その目に映るのは

【Act.1】
 始まりは星送りの舞の後。先に戻ったセベクとマレウス様の元へ戻る前に、デュースに声をかけに行った。何故なら、少しだけ関わった後輩に労いの言葉を送ってやりたかったのと、それから、舞のあと、デュースの目元が光っていて、涙をこぼしているのが見えたから。何かトラブルがあったんじゃないかと考え、確かめに行ったんだ。
 結果からするとそれは俺の杞憂だった。何せデュースが泣いていたのは嬉し泣きだったからだ。そのときの会話がこうだ。
「デュース。泣いているように見えたが、大丈夫だったのか?」
「あっ、シルバー先輩! すいません、見えてたんですね。あれは母さん……母から電話が来て、星送りの役目を果たした、自慢の息子だって言ってもらえて……。嬉しくて泣いちまったんです!」
 満面の笑みを見せるデュースに、俺も思わず気持ちが綻ぶ。母親に立派な姿を見せられたのか、良いことだ。星送りの準備をする際に母親に立派な姿を見せたいと言っていた事情を聞いていたこともあり、涙を流して喜ぶ後輩のことが自分のことのように嬉しくなる。
「そうか。それは俺でも泣いてしまうかもしれないな。……悪いことでなくて良かった。星送りの際、どれだけお前が努力していたかは学園中の皆が見ていた。そのお前が報われず泣いていたとしたら、忍びないからな」
「はは、ありがとうございます。母さんだけじゃなく、憧れの先輩にまで認めてもらえるなんて……。僕にはちょっと、勿体なさすぎるような気もしますね」
「そんなことはない。何度でも同じ思いができるように……母親に同じ思いをさせられるように、これからも励むといい」
「はい! あざっす!」
 それじゃあ俺はこれで、と告げ、その場を後にした。そんな些細なやり取りが、俺たちの始まりだったのだと思う。この一件から後、デュースは廊下や運動場ですれ違えば大きな声で挨拶をしてくれるようになり、俺はそれに好感を持って、たまに簡単な会話くらいならするようになった。周囲にはただの、仲の良い先輩と後輩に見えていたことだろう。

【Act.2】
 それからしばらく経った頃。廊下ですれ違うデュースはいつものように元気よくハキハキと、気持ちの良い挨拶をしてくれる。この嬉しそうな笑顔を見るのはデュースの姿を見つけたときの楽しみのひとつだ。小鳥の雛のようなその姿に、やはり心は綻んだ。
「シルバー先輩! おはようございます!」
「ああ、おはよう。今日も頑張れ」
「押忍! 頑張ります!」
 デュースの隣にいたエースがパタパタと手で顔を仰ぐようにして呆れ顔をする。彼はオンボロ寮の監督生やグリムと共にいつもデュースの隣にいるため、俺もデュースとの交友が深まるとともに自然と彼らとの面識が増えていた。
「アンタらいつもその暑苦しい挨拶してんですねー。そんな仲良かったっけ?」
「仲が良い、というか。デュースは俺にとって大変好ましい。それを応援して何か悪いことがあるか?」
「いや大好きかよ。先輩、いつの間にデュースのことそんなに気に入ったの?」
 エースに大好きかよ、と言われ、改めて考え、いつの間にか胸にあった疑問がストンと腑に落ちる。なるほど、デュースが好き。そういえば、すれ違えば嬉しくなり、挨拶されれば心が綻び、ふとしたときに軽く目で追う。その些細な時間を俺は楽しんでいた。
「ああ、確かに。言われてみればそうだな。お前の言う通り、デュースのことが好きかもしれない」
「え!?」
 驚いた顔のデュースと、あからさまにあちゃー、という顔をしているエース。俺はまずいことを言ってしまったことに気付き、その場をすぐに立ち去ることにした。
「すまない。この場にいる者全員、今言ったことは忘れてくれ。もちろん、他者への口外も無用だ。それでは失礼する」
「あ、待ってください、先輩……!」
 後を追うデュースの声は聞こえていたが、聞こえないフリをして先を急いだ。そして、しばらくデュースの前には姿を現さないように心がけた。この気持ちを自覚した以上、俺の自分勝手で、大切な人のため夢を追うデュースの邪魔をしてはいけないから。

【Act.3】
 そうしてデュースのことを避け続け、一週間が経ったときだろうか。俺はうっかり気を抜いてしまったらしく、中庭で眠ってしまっていた。そして次に目が覚めたときには――自分の部屋にいた。件の後輩、デュースと一緒に。ベッドから出て、お互い床に正座して向かい合う。
