※本編7章とその後のストーリーがどういう結末を辿るのかは分かりませんが(2024.09.22 7章Chapter10オクタ夢編現在)、この話は現時点の本編で既出の事情を把握した後、学園での日常生活に戻ったシルバーとシルデュの話です。
※誰が何と言おうと、シルデュです。なんでも許せる人向け。
以上大丈夫な方はスクロール↓
『アンタがいなきゃ、俺は生きていけないんだよ。……分かるか?』
ばっとベッドから飛び起きる。……まただ。また、あの夢を見た。俺と同じ学校に通う、ひとつ年下の後輩、デュース・スペード。その彼が、あの手この手で品を変え、俺に、愛情……というには、どうにも、なんというか、重たく、それでいて、ずしりとした――そんな気持ちを伝えてくる。
今日は足が出た。なぜか壁を背にして非常階段の途中に座っている俺の隣に、足をガンと蹴りつけて。まるで、逃がさないとでも言うかのようにその空間に閉じ込めて。俺が、行儀が悪いぞ、足を下ろせと言ったら、こりゃどうも、と足を下げて、それから代わりに、俺の顎を引いて、デュースはくちづけてきた。そこで、俺は、このまま流されてはいけないというような警鐘が頭の中で流れるのに気づいて、自分で自分を殴り、夢から飛び起きたとそういうわけだ。
「……何故、あのような夢を……」
頭を振って、申し訳なく思う。デュースは、真面目な後輩だ。先輩相手に足を出すような失礼なことはしないし、そもそも、俺に向けてあのような表情はしない。それはまるで、睨みつけるかのような、挑発的な、俺が何よりも欲しいのだ、今すぐに奪いたいのだと、目線だけで訴えてくるような、あのような鋭い表情は――
思い出して、ドキリと跳ねた心臓を胸板ごと叩く。違う、俺は、そんなもの、求めていない。デュースに心の底から激しく求められることなど、求めてなどいない! ……そのはずだ。
――それでも――今日は、デュースの顔を見ないようにしておこう。そのような願いは、願いを持ったときに限って大抵叶うことがないのだと、俺はまだ知る由もなかった。
デュースには、会おうと思わなければ会う機会は少ない。学年も、部活も、所属する寮も違う。だから、会える機会といえば、せいぜい廊下や運動場ですれ違うくらいだ。だから。どうにでもなると思った。どうにでもなると、思っていた。だというのに、デュース、お前は。お前ときたら――。
「なにお前、知らねえの? デュースの奴が大ケガして運ばれたんだって! 今、保健室らしいぜ!」
通りすがる下級生たちの噂話。それを聞いた瞬間、俺の足は、俺の意思にも意図にも惑わされることはなく、保健室まで走っていた。
「うわっ!? ……シルバー先輩!?」
「……デュース」
保健室のドアを開けると、ベッドに座るデュースの頬には大きなテープが貼られていて、腕にも足にもテープの上から包帯がグルグルと巻かれている。ツンとした消毒液の匂いが辺りを包んだことで、俺はようやく冷静になった。
馬鹿だ。俺は。怪我をしたデュースのところへ来たからと言って、俺に何が出来るというのか。それでも、一目見て安心したかった。それもこれも、おかしな夢を見るせいだ。きっとそうだ。
「なんで先輩が、あっ、まさかひょっとしてあのことがバレちまって……!?」
「……あのこと? 何の話だ?」
「えっ? あ、ち、違うならいいんです! なんでもないんで!!」
様子のおかしなデュースをじっと見つめる。するとデュースは、申し訳なさそうに目線を逸らした。
「何か、俺に申し訳のないことでもあるのか?」
「や、えっと……け、喧嘩はしてません! 先輩が、喧嘩は良くないって言ってくれたの、覚えてたから……」
「……順を追って話してくれ」
観念したのか、デュースは分かりました、と語り始めた。デュースが言うには、今回の事件はこうだ。
デュースは、また不良生徒に絡まれていたらしい。そのとき、俺への悪口も言われたことで、ついカッとなってしまい、強く言い返してしまった。手も出そうになったが、喧嘩は良くないという俺の言葉を思い出し、寸前で止めたところ、揉み合いのバランスを崩して、近くにあった池へ落ちてしまったのだという。池に落ちたとき、いろいろな枝や小石で腕や足、頬に傷がついてしまったので、大げさに処置されてはいるが、大体は擦り傷だとデュースは笑った。
