「新しく出来た喫茶店があるらしくって。行ってみたいです」
そんなデュースの一言で、俺は喫茶店でのひとときを過ごすことになった。
「へへっ。今日はゆったり過ごせますね。最近は、ゆっくりした時間取れてなかったから」
メニュー表を楽しそうに眺めながら、デュースは俺に笑いかけてくる。
「ああ……そうだな」
俺も、そんなデュースに答える。ゆっくりした時間を取り合いたい、なんてやり取りをしてはいるが、別段、俺とデュースはそうした関係でいようと約束をした仲ではない。だが、デュースもこうした時間やとりとめのない約束を俺とすることを悪くない心地でいてくれているのではないか、と思っているのは、どうにも俺には否定しがたい期待だ。
「先輩は何を飲みますか?」
「俺は、ブラックコーヒーだな」
「いつもそれですね。先輩に彼女できたりしたら、コーヒーが苦手だと大変かも」
デュースは、なんてことのない風に告げる。だから、少しからかってみた。
「そうか。ところで、お前は苦いものは苦手だったろうか?」
「え? カフェラテくらいまでなら普通に飲めますけど……な、なんで今それを?」
「ふっ。なんでだろうな」
もう、思わせぶりなことしないでくださいよと頬に赤みを乗せるデュースに、悪い、と笑い返す。
もう店員さん呼びますからね、と言って、むくれたデュースはアイスコーヒーとミルクセーキ、それからオムライスのプレートなど、簡単な軽食の注文をした。
「秋のプレートは、どこの店もキノコ料理が多くなってますね」
「ああ。助かる」
「先輩、キノコ好きですもんね」
「お前はタマゴだったな」
なんで僕らお互いの好物言い合ってるんですかね、とデュースは笑う。俺は、こんな時間が好きだ。デュースと過ごす、ただ、なんでもない話をして、笑い合う時間が。
「料理来るまでもう少し時間ありますね」
「そうだな。さては、何か話したいことがあるのか?」
「そうなんです! 実は――」
デュースは楽しそうに、自分の近況を話し始める。この間はついに小テストで赤点を取らず、一度も補習に引っかからないことができた、だとか、陸上部の練習中ではジャックに最近ギリギリで負け越しているから、新しい戦略を練るつもりだとか。
「ふっ。頑張っているんだな」
「先輩はどうですか?」
「俺は、普段通りだ。鍛錬をして、勉学に励む。変わったことは、そうない」
「僕、先輩の話も聞きたいです」
デュースは拗ねたように口を尖らせる。
「すまない。話したくないとかではなく、本当に、お前のように取り立てて話せることがないだけなんだ。変わらない日々を送っていてな」
「そうなんですか……」
少し考えるような素振りを見せて、デュースは言った。
「じゃあ、僕と一緒に、話せること作りませんか?」
「ああ、かまわない」
「やった! じゃあまずは、料理が来たら一緒に写真撮りましょう! それで、母さんと先輩のお父さんに送って、あと、この辺の店もちょっと回って遊んでいきましょう!」
「分かった」
やがて料理とドリンクが運ばれてきたので、デュースの言う通り共に写真を撮る。
「先輩、もう少し寄ってください」
「こうか?」
「はい! ……よし、なんとか撮れたみたいだ。はは、あんまり自撮りってしないから、新鮮ですね」
「そうなのか」
普段しないことを、俺のためにやってくれたのか。嬉しく思いながら、デュースの様子を眺める。
「えっと、これをこうして……できた! 今の写真、先輩のスマホにも送っときました。ついでに母さんにも送ろうっと」
「なら、俺も親父殿へ送ることにするか。ええと……『デュースと食事に来ています』でいいか」
親父殿からは、楽しんで来い、と告げるような意図のスタンプが返ってきた。
「ははっ、母さん、シルバー先輩によろしくって言ってます」
「了解した」
「先輩に僕の何をよろしくするってんですかね、ったくもう」
口では刺々しく言いながらも、デュースは嬉しそうだ。
「俺はよろしく頼まれても構わない」
「もー、僕を甘やかしちゃダメですよ! シルバー先輩!」
