あるお屋敷の話

※以前は夢小説機能を利用し主人公の名前を変換できるようにしていましたが、サイトの移行につき夢小説機能がなくなってしまったため、固定主人公となっています。

*この話の主人公(視点キャラ)。
主人公の詳細
名前:ユウ 一人称:私 16歳、女子高生。
バレー部所属のスポーツ好きだが、多少怖がり。
明るくてわりとミーハーな性格。恋バナ大好き。

*いろんな展開や珍しい描写形式などがあります。ホラーですが怖くないです。その他なんでも許せる方のみどうぞ。↓

 ――ざあざあと、暗い夜道に雨が降りそそぎ始める。
 学校からの帰り道、部活で遅くなってしまったから、急いで帰ろうとしたんだけれど、間に合わなかった。
「こうなったら、仕方ない……」
 自然豊かなこの町は、学校帰りの近隣に駆け込めるコンビニやスーパーマーケットもない。
 少し怖いけれど、連絡する間だけ軒先を借りて、雨がやんだらすぐに出ていけばいいのだと、近所で評判になっている幽霊屋敷の扉を開いた。

 ギィ、と重たそうな音を立てて扉が開く。
「うわ……」
 暗がりの中、あちこちに古びた床や壊れかけの家具が見えて、あまり長居はしたくない雰囲気だ。
「お、お邪魔しまーす……。少しだけ、雨宿りさせてくださーい……」
 真っ暗な中、スマホのライトを点けて足を進めていく。すると、目の前に何かがあるのが分かった。
 足元を照らすと、そこにあったのは、大きな靴。そこに連なる誰かの足だ。
「え? 人……?」
 顔を上げようとすると、雷鳴のような低音がその場に鳴り響いた。

『帰れ!! 今すぐにその扉から出ていけ!!』

「え、あっ……ご、ごめんなさい!!」
 なりふり構わず、その場から逃げようとする。誰かが住んでいた家だったのなら、勝手に入ったりしたら怒られるのも当然だ。相当怒っているみたいだからと、慌てて屋敷を出ようとして、足元を引っかけて転んでしまう。
「いたっ……」
 その拍子に、屋敷の扉が閉まった。急いで起き上がって、扉を開けて出ていこうとする。すると、その扉は――
「嘘っ、なんで!? 開かない……!!」
 まるで自分ははめ込まれた壁の絵だとでも言うように、扉は固く閉ざされ、開かなくなっていた。

 ――カツン、カツン。靴音が後ろから響く。
 さっき怒鳴ってきた誰かが、近づいてきているのだ。
 ガチャガチャとドアを開けようとするが、開かない。どうしたって開かない。
 どうしよう、あんなに怒っていたのだから――きっといい目には遭わない。
 背後まで気配が近づいてきたのを悟ったとき、ぎゅっと目を瞑る。
(どうか、怒られるだけで済みますように……!)
 しかし、誰かの気配は私を通り過ぎて、扉へと手をかけた。
「……閉じてしまったのか……」
 落胆したように、誰かは言う。その誰かは私を振り向いた。私は、スマホのライトでようやくその人を見上げる。見上げた瞬間、私の目に映ったのは――
「っきゃああああああ!!!!」
 血まみれの、男の人の顔だった。慌てて逃げ出し、適当な部屋へと転がり込む。
 すると、逃げ込んだ先の部屋の照明が、私を迎えるように一斉に火を灯す。と同時に、謎の声が聞こえる。
『……し、だけ……って、くれ……』
 けれど、その声の後すぐに、なぜか火がついた照明の半分以上が一気に消えてしまった。
「な、なんで……?」
 まあ、でも、完全に暗いよりはありがたい。明かりが完全についた一瞬で見えた景色によると、ここはどうやら食堂のようだ。
「……?」
 奥の方から、トントンと調理しているような音が聞こえる。気になってその音の方へ近づいてみると、食堂から続く扉があった。扉を開くと、そこはキッチンのようだった。部屋の中へ入ると、なんだか黒いモヤのようなものが包丁をトントンと音を立ててまな板の上で何かを刻んでいるのが分かった。……よく目を凝らしてみると、まな板の上には何もない。何かを刻むフリをしているのだろうか。
 料理のようなことをしているモヤはこちらには気づいていないようだ。
 ……あのモヤがなんだか分からないけど……。よくわからないものには近づかない方がいいよね。
 そう思って、振り返って部屋を出ていこうとする。すると、そのとき。ガッと手首を掴まれた。
『どこ行くんだい、食材さん』
 しょく、ざいさん? 音で聞いたために一瞬頭の理解が追いつかなかったが、この場所がキッチンであること、目の前のモヤが恐らく怪異であろうことから、すぐに嫌な結論に思い至った。食材だ。私を、食べようとしている。
「い、いや! 離して!!」
『それはできない。君は今日のメインディッシュなのだから』
 ここから逃げなくちゃ。必死で掴まれた腕を振り払おうとするけれど、解けない。
『暴れるなら先にシメてしまおうか』
 黒いモヤが包丁を持って、こちらへ迫ってくる。もうダメだ、と思ったそのとき――
「……はああっ!!」
 何かが私とモヤの間に割って入り、モヤの手首を斬った。そのお陰で、モヤの手から私の手は外れる。
 その外れた手を、今度は割ってきた誰かに取られた。
「こちらへ!」
 ワケも分からないまま、引っ張られるままについて行くと、キッチンを出て、食堂へと移動することになった。

