とは……」
「僕、思うんです。その、先輩に初めてキス……されたとき。つい、びっくりして、振り払っちまったけど、それで先輩のこと、すごく悲しませちまったんだろうな、って。……僕だって、嫌じゃなかったくせに」
 だから、とデュースは拳を握りしめた。
「まずは先輩のこと、幸せにするとこから始めたいんです。僕が、悲しませちまった分を取り戻せるように」
 そう告げて真っ直ぐな目で見つめてくるデュースに、俺は、思わずその身体を抱きしめていた。
「……お前の気持ちはありがたいが、デュース。そんなふうに言ってはいけない」
「なんで、ですか」
 デュースは俺の腕の中で大人しくしている。逃げる気は無い。突き飛ばされる気配もない。俺が拒まれたあの日と違って。
「俺は、お前とのことを夢に描き、募らせ、思い余ってくちづけてしまうような男だ。そんな男に、したいことがあるか、などと無防備に尋ねてはいけない」
 こうなるから、とデュースの顎を上向かせる。ぐっと顔を近づけると、デュースが俺の目を見つめて、ん、と目を閉じた。
 ……受け入れてくれるのか、俺を。
 デュースの顔に自分のものを近づけ、唇を触れ合わせる。夢のように柔らかな感触が、瞬く間に蘇った。
(今日の俺は、許されている。……あの日と違って)
 それでも。拒まれた傷は、なかなか癒えないようで。軽くくちづけた先に、もっと深くという己の欲を見つけたが、また拒まれてしまわぬようにと見て見ぬふりをする。
 ちゅ、と音を立てて唇を離すと、デュースがゆっくりと目を開けた。
「……は、初めて……じゃ、ないか。ええと……その、僕……」
「……ああ」
 顔の赤いデュースの頭を、ぽんと撫でる。それから、デュースの身体をもう一度抱きしめて、耳元でささやいた。
「……俺のしたいことをしていいのなら……ひとつ、頼みがある。いいか……?」
 デュースは細い肩をびくりとふるわせ、はい、と頷いた。