「……そんなつもりはなかったのだが」
俺が首を傾げていると、デュースは、大きく腹の音を鳴らした。
「あはは……。腹空いちまったみたいです。プレート食べましょう!」
「ああ」
それから俺たちは、オムライスのプレートを食べ始めた。
「んー、うまい! チキンライスが最高……」
「このマッシュルーム、コクがあるな……」
「ミルクセーキも、く~……っ、甘くて旨い! 最高だな!」
それぞれ料理に舌鼓を打ち、満足いくまで食べる。やがて互いのプレートとグラスが空になった頃、デュースはぽんぽんと腹を叩いてみせた。
「ふー、腹いっぱいです!」
「満足したようなら、良かった」
「へへっ。でも、お楽しみはまだまだこれからですからね! 行きましょう、先輩!」
「ああ」
楽しそうなデュースに手を引かれ、会計を済ませ店を出る。喫茶店のまわりも、いくつか新しくできた雑貨の店で賑わっているようだ。
「先輩、気になるものとかあります?」
「俺か? 俺は……そういえば、石鹸のストックがじきに切れそうだったのが気になっている」
「石鹸すね! じゃああの辺見ていきましょう!」
デュースが指す先には、バス用品が置いてあるコーナーがある。
「ひとくちに石鹸と言っても、いろいろな種類があるのだな」
「ですね。どれがどんなのとか、覚えきれないですよ。先輩はいつもどれ使ってるんですか?」
「特にこだわりはないな。そこにあるものを使っている。だから、今日買うのもどれでもいいのはいいのだが……」
そういえばこの間、ヴィル先輩に苦言を呈されたのを思い出した。髪まで石鹸で洗うのなら、せめて適したものを使え、と。
「髪を含めた、全身を洗えるものがあればいいが」
「オールインワンってことですか? あるかなあ」
デュースは真剣に、俺の石鹸を選んでくれる。真面目な横顔が、可愛らしいと思った。
「あっ、なんで石鹸じゃなくて僕見てるんですか」
「石鹸を見ているお前を見ていた」
「ったく、答えになってないですよ!」
ちゃんと先輩も真面目に探してください、とデュースに怒られてしまったので、真面目にそれらしい石鹸を探す。しかし、どうにも俺の目はこうした探索には向いていないようで、どれも同じに見えた。
「どれも同じに見える」
「じゃあ、これはどうですか? 僕が普段使ってるやつなんですけど……。同じ香りになれちゃうかもですよ、なんて」
「なら、それにするか」
「えっ? ホントにですか?」
「ああ。それがいい。それにする」
「わ、分かりました……。でも、オールインワンってか、髪まで洗えるやつじゃないかもですよ?」
「かまわない」
「そこまで言うなら……」
デュースは俺に、これですよ、とひとつの石鹸を差し出す。なるほど、これがデュースの普段使いのものなのか。パッケージを覚えておくとしよう。
会計を済ませ店を出ると、デュースは呆れたように言った。
「先輩、前から思ってましたけど。僕のこと結構好きですね?」
「結構、で済むと思ってるのか?」
「ほら、そういうこと言うじゃないですか! ったく……」
「そういうお前も、悪く思っているわけではないだろう。頬が赤いぞ」
「こっ、これはその、あれですよ、たくさん歩いたから……っ!!」
「ふっ、かまわない。好きに言い訳してくれ。俺は俺の思うように解釈する」
「も~!!」
そんな会話をしていると、近くにいた客引きの店員に声をかけられ、クーポンチケットを渡された。
「『ペア割値引きチケット』……恋人や夫婦向けのチケットのようだな」
「こ、恋人!?」
「なんだ、意識でもしてるのか?」
「別に、してませんけどっ! てか、からかうのはやめろって言ってるじゃないですか」
「全部本気だ」
「ほん……っ、だから、もう!」
「お前がその気になってくれていないだけだ」
「~~~~~っ、じゃ、じゃあ、なんでそんなサラッと言うんですか……」
どういうことだ、と尋ねると、デュースは真っ赤な顔を少しだけ逸らしつつ言う。