 食堂の中は、先ほどまでいた薄暗いキッチンとは違い、明るかった。最初に入ったときよりも、照明についた火の数が増えて、ずっと明るくなっている。
「……キッチンには行かない方がいい。シェフに食材とみなされて、調理されてしまう」
「あ、さっきはありがとうございまし――」
 助けてくれたのだろう誰かに、改めてお礼をしようとする。その途中で顔を上げると、驚いた。
「……どうかしたか?」
「あ、い、いえ! なんでも……」
 とても美しい銀髪の青年が、そこに立っていたから。ものすごいイケメンだな、なんて思ってないで、気を取り直して、お礼をする。
「さっきはありがとうございました。私はユウです。雨宿りをしようとして、この屋敷に迷い込んじゃって……。あなたは?」
「俺は……シルバーだ」
「シルバー、さん」
「ああ」
 シルバーと名乗る青年は、私よりもずっと年上に見えた。ひとまず、彼にいろいろな話を聞いてみる。

▽どうやって助けてくれたんですか?
「剣を召喚し、シェフのゴーストを斬らせてもらった。彼は、元は善良なシェフだったのだが……この屋敷に蔓延る悪しき力の影響で、今や客人に見境なく危害を成す。気をつけてくれ」

▽この屋敷はいったい?
「……見ての通り、悪しき霊に呪われている」

▽シルバーさんは、ここで何を?
「俺は、この屋敷の……主人だ。主人が屋敷にいて、おかしいことはないだろう」

▽あなたが主人なら、どうして皆を襲わせているんですか?
「俺が指示しているわけではない。……この屋敷の主人は、もうひとりいる。俗に言う女主人というやつだが……その霊が、皆を襲わせているんだ」

▽お兄さんカッコいいですね
「ふっ。俺はもうお兄さんと言える年ではないぞ。まあ、冗談が言える元気があるのなら、大丈夫そうだな」

▽好きです! 一目惚れしました!!
「え!? すまない、俺には心に決めた人が……、……なんだ、冗談か。そういったからかいは好きじゃない、やめてくれ」

▽ここを出たいです
「……すまない。扉が閉まる前なら、外に出してやることも出来たのだが……」

 シルバーさんが言うには、この屋敷はある女性の霊に呪われているとのことだった。
 一度入ると、出られない呪いがかかっているらしい。朽ち果てた洋館になど用事のある人はいないはずだが、それでもたまにこうして私のように迷い込んでくる人がいるから、そのときは玄関で脅かして帰らせていたのだという。
「あ、じゃあ、さっき玄関で会ったのは……」
「……悪しき霊を斬った返り血をそのままにしていたから、驚かせてしまったのだろう。綺麗にしてきたから、もう怖くない、はずだ」
 どうやら、あの怒鳴り声はシルバーさんのものだったらしい。そう思うと逃げ出したりしちゃって、悪いことしたな。シルバーさんは私を助けてくれようとしたっぽいのに。
「怖がらせてしまい、すまなかった」
 シルバーさんは私の頬に手を伸ばそうとして、何かを考えたように止まってその手を引っ込めた。どうしたんだろう?
「どうかしましたか?」
「ああ、いや、すまない。……若き令嬢に、軽々しく触れるべきではないと思ったんだ」
「れっ……」
 令嬢!? 私はただの女子高生なのに……! さすがのイケメンにそんな風に言われてむずがゆくなっていると、シルバーさんは顔を赤くした私を見て困惑した表情を浮かべた。
「ええと。……俺は、女性との付き合いに慣れていないところも多くて。距離を間違えてしまうことが多い。……だが、先ほども伝えた通り、心に決めた人がいて――だから、最初にひとつだけ約束してほしい。俺を、好きにはならないでくれ」
「えっと……」
「それだけ守ってくれたら、きっとこの屋敷から無事に外へ出してやる」
 ……別に、私もイケメンなら誰でもいいってワケじゃないし、好きな人がいるって人をわざわざ選ぶこともないだろうから、その約束を守ることは簡単だと思うけど。でも、なんかちょっと引っかかるな。そんな約束わざわざさせるなんて……。過去に何かあったのかな?
 それに、気になる。心に決めた人って、誰!? こんなイケメンのハートを射止めた人って……!?
「約束はします。でも、私からのお願いも聞いてください」
「ああ。俺に出来る限りのことはしよう」
「じゃあ……好きな人のお話、聞かせてくださいっ!!」
「……は?」

