※7章バレ要素あり
以上のことが大丈夫な方はスクロール↓
陸上部の練習が遅くなって、ひとり居残って帰る帰り道。街路灯と星灯かりが照らす中、白い息を吐きながら歩いていると、自分の他にも人影を見つけた。
(あれは……シルバー先輩、か?)
暗くて顔がよく見えないけれど、シルエットと雰囲気から察するに、それはよく知った先輩の姿な気がする。そうだったらいいなという僕の願望も混じっているのかもしれないが……。それに何よりも、こんな時間まで道端に座り込んで眠るような人、僕は他に知らない。
「シルバー先輩?」
「……ぐう」
ぐっすりと眠っているシルバー先輩に、もう一度強く声をかける。
「シルバー先輩! 起きてくださいっ!!」
「……はっ」
シルバー先輩は無事目を覚ましたようで、目を擦りながら立ち上がる。
「どうやら、また眠ってしまったようだな……。起こしてくれて、ありがとう」
「はは……。この頃寒くなってきたし、風邪引かないよう気を付けてくださいね」
先輩は星の輝く夜空を見上げて、すっかり遅くなってしまったな、と呟く。
「お前は、部活帰りか?」
「そうです。片付けに時間かかっちゃって、ひとりで帰ってたら、先輩を見つけたんです」
「そうだったのか。では、俺たちも寮まで戻るとしよう」
「はい」
シルバー先輩は僕の前を行き、歩き出す。なんとなく隣を歩くのは憚られて、僕はその一歩分くらい後ろを歩いていく。……正直、こんなところで会えるなんて思っていなかった。今日の僕は、とてもラッキーだ。だって、僕は、シルバー先輩のことが好きだ。特別な意味で。とはいえ別に、この恋が叶えば、とかは思っていない。前、シルバー先輩に言われた通り、叶えたい夢があるのなら、恋だとかによそ見してる場合じゃないとも思うし、叶ったところで、何もかもに不慣れな僕じゃうまくやっていける気もしない。だから、こうやって時々、偶然にでも会えたら、少し話せたら、それで十分嬉しかった。それだけでも良かった、のに。
「………………」
いつの間にか、僕に歩調を合わせて隣に来ていたらしいシルバー先輩の手が、僕の手をぎゅっと握った。
「え……」
「……どうか、したか?」
顔をあげても、少し前を行くシルバー先輩の表情は見えない。でも、何か言ったら、この手が離れてしまうかも、と思うと、何も言いたくなかった。
「……いえ。なんでも、ないです」
「そうか」
心なしか、街灯が一瞬照らしたシルバー先輩の耳が赤いように見えたのは、僕の気のせいじゃないって思いたい。僕にとってはあまりのことに、ものすごくリアルな夢の中にいるのかもって思うけど、握られた手の温度が、ぎゅっと掴まれる手のひらの感触が、これは夢じゃないぞ、嘘でもないぞって僕に伝えてくる。
ああ、どうしよう。僕の顔はきっと、今、真っ赤になっているだろうな。鏡舎に着いたら、この手は離れてしまうのかな。だったら着かなきゃいいのにな。そんな僕の願いも虚しく、鏡舎の灯かりは視界の奥にちらつき始める。
「……もう、着いちゃうのか」
つい、口からこぼれてしまった言葉。暗闇の中、シルバー先輩がゆっくりと振り向く気配がした。
「デュース」
「はい」
名前を呼ばれ、返事をする。……この、夢みたいな時間の終わりが来てしまったんだな。そっとシルバー先輩の手が離れていく感覚がして、僕は冷たい空気が入り込む手の隙間に淋しさを覚える。
何かの線が切れかかっているのか、チカチカと光る街灯が、コマ送りの映画みたいに暗転を繰り返しながら僕たち二人を照らしている。細切れに見えるシルバー先輩の表情は、いつも通り落ち着いていて、クールなものだ。
(ああ、やっぱり。今の時間は、僕の見た都合の良い夢だったのかもしれない)
そんなことを考えていると、バチ、と街路灯が一瞬大きく音を立てて消えた。その音に思わず上を向くと、その暗闇の瞬間、柔らかいものが唇に当たったような気がした。
「ん……っ」
もう一度、バチと音がして、街路灯の灯かりが灯る。その瞬間、僕の目に飛び込んできたのは、間近にあるシルバー先輩のオーロラ色の瞳が、しっかりと僕の目を見つめて、それから閉じられる瞬間だった。
街路灯がもう一度点滅を繰り返すと、シルバー先輩はまた何事もなかったように元の立ち位置に立っていた。それこそ、まるで一瞬の白昼夢を見たんじゃないかと思わされるように、平然と。
「……おやすみ、デュース」
シルバー先輩は踵を返し、鏡舎へと向かい、ディアソムニア寮へと帰っていってしまう。僕は、今、帰り道のほんの少しの時間に自分の身に起こったことが、信じられなくて、わけが分からなくて、スポーツバッグを取り落としながらその場に呆然と立ち尽くしていた。
あれからずっと、考えている。シルバー先輩は、僕がシルバー先輩を好きなことを知っているんだろうか。だとしたら、いつ気付かれたんだろうか。どうして、手を繋いだり、キスをしたりしてくれるんだろうか。もしかして、ひょっとすると、シルバー先輩も、僕のことを好きなんだろうか。
ハッキリさせたいと思う気持ちと同時に、もし、そうじゃなかったらと考えて、それならまだ今のままの関係でいたいと思う気持ちが相対する。
(……こんなに僕を悩ませて、どうしたいんだ、あの人は)
頭の中が、シルバー先輩でいっぱいだ。予習をしても復習をしても、走ってても、寝ていても、何をしててもシルバー先輩の顔が、あのときの手の温度が、唇の柔らかさが浮かんできてしまう。
(ダメだ、こんなんじゃ……こんなんじゃ立派な優等生には……!!)