「だ、だって、ホントに好きなら、もっと……照れたりとか。ドキドキしたり、恥ずかしくなったり……する、じゃないすか。先輩、ずっと余裕だし、顔変わんないし、冗談で言ってるのか、本気なのか、全然分かんないし……」
「そうだったのか」
俺は、デュースの手を引いて、自分の胸に手を当てさせた。
「え? 先輩?」
「どうだ」
「どう、って、何、が……」
「俺の鼓動だ。お前の言う通り、逸っていると思うのだが」
「へ、あ、そ、そ……っ」
「顔に出なかったのは、申し訳ないと思っているが……。俺はずっと、言葉では伝えていたと思う。お前を好ましく、可愛らしいと思っていて、それは本気なのだ、と。……いい加減、伝わったか?」
「わ、分かったからっ、いったん手離してくださいっ!」
デュースの手を掴む手を離すと、デュースは困ったように、俺が掴んでいた部分の自分の手を握ってみせた。
「ぼ、僕、いきなりそんな、言われても……」
「いきなりじゃないだろう。ずっと小出しに伝えていた。お前も薄々分かってくれていたんじゃないのか」
「それは、別に、嫌われてはないだろうってだけで……っ!!」
「……俺の想いは、受け入れられないか?」
目を伏せると、デュースは慌てて俺に弁明をしてくれた。これは、脈があるな。
「ちがっ、違うんですっ!! 受け入れられないとかそんなんじゃなくって、なんていうか、マジで、先輩が僕なんか、って、現実じゃない感じがするっていうか、夢じゃねえのかこれはって思って……っ」
「夢じゃない。現実だ」
そこまで問答したところで、まわりに人だかりが出来ていることに気づいた。しまった。これではデュースの返答に自由がないかもしれないな。
「デュース。ここは人が多い。場所を変えよう」
「へ、あ、はい……」
それからデュースの手を今度は俺が引き、近くの公園まで連れて行った。
「改めて、ハッキリと告げさせてもらおう。俺はお前が好きだ、デュース」
「……は、はい……」
「お前は俺のことをどう思っている? 聞かせてもらいたい」
「それは、その、別に、悪く思ってるわけじゃないですけど……。じゃなきゃ、こんな風に喫茶店誘ったりしないですし……」
「ああ。嬉しかったぞ」
「でも、先輩は、先輩だって思ってたっていうか、僕なんかそんな風に見てるとマジで思ってなかったから、今めちゃくちゃビックリしてて……えぇ~……もう……!」
「俺は常々伝えていたと思うのだが……」
「そっ、それは、冗談だと思ってたっていうか……! ただの、後輩として可愛がってくれてるんだって……うぁ~、も~……!」
「さっきからあげているそれは、何の奇声なんだ?」
「『先輩はも~!』の声ですよ! ……先輩は、いつもずるいです」
どうしたことか、デュースは俺の胸に飛び込んできた。腕に抱いてやってもいいのだろうかと逡巡していると、デュースの耳が真っ赤なことに気づいた。
「先輩はいつも僕より、ずっと先にいるんだ。……一生懸命追いかけてるのに……」
「すまない」
「僕が好きになるよりも先に、好きになってないでくださいよっ」
「悪かった」
「……僕、先輩のこと、いっぱい追いかけてるんですよ。だから、先輩が僕を好きなら、僕もそのうち、先輩のこと、好きになると思うんですけど」
それじゃ、ダメですか、とデュースは言う。俺は、ふっと笑って、デュースを抱き返した。
「お前は気づいてないだけで、多分もう俺のことが好きだぞ」
「そんなこと……」
「ない、か?」
「……わかんないです」
誰か人好きになるとか、色恋沙汰みたいなそういうの初めてなので、とデュースは言う。
「ふっ。なら、俺がその席を予約させてもらおう。ずっとだ」
「ま、まあいいですけど。他に埋まる予定もないですし……」
素直になれ、とデュースにささやくと、先輩が余裕すぎるんです、と返された。それでも腕の中で大人しく抱かれていて、俺の背中をぎゅっと握る手が、ただただ可愛らしかった。
*おしまい
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