 それから私たちは、一度食堂から移動した。調理(?)を終えたシェフの霊が、食堂へ出てこようとしたからだ。キッチンと食堂がある左側のスペースから、玄関と階段のある広間を抜けて、右側のスペースにある客室の1つに移動した。
「それで、ええと。……好きな人の話、だったか?」
「はいっ!」
 らんらんと目を輝かせる私に、シルバーさんは呆れたような溜息をつく。何よその態度は。
「こんなところでわざわざ聞く話でもないと思うのだが……」
「こんなところだからこそ、ですよ。……だって、怖いじゃないですか。何もわからないのって。シルバーさん自身がどんな人なのかさえ、私は今分からないんだから」
 そうだ。シルバーさんはなんとなく信頼できそうな気はしてるけど、その勘が本当かどうかさえよくわからない。だから、少しでも……どんな人なのか。どういう事情でこんなところにいるのか。そういう細かいことが少しでも知りたかった。けして、ミーハーな気持ちだけで深い事情にまで首を突っ込もうとしているわけじゃない。
「そう、だな。君からすれば、わけのわからない屋敷に滞在している時点で、俺も信用ならない、か」
 シルバーさんは息をついてうなずく。そして、ベッドに座る私にひざまずいた。
「……分かった。俺のことについては、適宜話していこう。だが、俺は喋るのがうまくない。だから、気になったことは、好きなように聞いてくれ」
「分かりました」
 こうして、私とシルバーさんの屋敷探索が始まった。

【1F・客室】

▽そういえば、どうやってこの屋敷から出るんですか?
「屋敷の屋上にある庭園に、聖なる水の湧く噴水がある。その水を使えば、扉を一時的にだが開けることはできるだろう。……そのためには一度、屋上まで上がらなければならないが」

▽好きな人ってどんな人?
「早速だな……。ええと……。明るくて。いつも元気で、よく、あちこちを走り回っていた。それで……、大切なものを守るためならば、すぐに、無茶をする奴だった」