そこまで考えて、僕は気付いた。これはもしや、シルバー先輩が与えてくれた試練なんじゃ……!? どんなことにも動じない精神を鍛えてみせろ、っていう、僕に対する試練なのかもしれない!! そう考えたら、すべてに合点がいく。そういうことなら負けないぞとやる気を込めて、ペンを握り直した。
*
デュースに、キスをしてしまった。不甲斐ない。順番が間違っている。通常、睦みごとの類は想いを伝えてからすべきことだろうに。以前、夢の中で告白をされたときから、隠されたデュースの想いを知っていたとはいえ、あまりにも勝手な行いだ。
今頃、向こうは俺の真意が分からず悩んでいるかもしれない。早めに俺の気持ちを伝えてやらなくては。そう考えていると、都合のいいことにデュースと二人きりで話せる機会が舞い込んできた。体力育成の授業が一年生と二年生で合同になったのだ。いつも一緒に組んでいるカリムには、今日はデュースと話したいことがあると断りを入れれば、今日はせっかく一年生がいるんだから一年生と組みたいよな、分かるぜ俺もだと快諾された。理解のある友人でありがたいことだ。
それでデュースに今日は俺と組んでくれないかと申し込むと、妙に気合いの入った返事でよろしくお願いします、負けませんよと返された。……はて。俺は何か、コイツと勝負をしていただろうか? それともセベクのように、俺と何かを張り合いたくなったのか?
ともかく、無事組めることにはなったんだ。俺はそのまま、デュースと準備体操を始める。ともかく、この授業時間内に俺の想いを伝えようと思い、柔軟体操中デュースの背中を倒しながらもまずは耳元へ名前を呼びかけた。
「デュース」
「ひゃ……! ……ま、負けませんからね! そっちがそういうつもりなら、とことんやってやりますよ!!」
「……何の話だ?」
デュースは何故か、俺と何かを張り合っているようだ。何をとことんやるつもりなのかは分からないが、俺は話がしたいだけだ。
「とぼけたって無駄ですよ! 僕はちゃんと分かってますから!」
「いや、恐らくだが、何か勘違いをしていると思う。話を――」
聞いてくれ、という前に、集合の合図がかかった。仕方なくバルガス先生の元に集合すると、今日は走力鍛錬をするという触れ込みがかかった。内容は持久走のようだ。なるほど、これならば話をする機会は取れそうだ。走っている途中か、走り終えた後にでも伝えられればいい。
「っしゃあ、行くぞ!」
バルガス先生の合図を受け、さっそく意気揚々と走り出すデュースを追い、俺は走り始めた。
――速い。陸上部に所属しているだけあって、持久走でもそのペースはなかなかのものだ。とはいえ俺だって、日頃から身体を鍛えていないわけではない。前を走るデュースを追って走り、隣に追いつく。
「デュース、お前に言っておきたいことがあるのだが」
「なんですか。言っとくけど、何言われたって僕は動じたりしませんからね!」
「そうか。ならば遠慮せずに言わせてもらうが――お前のことが好きだ」
体勢を崩し、転びかけたデュースの身体を急いで受け止める。大丈夫かと声をかければ、だ、大丈夫ですと返事をされた。もう一度走り出すデュースに、俺は再び並走する。
「さすがにそれはちょっとずるくないですか……?」
「何がだ?」
「何がだ、って、いくら僕の集中力を鍛えるためでも、そんな、人の気持ちをからかうような……」
「だから何の話だ、それは」
俺はけしてからかったりなどしていない。多少ムッとして答えれば、デュースは困ったような声をあげる。
「え? だ、だって、なんか、今までのは……僕の集中力をあげるために、試練を与えてくれてたんじゃないんですか?」
「……どうしてそうなる」
呆れて溜め息をつくと、デュースの走るペースはなぜかだんだん速くなっていく。
「え、じゃ、じゃあ、今までの、まさか、もしかして……」
顔の赤さに比例するかのように速くなっていくデュースのペースに追い縋る。多少身体に鞭を打つが、それでこそ鍛錬になるというものだ。けしてこのまま逃がしはしない。
「本気だ」
「……っ」
「待て、逃げるな」