「笑いごとではない」
「す、すいません……」
組んでいた腕をほどき、デュースの頬に手を触れさせた。
「……無茶をするな。怪我もするな! 俺の悪評などのために……お前が傷ついてほしくはない」
そのように叱ると、デュースの表情は、どこかで見覚えのあるものになった。
「シルバー先輩」
「なんだ」
「その願いは、ちょっと聞けないかもしれないです。だって……」
――僕は、貴方がいないと生きていけないから。
そう言って笑みを浮かべるデュースは、いつかどこかで見たあの夢にそっくりだった。
俺は、思わず逃げるように保健室を後にした。何故。何故? 何故。アイツは……。
『貴方がいないと生きていけない』
そんな言葉を、口にするんだ。よりにもよって、この俺に。違う、俺は。俺は望んでいない、そんなもの。そんな欲を、たったひとりの誰かに向けられることを――
『本当に?』
ばっと後ろを振り向く。気が付いたら真っ暗などこか闇の中に俺は立っていて、後ろには、俺と瓜二つの影がいる。
「本当だ。俺は、そんなもの望んでいない、それも、デュースになど……。ただの後輩に、そのような甘えを持つことなど許されない!!」
俺の必死の訴えも虚しく、俺と瓜二つの影は俺へと歩んでくる。ぱしゃぱしゃと、足元の水音を立てながら。
そうして俺の真横に来て、俺のことを嘲って嗤うんだ。
――『嘘だな』、と。
「……せんぱい、シルバー先輩!」
「……は……っ? こ、ここは……森、か」
目が覚めると、学園裏の森にいた。そうか。俺は保健室を飛び出したあと、どこかで眠って倒れてしまっていたらしい。……あれは、夢だったのか。
「追いかけて、起こしてくれたのか……ありがとう」
「い、いえ。先輩がそんなにビックリしちまうと思わなかったので……。僕の方こそ、すいませんした」
「……」
申し訳なさそうに頭を下げるデュースに、妙な感覚を持つ。あれは、あの告白は……どこからが俺の夢だった?
「デュース、お前は……」
俺に、言っただろうか。俺がいないと、生きていけない、などと。そう、尋ねようと思った。尋ねてしまえば、分かることだと思った。それは俺の夢でしかなかったのだろうか、と。だけど、もし。もし違ったら?
――デュースには気味悪がられてしまって、二度と、そのような気持ちを向けてもらえる機会は失くすのかもしれない、と思うと、はく、と息が口を吐くばかりで、到底尋ねることはできなかった。
何故……。何故、デュースにばかり、このような気持ちを持つ? このような迷いを抱える? 分からない。俺は、この感情の名を知らない……。
黙ってしまった俺に気を遣ったのか、デュースは俺に大丈夫ですか、と尋ねてきた。
「あ、ああ。大丈夫、だ。……その。先ほどの言葉は……」
「え? あ、えっと……。気にしなくていいですよ! ……先輩、驚いちまうみたいだし」
……デュースの言葉は……夢ではない? だが、デュースは気にしなくていい、と言う。俺には、分からない。デュースが、分からない。そして俺自身の気持ちも、もはや、分からなくなっている。
「ともかく……俺などのために、危ないことはしないでくれないか」
改めてデュースに告げると、デュースは、まだ渋るような顔をした。
「何が気に入らない? そもそも、俺の悪評など、お前の立場から怒ることでもないだろう」
突き放すように告げると、デュースは俺の手首を掴み、なら、怒らせてくださいと言った。
「は……?」
「さっきの、聞いてたんですよね。気にしなくていいって言っちまったけど……僕は、真剣です。アンタの愛が、欲しい。アンタのために、怒る権利が欲しい。怒れる立場が、欲しい。アンタの隣で、アンタのためだけに、笑って、怒って、泣き喚いて、毎日暮らす権利が欲しい!」
ダメだ。これは。あまりにも、まっすぐなデュースの言葉は、俺の胸に、獲物を狙う弓から放たれた矢のように、まっすぐに突き刺さる。
「アンタの目を、一目見た瞬間から。僕のことを叱ってくれた日から。下手クソな笑顔を見せてくれたその瞬間から、俺は、アンタのことが好きで……どうしようもない、アンタがいないと、生きてけないって、本気で思うくらいなんだ! だから……」