 それから。デュースは今、俺の腕の中にいる。なんと形容すればいいのか……ベッドに座るデュースを、俺が背中から包み込むように抱きしめている形だ。
 本当はもっと深く、何度もくちづけて、もっと、もっとと際限なくデュースの身体へと手を伸ばしてしまいたい。が、そんなことをしてはまたデュースを驚かせてしまいかねない。なので、俺を吸い付けてやまない魅力的な唇が目に入らないように後ろから抱きしめている、というわけだ。
 デュースの愛らしい顔が見えないのは残念だが、群青色の髪の間から見える赤く染まった耳の形もこれはこれで可愛らしい。
 それに目の前へ来ることになるうなじも、かぶりつきたいくらいには蠱惑的だ。
「あ、あの、先輩……っ」
「ん……なんだ?」
「ほ、ほんとにこれ、やりたいことなんですか……?」
 まずいな。俺が本当に今やりたいことは欲と煩悩に満ちているのだと、デュースにバレかけているのだろうか。
 だが、これもこれでやりたくないことではない。むしろやりたい。デュースを膝の間に入れ、猫の子のように甘やかすことなど、やりたくて仕方がない。
「ああ、俺のやりたいことだ」
 心から正直に答えてデュースの髪にくちづけると、ならいいんですけど、とデュースは身体を縮こまらせた。
「……照れているのか? ︎︎可愛いな」
「せ、せんぱい……」
 デュースの手を取り、ぎゅっと握る。
「可愛い……なんでお前はそんなに可愛いんだ? ︎︎この手のひらの先さえも愛らしい」
「そんな、言い過ぎですよ……んなわけないじゃないですか」
 それに僕、可愛いってタイプじゃないし、とデュースは口を尖らせる。
「愛おしいと言い換えればいいのか? 俺の目には、お前が誰より可愛く映ってる」
「は……」
 デュースをぎゅっと腕の中に閉じ込め、耳元でささやく。
「世界一可愛いぞ、俺のデュース」
「……無理……も、無理です……」
 両手で顔を覆うデュースだが、その手の隙間からこぼれる顔も耳も真っ赤だ。
「俺のやりたいことに付き合ってくれるんだろう?」
「それは、そう言いましたけどっ、」
 まさかこんな恥ずかしいことだったなんて、とデュースは身体をもじらせる。
 その拍子にバランスを崩したデュースを助けようとして、結果ベッドへと押し倒す形になってしまった。
「あっ……」
「……」
 ドキ、ドキ、ドキと互いの鼓動が脈を打つ。俺は、恥ずかしそうに目を逸らすデュースに手を伸ばそうとして――己の頭を殴りつけた。
「し、シルバー先輩!? ︎︎大丈夫ですか!?」
「……ああ、問題ない。お前こそ大丈夫か」
「僕はなんともないです!」
 なんでいきなり、と心配そうに身体を起こして俺のことを見つめるデュース。俺は、そんなデュースに、己の心の内を打ち明けた。
「……こうでもしないと、また、逸ったままに良からぬことをして、お前を驚かせてしまいそうだったから」
「先輩……」
 デュースは、なにか口を開こうとして、閉じてを何度か繰り返して、ようやく言葉を口にした。
「えっと。……確かに、その、まだ、僕、今すぐにって心の準備は出来てないかもしれないんです、けど……。べ、別に、先輩のこと受け入れるのが、嫌なわけじゃないので……」
 だからそんなに、僕が嫌がるとか、びっくりするとか、気にしなくても大丈夫なので、とデュースは言う。視線を時々泳がせつつも、俺の方をチラチラと見ながら。
 それが。それが可愛くて。デュースの一挙手一投足が、どれも可愛くてたまらなくて。
「デュース」
 俺は再び、デュースをベッドに押し倒していた。困った。大切にしようと心に決めたのに、いざデュースを目の前にすると、俺の我慢は効かなくなる。
「触れても、かまわないか。最後までは、しないから」
 押し倒した耳元にささやけば、デュースはびくりと肩を震わせ、身体を固めた。そして、俺の身体へと視線をさ迷わせたあとに、恐る恐る目を閉じて、唇を差し出した。
「……んっ」
 俺は、差し出された唇へ素直にくちづける。それからは、夢のような時間だった。
 クリスマスプレゼントのラッピングを解くかのように、高鳴る気持ちでデュースの服をひとつひとつ脱がせていった。
 暖かなココアに甘くとろける、マシュマロのような。そんなデュースの素肌を撫で回し、くちづけた。
 デュースの鼓動が跳ね、肌が赤く染まっているのを見つける度に、頭の中はパレードが行進するかのように騒いだ。
「は……、デュース」
「シルバー、せんぱい……」
 触れたのも脱がせたのも上半身だけだが、それでも乱れたデュースの姿を見て、俺の心も身体も興奮を覚えていた。
 そんなとき。ギィと音がして、部屋のドアが開いた。ルームメイトが帰ってきたのだ。
「すっ、すまない、取り込み中か!」
 彼は俺たちの乱れた姿を見るなり、踵を返したらしい。
 俺は助かったような残念なような、そんな心地でデュースを今日は解放してやることに決めた。
「……すまない。同室の者が帰ってきてしまったようだ。今日はここまでにしよう」
「あ、は、はい……っ、」
 デュースは慌てて服を元通りにする。さすがに人に見つかってしまっては恥ずかしかったのだろう。
 慌てるな、ゆっくりでいいとデュースを宥め、自分も服装を整える。
 それからデュースを玄関まで送り、その耳元で囁いた。
「今日はすまなかったな。……今度、また時間のあるときに」
 デュースは真っ赤になりながらも、はい、と頷く。愛らしいなと思って眺めていると、ネクタイを掴まれ、ぐいと引っ張られた。
「!?」
 驚く間もなくして、唇が重なる。勢いよく重なったものだから、わずかに当たった歯で唇が切れてしまったが。
「すっ、好き、です、先輩! ︎︎……また明日!!」
 そんなことにも気づかないまま、俺の白うさぎは走り去ってしまった。
 ……参ったな。初日からこれでは、明日からどんな顔をして、どんな態度で、どう可愛がってやったらいいだろう。
 手加減を学ばなくてはという理性と、こんなデュース相手にならそんなこともいらないんじゃないかという欲を戦わせながら、今は口の端に残る鉄の味を満足気に舐めていた。
 
*おしまい

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