デュースは何を吹っ切りたいのか、ゴール前の直線で一気にスピードを上げていく。直線、これはデュースの得意なコースだ。だが、俺も意地だ。負けてはいられない。本来の目的を多少忘れつつもデュースに追い縋り、ちょうど追いついたところでゴールラインを踏んだ。バルガス先生の楽し気な声が響く。
「いいぞ二人とも! タイム更新だ!!」
「はあ、はあ、はあ……っ」
「……はあっ」
現役陸上部の期待の新人であるデュースと全力疾走するのは、さすがに少し息切れした。とはいえ、どうにか俺の目的は果たせただろう。肩で息をするデュースの前に立ちはだかり、腕を組む。
「さて、デュース。返事をもらおうか?」
「や、えっと……いったん、いったん頭冷やしてからにさせてくださいっ!!」
「待て!」
デュースは水場へと走って逃げていく。俺はそれを追いかけた。背後でカリムの笑い声が聞こえる。
「あっはっは、アイツらすごい速度で走っていったのに、まだ走れるなんて、すごい元気だな!」
授業時間内に戻れば問題はないだろう。何か言い訳しておいてくれとデュースを追いかけながらカリムにアイコンタクトを送ると、任せろと親指を立てられた。
水場に着くと、デュースが頭からばしゃばしゃと水を被っていたところだった。何も、物理的に頭を冷やさなくてもいいと思うのだが。俺が追ってきたことに気付くと、顔をあげたデュースは、びしゃびしゃの水に濡れたまま、泣きそうなほど真っ赤になった。
「し、シルバー先輩っ」
「もう逃がさないぞ」
デュースを捕まえ、両手を抑えて壁際に追い詰める。デュースは真っ赤になったまま、ぎゅっと目を瞑り、俺からまだ顔を逸らしていた。その態度に、俺は腕に込めた力を緩める。……夢の中で想いを告げられたとはいえ、夢は夢だ。本人の真意を反映しているとは言い切れない節もある。俺はデュースを好きになってしまったが、現実のデュースは俺のことなど、どうとも思っていなかったのではないだろうか?
「……俺のことが、受け入れられないか?」
「ちがっ……、違くて!」
「では、何故そうまでして逃げる」
「それは……っ」
デュースはうつむく。その頬に手を伸ばし、顔を近づけた。
「……俺のことが嫌いなら、いや、嫌いでなくとも……この想いを受け入れられないのなら、拒んでくれ、どうか……」
そのまま、デュースの唇にくちづける。壁に押し付けるようにぐっと熱く唇を押し付ける。それでも、くちづけは拒まれなかった。ここまで言って、拒まれなかったんだ。もう、そういうことだと思っていいだろう? ……半ば祈りのように待っていると、ようやくデュースから手を伸ばされた。
「せんぱい、」
「……デュース」
デュースは俺の緩めた腕から手を抜き、俺の背に腕を回し、ぎゅっと強くその背を掴んでいる。
「僕、僕も……、ずっと、先輩のことが……。だけど、まさか、返ってくるなんて思ってなくて、夢みたいで信じらんなくて、もう頭ん中めちゃくちゃで……っ」
「ああ」
「……ほんとに、ほんとに僕、先輩のこと好きで、ずっと好きで……っ、なのに、だから、好きになってもらって、いいんですか……っ」
「……ああ。ああ、デュース」
ようやく、本人の口から聞くことができた。もはや泣くような声で絞りだされたその言葉を、噛みしめる。濡れたデュースの髪から水分が伝わって俺まで濡れるが、かまうものか。デュースをぎゅっと強く強く抱きしめていると、遠くで集合の号令がかかったのが聞こえた。
「いけない、戻らなくては。……デュース、また、あとで、昼休みにでもゆっくり話そう」
「は、はい……」
まだ濡れているデュースの目元を拭う。スートを少し崩してしまったから、ついでに魔法で戻しておいた。
「……ふっ、顔がまだ赤いな。誤魔化すために、走って戻るか?」
「ほ、放っといてくださいっ」
そう言いながら、デュースは青空の下に先へ走って行ってしまう。俺もそろそろ戻らないとな、とデュースの背を追い、バルガス先生の待つ集合場所へと駆けていった。まだ寒さも残る中、天高く広がる青い青い空の下でのことだった。
*おしまい
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