僕をその立場に置いてください、お願いします! とデュースは言う。真っ赤になった顔で。俺は。その、言葉に。俺は。
「……少しだけ、考えさせてくれ」
その言葉を置いて、立ち去るのが精一杯だった。そうしないと、そうしなければ。この情けなく涙が出そうになった顔と、ドクドクとおかしな動悸を放つこの心臓が、知られてしまいそうだったから。
*
シルバー先輩に、告白した。とうとう、告っちまった。
……大丈夫かなあ! 先輩、なんか調子悪そうだったのに、ってか様子がヘンだったのに、つい、頭に血が上って、何もかも言っちまった。
シルバー先輩のことが、一目会ったときから、ずっと好きなこと。
毎日毎日気持ちが降り積もって、募って、募り募った気持ちが、シルバー先輩に対して、デカくなりすぎちまってること。
「あ゛あ゛~!! もう絶対フラれちまった!!」
シルバー先輩は、考えるとは言ってくれたけど、照れてるとかそんな風じゃなかったし、むしろ、慌ててるとか、なんか怖がってる、みたいな……。マジで僕、引かれちまったのかもしれない。だって、自分でも思うんだ。
『貴方がいないと生きていけない』なんて、どの口で言えたもんなんだって。でも……僕にとっては、そうとしか言いようがなくって。
シルバー先輩のことが好きだ。好きで好きでどうしようもない。好きになっちまってから、ずっと見てた。ずっと、ずっとだ。
それで知った。強いばかりの人だと、完璧な人だと思っていたけど。悩んだり、困ったり、慌てたり。時には人知れず落ち込むこともあったり。なんていうか本当に普通の、時には弱いとこもある、めちゃくちゃ魅力的な人なんだってことを。
僕の気持ちはそういうことをひとつ知っていく度に、デカくなってった。
そうしてるうちに、シルバー先輩からの愛が欲しくなった。だって僕がこんなに愛してるのに、向こうは僕のことを見てもいないなんて、不公平じゃないか? フェアじゃないだろ。そう思うと、僕が今こんなメチャクチャなのは、シルバー先輩のせいだなって思うようになった。
――シルバー先輩からの、愛が足らない。今どっか向いてるあの人の愛をこっちに向けて、僕の心を満たしてほしい。
僕の心はいつしか、そんな願いを持つようになって。シルバー先輩のことを、そんな目で見るようになった。
これは恋なのか? 僕は考えたこともある。だけど、恋ってのはもっと、ドラマで見たようなロマンチックで綺麗で繊細なものなのじゃないかと思っていたんだが。
それでも、シルバー先輩のことが好きだという言葉は僕の身体によく馴染んだ。
好きだよ。シルバー、アンタが好きだ。僕の人生でたった一人にしか用意してないシートにさ、アンタのことを座らせてやる。だから、そこからもう絶対動かないでいてくれないか? なんて。
これは愛なのか? 僕は考えたことがある。どうにも僕のこの気持ちは、恋というには可愛くないし、自分で持っていてもやたらに重たいな。じゃあ愛って言えばいいのかな。愛なら重たいこともあるらしいし、いいんじゃないか? でもいきなり愛してるだなんて、ちょっと引くよな。僕は言われたら嬉しいけど、もちろんシルバー先輩からさ。
だから、まずは告白ってステップを踏んでみようとしたんだけど。
「あ゛~……マジで失敗した気しかしねえ……!」
せめて今日の夢でも先輩に会えねえかなあ、なんて未練がましいことばかり思ってんだ。
*
――ディアソムニア寮、寝室。
俺は、自分に与えられた寮の部屋で、ベッドを眺めながら、逡巡していた。
――今日も、眠ったら、デュースに、会ってしまうのだろうか……。
いつもは翌日の日中の活動に悪影響が出てはいけないからと、すぐにベッドへ入って必要な睡眠時間を確保するようにしているのだが、どうにも今日は眠りたくない。
それでも、自分の体質も相まって、襲い来る眠気には抗えず、ベッドへと身体を倒れ込ませた。
「……」
むくりと起き上がる。夢の中だ。今日はいったいどんな夢を見てしまうのだろうかと思っていたが……そこは、何もない、暗闇だ。
『目覚めたか』
そしてそこに立つのは、俺の影。
「お前は、なんだ? 何故、俺の前に姿を現す」
影はまた、俺を嘲ってふっと笑った。
『分からないはずがないだろう。俺はお前で、お前は俺。ただ、お前が目を逸らしているだけだ』