「……俺は眠ってしまっていたのか」
「はい。僕が中庭で眠っているところを見つけて、通りがかったヴァンルージュ先輩に頼まれて、部屋まで運びました」
「……そうか、リリア先輩が」
 これは逃げずにデュースとちゃんと話せという親父殿の気遣いというか、指令なのだろう。最近デュースを避けていることは親父殿には話してはいないが、バレてしまっていたようだ。あの人はなんでもお見通しだからな……。今ここでデュースをただ追い返しても親父殿に改めて話し合いの場をセッティングされてしまうことだろう。俺は観念して、デュースに今の気持ちを伝えることにした。
「デュース。運んでくれたことには礼を言う。だが、俺は今、お前のことを避けている。……できたら、穏便に退室してくれないか」
「……あの日以来、先輩に避けられることには気付いてました。でも、僕にだって言いたいことがあります」
「ダメだ。それがどんな答えであれ、今以上に関係を崩すことは良くないと俺は考えている」
「……っ」
 デュースが息を呑む音が聞こえた。
「なんでですか、先輩! 僕はあれから、先輩のことで頭がいっぱいになっちまって、もう何も手につかないくらいなのに……!」
 俺はデュースが叫ぶその言葉に、懸念が現実になってしまったことを知った。
「……だからこそだ。お前の夢を、邪魔したくはない。そして俺も、色恋沙汰にうつつを抜かして鍛錬を怠りたくはない。それに、だ。俺もお前も目指す目標があり、それ以外に集中している暇なんてないんじゃないのか」
「それは、そうですけど……」
 両目で真剣にデュースを見据え、煮え切らない態度のデュースにダメ押しを与える。こういうことは、隙を与えた方が負けてしまうんだ。
「だいたい、お前自身は俺のことが好きなのか?」
 好きでないならそこまで話し合うこともなく、ただの先輩と後輩に戻ればいい。そう思って尋ねると、デュースはそこまでになるかというほど動揺してみせた。
「そっ、それは、ええと、いや、その、ハイ、あの、自分でも単純だなって思うんですけど! ……僕、実はずっとシルバー先輩に憧れてて! あんな風になりたいなって思ってた先輩から、好きだって言われてなんかもう……。浮かれちまったり、調子に乗っちまったり……この一週間ひどいもんで、すいません、とにかく、好きだって言われてから惚れました!」
 そこまでハッキリ言われるとこちらも気持ちを無碍にはしにくくなる。だが、聞けて良かった。なんせ、これで諦めもついた。やはりデュースのことは大切だと思う。だからこそ、彼の夢を邪魔しないため、俺は身を引きたい。それに俺には、マレウス様を守るという任務もあるのだから。
「……いや、それが聞けただけで充分だ。ありがとう、デュース。お前の気持ちはとても嬉しい。だが、それならばなおさら俺の気持ちは変わらない。お前のことが大切だからこそ、お前の夢の邪魔をしたくはない。現に今、邪魔をしてしまっているようだからな」
 デュースはきょとんとした顔で、ただ俺の話を聞いている。かと思えばこう告げた。
「先輩って、意外と頑固なんですね」
「悪いな」
「なら、こっちにも考えがあります」
「何?」
 デュースはまっすぐな目で見据えてくる。こちらも真剣に見つめ返した。相手がそれだけ真剣ならば、俺も真剣に話を聞かなければそれは失礼に当たる。デュースの言い分を一切聞かない方が自分には都合が良いというのは分かっていたが、それでも無下にするのは躊躇われた。
「聞いてください、先輩。僕、優等生を目指してるんです」
「ああ、知っている」
「それも、ただの優等生じゃない。勉強も部活も、学校でできること全部頑張って、そのうえで優等生になりたいんです」
「ああ。高い志だ。素晴らしい目標だと思っている」
「僕はそこに、シルバー先輩との関係も入れたいんです」
「何?」
「確かに、シルバー先輩の言うことも一理ある。でも、僕はシルバー先輩が色恋沙汰に現を抜かすような人になるとはとても思えない。むしろ、僕の方が心配なくらいで……。だからこそ、お互い、甘えすぎないような距離を、学生のうちに練習しててもいいんじゃないでしょうか。これから先もずっと一緒にいるのなら」
「……ずっと、一緒に?」