「目を逸らしている……? 一体、何から?」
『見据えたいか?』
「ああ」
ならば教えてやろう、と影は言った。
『お前は、必要とされたいんだ。敬愛する父と主君の、何者にも解けぬ強い絆のように。自分がいなければ生きていけなくなってしまうほど、たった一人の誰かから、強く自分のことを求めて欲しい。そんな身勝手な願いを、今、デュースに向けている。コイツなら俺の願いを叶えてくれるのではないかと、期待している』
「そんな……嘘だ! 俺はそのようなことを……っ」
『思っていないのか? ……本当に?』
影は、俺のことを嗤う。哀れだな、と言って、笑う。
『孤独だな、シルバー。いつも家族がいてくれるから、満たされていると口では言いながら、それでも何故か、淋しく思う日がある。父では、主君では、弟分では、家族のような誰かでは満たされない何かからっぽなものが、自分の中に満ちている』
「違う、俺は……っ」
『そんな日に、そう思う瞬間に、隣にいて欲しい。自分の中に出来てしまった新しいからっぽの器を、デュースから与えられる何か、まだ分からないそれで埋めてもらいたい――お前は、そう思っている』
「違う、違うっ! 俺はそんなことを、アイツに……っ」
胸を押さえて、うずくまる俺に、影は近づいてくる。そして、ささやくんだ。
『それの、何が悪い?』
「……え?」
顔を上げると、影はとても優しい表情で――笑っていた。
『強く愛されたから、愛してやりたい。憧れの人たちのように、強く必要とし合える姿になりたい。そういう存在を、家族の他に、自分も持ちたくなった。……心がまたひとつ、豊かに育った証拠だ。いったい、何が悪いんだ? なぜ、デュースの愛を、それを受け入れたい自分の気持ちを、お前は拒むんだ?』
「お前は……」
『俺はお前、お前は俺。俺はお前の影。……大丈夫だ、シルバー。何も心配いらない。いいじゃないか、もう、怖がらなくても』
「そう……だな。何も、悪いことなど、始めからなかったのに。俺には初めての感情で、ずいぶん、混乱していたみたいだ……」
『ああ。言ってやるといい。デュースに……たった一言でいい』
「ああ。『俺も、お前が好きだ』と―― 次に会えたときには、そう、告げよう」
『ひとつ、預けるぞ』
そうして、俺へとくちづけると、俺の、影――あえて言葉にするのなら、俺の本音だとか、自我だとか。……自分自身を愛し、守る心だとか。そのようなものだったのだろう影は、姿を消した。
「……行かなくてはな」
遠くから目覚まし時計の音がする。朝が来る。俺は、その音を頼りにして、眩い朝の待つ現実の世界へと戻って行った。
*
『デュース。昨日の返事をしたいから、放課後時間をもらいたい』
シルバー先輩から届いた、シンプルなメッセージ。僕はひょっとしてこのままフェードアウトなんじゃないかって思ってたけど、そこはやっぱ律儀で真面目な人だ。僕のこと振るにしたって、きちんと返事をくれるつもりらしいな。
僕はパンと頬を叩いて気合を入れて、シルバー先輩の元へ向かった。
「っす! 今日はよろしくお願いしますっ!!」
「ああ。では、早速だが、昨日の返事をさせてもらおう。……デュース」
「……はいっ!」
それから告げられたシルバー先輩の一言に、僕は、マジでひっくり返るかと思った。
「嘘!? っじゃ、ない、ですか!? えっ、マジで言ってます!?」
「本気だ。ああ、ええと……。それから、お前に言伝も預かっている」
「え?」
戸惑っていると、シルバー先輩が僕の顎を引いて、僕にくちづけた。
「俺の……大切な気持ちから、預かってきた。お前に、このくちづけを渡してくれ、と」
それで、お前の返事はどうだろうか、と照れくさそうに笑うシルバー先輩に、僕は、照らされた、と感じた。
いや、こういうとき、普通、落とされた、とか、堕ちた、とか、そういう表現するのかもしれないけど。でも、僕は。
僕の、デカくなりすぎた気持ちが。スポットライトの当たらない、舞台袖に隠れた気持ちが。
今、ワケわかんねえほど眩しい光に照らされたって、そう感じたんだ。
*おしまい
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