「はい。このままなら、僕たちは卒業したら、それまでの関係です。たまに連絡を取り合うことはできるかもしれませんけど……。それくらい。お互い忙しくて、会うのもままならなくなるでしょう。でも僕、それは嫌なんです。せっかく、人を好きになれたのに。せっかく、僕を好きになってもらえたのに。手放したくない。……すいません先輩、俺、欲張りなんです。一度手に入れたものは、放したくない」
 そこまで言うとデュースはようやく言葉を切った。そうか。卒業したら、それまで。俺たちはそれぞれの夢へ向かい、日々に忙殺され、それなりに幸せな人生を別々に終えることになる。それはきっと悪くない人生だ。だけど。そこにデュースの姿がないのは……少し、淋しいと思った。思ってしまった。思ってしまったからには、俺が折れる他ないのかもしれない。
「そういうことなら、俺も同じ気持ちだ。言われてみるまで気付いていなかったが、卒業したら滅多に会えなくなる。確かにそうだ。そう思うと、せっかく想いの通じたお前のことを手放したくはない」
「じゃあ……!」
 デュースはぱっと顔を明るくする。だが、俺の懸念は普段の生活だけには留まらない。いざとなったら俺はマレウス様のため、何をも犠牲にするし、なんでもするだろう。デュースにはそんな男が相応しいか……デュースは、そんな男を選ぶだろうか?
「……だが。俺にはマレウス様をお守りする任がある。いざとなったら、お前よりも必ずマレウス様のことを優先するだろう。そんな男が、お前にふさわしいものだろうか」
「あ、それは全然問題ないです」
「何?」
 俺の懸念はあっさりとデュースの一言で吹き飛ばされてしまった。全然問題ないとはどういうことかと尋ねる。デュースは答えた。
「僕だって、母さんと恋人、どっちを優先するって言われたら母さんを優先しちまうと思う。でも、シルバー先輩はそれで良い、って笑ってくれそうじゃないですか? 何より、自分じゃない誰か、それも選んだ頭(カシラ)のために命を賭けられる。それって、すごくカッケーと思うんで」
 デュースの言葉を聞いて、俺は頭を抱える。恋人より主君を優先するという要望が、こんなにあっさり受け入れられるとは。
「……わからないな」
「えっ?」
「なぜ、お前は俺のためにそこまでする? お前なら、他にも良い人間は見つかるだろう。それこそ、お前の母親が飛んで喜ぶような愛らしい女性など。いくら想いが通じたからといって、俺にこだわる必要はないはずだ」
 デュースは好きだと言われてから好きになったと言っていた。きっかけはどうであれ気持ちを軽んじるつもりはないが、俺にこだわるほどの理由があるわけでもないだろう。
「それは……。確かにそうかもしれない。だけど、俺、思ったんです。先輩に好きって言われてから、そのことを考えているときに。こんなに素敵な人が俺のことを好きになってくれたんだって、母さんに話したい。先輩のことを、母さんに紹介したい。それで、安心させてやりたいんです。心から尊敬する人に好きになってもらえて、僕はとても幸せだから、って。って、すいません。これじゃ母さんのために先輩に惚れたみたいな……」
 それはある意味、恋人に対しては不誠実というか、失礼な理由かもしれない。ありていに言ってしまえば、この人なら親に紹介できると思ったという、ありきたりな理由かもしれない。それでもたった一人の肉親である母親を何よりも大事にする彼と同じように、養父を敬愛する俺からすれば、何よりも得難く、重たい理由というに充分なものだ。
「……いや。そうか。そういう理由なら……。俺も、親父殿にデュースのことを紹介したいと思う。向こうはもう知っているだろうが……」
 ことごとく俺の懸念をパワフルに打ち砕いていってくれる後輩の存在に、もはや笑みさえこぼれてくる。デュースのためを思い、俺は身を引きそれぞれの道を歩むことこそ最善だと思ったのに、言うこと為すことすべてが完敗だ。ああ、なるほど。いつかあなたが冗談交じりに言っていた、惚れたら負けだとはこういうことでしたか、親父殿。
「あれ、先輩、笑ってます?」
「……ああ。ここまで同じ気持ちだと、もはや笑えてくると思ってな。俺の負けだ、デュース。残りの在籍期間、出来る限りお前と恋人として過ごせる時間を取り、なおかつ勉学や鍛錬も怠けぬよう努力することを約束しよう。お前もそれでいいか?」
「はい! 望むところです!」
 ドンと胸を叩く後輩の姿に、胸の中にあったつかえのすべてが吹っ切れ始める音を聞いたような気がした。

【Act.4】
「さて、それじゃあ、早速だが」
 いい加減痺れ始めた足を崩して、目の前にいるデュースを軽く引き寄せる。デュースは照れるというよりは慌てた様子を見せた。
「え? し、シルバー先輩?」
 俺はデュースの頬に手を添え、軽く指先で撫でつけ、その目を見据える。都合の良いことに、ここが私室で良かった。遠慮せずいろいろとちょっかいを出すことができる。
「勉学や鍛錬のほか、色恋も怠けるつもりはないと宣言したつもりだが、理解できていなかったか?」
「え、今!? 明日からとかじゃないんですか!?」
「せっかくここにいるんだ、軽く練習していけ。少しならば時間も取れるだろう。ではこれから15分程度、恋人としての時間を取る。そのあとは運動場に出て、体力づくりのための走り込み。その後は教科書を持ち、図書室で次の授業の予習や苦手な教科の復習を行う。いいな?」
「押忍!」
 気合いの入った返事なのはいいが、元気が良すぎる。距離が近いのに声が大きいのにはセベクで慣れているからかまわないが、これではまるで軍隊の定時連絡のようだ。俺も細かいことをそこまで気にする方ではないとはいえ、これでは雰囲気も何もあったものではない。
「……元気が良すぎるな。もう少しおとなしく、だ。デュース。ほら、もっとこちらへ来るといい」
「へっ!? あ、いや、そのー……。わ、わかりました! 失礼します!!」
 デュースの肩や腰を引いて近くへと来させる。恋人というのならば、相応の距離感があるものだろう。まずはそこに慣れてもらわないと、慣れるも何も始まるものではない。それに、この後の鍛錬や予習復習の時間にも、気が散っていてもらっては困る。デュースには気分の切り替えを早めに覚えてもらわねばならない。だが……。
「……今度は固すぎる。確かにこれは、傍にいる練習が必要かもしれないな……」
「先輩が切り替え早すぎるんですよ!」
「お前が言い出したんだろう。勉強にも鍛錬にも色恋にも手を抜かないと。そして、色恋沙汰の練習をできる時間はとても短いんだと。だとしたら、モタモタしている時間がもったいないからな」
「うっ、確かにそれはそうだ。わ……わかりました! どっからでもかかって来てください!」
「わかった。そうさせてもらう」
 言い終わると同時にデュースの口を塞ぐ。最初のうちはキスくらいで済むように勘弁しておいてもいいだろう。
「せ、先輩、き、キス……!?」
「ああ、したが」
「こ、子どもができたらどうするんですか!?」
「……デュース。キスだけでは子どもはできないし、そもそも男同士では子どもはできない」
「あ、そうか、そうですよね、すいません!」
 やれやれ。どうやら、デュースの性知識には偏りがありそうだ。これはまた、教えることが増えたともいえる。だが、今は。
「だから、俺とお前の間なら何度キスをしても問題はない。分かったか? 分からないなら、直接身体に叩き込む」
「え、いや、あの、先輩、お手柔らかに……」
「そうしてやりたいのは山々だが、お前の言う通り俺たちには時間がないようだからな。出来るだけ早く恋愛もできる優等生になれるよう、頑張ってくれデュース。お前の気合いの見せ所だ。ほら、もう一度」
 ――それからやがて時計が15分の時間を過ぎることを告げるまで、デュースとの甘い時間を過ごした。
「……時間だ。名残惜しいが、次の予定へ行くぞ、デュース。部屋を出たら気分を切り替えるように」
「……ハイ……」
 軽く崩れた制服の襟を正し、マジカルペンを取り出して運動着に着替え、先に運動場へ向かう。
「僕、あの人と付き合っていて心臓持つのか……? いや、それよりも今は気分切り替えねえと! おらっ!」
後にした部屋から聞こえたひとり言と、思い切り頬を張る音は聞こえなかったふりをしてやることにして、清々しい気持ちで窓から見える空を見つめる。鏡映しの自分の目が光を照り返して光った。周囲がよく、オーロラのようだと言って褒めてくれるその瞳が。
「……ああ、そうか」
 その輝きは星送りの日に見た、流星群を照り返して光る透明なあの涙のきらめきによく似ていて。俺は初めから、きらめく星を、それによく似た輝く一人を、ずっと目に映していたのだろう。

*END

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