▽他の部屋も見てみてもいい?
「そうだな。護身用の武器くらいは調達した方がいいかもしれない。この先は、上に行くほど危ない」

【1F・大広間(玄関)】

▽ここで初めて会ったんでしたね
「ああ。あのときは返り血にまみれていて……気づかず驚かせてしまい、すまなかった。恐ろしかったろう」

▽お屋敷はずいぶんボロボロですけど……
「……館が呪われてしまって以来、手入れもままならなくてな。本来ならば客人を入れられるような場所ではない」

▽好きな人はここにも来たことがあるんですか?
「……あるといえば、ある、とも言える、が。ないと言えば、ないとも言えるな」

【1F・娯楽室】

▽武器になりそうなものはないですね
「そうか? このコインや袋なんかも武器にはなるぞ。袋の中にコインを入れれば、即席のこん棒になる」

▽詳しいんですね
「元々、武器の類はなんでも扱えるようでいたかったから、興味はあった。が、これについては……そうだな。俺の好きな人が、教えてくれた」

▽え!? ちょっと好きな人のイメージ変わりました
「そうか? 俺は剣など斬撃の武器に詳しかったが、アイツは打撃の武器に詳しかったんだ」

▽どうしてトランプなんか眺めているんですか?
「……ああ。少し、思い入れがあってな。特に、この……1枚には」

【1F・大広間(玄関)~大階段】

▽2Fへ行きましょう
「この先は、シェフゴーストくらいしかいない1Fよりもさらに危険だ。気を付けてくれ」

▽ギシギシ言っててちょっと怖いな
「大丈夫だ。床が抜けても、足を踏み外しても、必ず助ける。……え、具体的に想像出来て余計に怖い? そ、そうか。すまない」

【2F・応接間】

▽急にガラスが割れて……!
「大丈夫か? ……怪我はないなら、良かった」

▽………(イケメンってある種罪だなあ)
「どうした? ……まだ俺の顔に血でもついていたか?」

▽ひょっとして女の子に勘違いされたり、恋愛関係のいざこざに巻き込まれたことありません?
「えっ、あ、ええと……。……君から見ても、そう思うか?」

【2F・書斎】

▽引き出しには鍵がかかってるみたい
「大したものは入っていない。……気にするな」

▽(こっそり鍵を探して開けてみた。中には文字が書かれた便箋が入っていた。)
『本当にすまない、二人とも。今さらどう詫びたらいいのか、俺には分からない……』

【2F・図書室】

▽本棚が倒れてきた……!
「危ない! ……良かった、下敷きにはならずに済んだな」

▽(本棚が倒れる前、何か聞こえたような気がする。)
『彼に近づくな、泥棒猫……!』

▽なぜか、こんなところにナイフがある。
「いざというとき、身を守る術になるかもしれない。持っていた方がいい」
・ナイフを手に入れた。

【2F・寝室】

▽ここ、夫婦の寝室ってやつですか?
「……そう、だと良かったんだが。俺は、妻とは別の部屋を寝室に使っていた。だから、ここは妻ひとりの寝室だ」

▽既婚者だったの!? 指輪もしてないのに……!!
「あ、ああ、ええと。……なんと言ったらいいか……」

▽……なんで指輪してないの?
「それは、その……」

▽……あの、つかぬことをお伺いしますが。好きな人って、奥さんのこと、ですよね?
「………………違う、と言ったら、君は俺を軽蔑するか?」

▽浮気したの?
「行動として、不貞の類は働いていない。……結婚の誓いを立てておきながら、気持ちが別の人物にあるのが浮気だとされるのなら、それは……そう、なのだが」

▽いつから好きだったの?
「……結婚するよりも前。学生時代から好きだった。その思いを、ずっと捨てられなかった」

【2F・教会】

▽教会まであるんだ
「そうらしいな。俺は結婚式以降、立ち入りはしなかったが……妻はよく祈っていたらしい」

▽……このお屋敷を呪った悪霊って、奥さんですか?
「……そうだ」

▽何があったか、話してください。隠しごとなしに、正直に。
「ふっ。……君は、少しアイツに似ているな」

 それからシルバーさんは話し出した。この屋敷と、自分の末路を。まるで、誰か神様に向けて懺悔するかのように膝で手を組みながら。
「俺はその昔、さる高貴な方の下で務める騎士だった。ユウ、君くらい若い頃はナイトレイブンカレッジという学園に通って、学生として暮らしていた。そのときに、好きな人と出会った」
「好きな人……」
「ああ。彼は名前を、デュース・スペードと言った。健康的で、元気で、あちこち走り回っていて。彼には苦手なことがたくさんあったが、どれにも一生懸命に取り組んでいた。そんなひたむきな姿と、消えない笑顔に、俺は惹かれていった」
「彼?」
「ああ。すまない。言っていなかったか? ……俺の好きな人というのは、男性だったんだ」
「そ、そうなんですね」
 一瞬、イケメンなのに勿体ない……気もしたけど、今の時代そういうこともあるのかも? っていうか、本当にその人はどんな人なんだろう。ますます気になってきた。
「デュースとは、想いがハッキリと通じ合ったとは言えなかったが……ささやかな時間を、傍にいられるだけでも幸せだった。だが。幸せな時間はそう長くは続かない。俺は学園を卒業し、彼とは別々の国に帰り、たまに会うくらいの友人程度の仲になった。そうして月日が流れ、俺はある貴族の令嬢を娶ることになった。彼女は、名をマリーと言った」
「マリー……」
「俺は、それで周囲を安心させられ、また国に利のあることならと、言われるままに、彼女と結婚の誓いを立て、この屋敷で共に暮らした。……いわゆる政略結婚や見合いに近いものだな。けれど、俺の身体は、心は、彼の……デュースのことを、忘れることができなかった。だから、マリーのことを、傷つけてしまった」
「奥さんは、シルバーさんのことが好きだったんですね」
「……ああ。最初のうちは、向こうも決められた婚姻だからと、俺の心がどこにあろうと気にしていなかったようなのだが。共に暮らすうち、俺が……俺の、不用意な言動が、彼女の心を振り向かせてしまったようで。そのうちに、彼女は俺に執着するようになっていった」
「あ……」
 それで、最初の方にあんなことを言っていたのか。頼むから俺を好きにならないでくれ、って。これ以上、不幸な人を増やさないために。
「彼女はひたむきに、時に激しく、俺を愛したが……俺の心は、それでも、変わってはくれなかった。彼女のことを愛してやれたら、どんなに良かったかと思って彼女に愛をささやいたこともあるが、それでも俺は、自分の心に嘘はつけなかった。マリーはきっと、その偽りの愛さえも見抜いていたのだろう。その結果が、これだ」
「シルバーさん……」
「彼女……生前のマリーは、悪しき術に手を染めた。己の命と引き換えに……。それによってデュースの居場所に見当をつけ、彼を殺し、その遺体を使い、今もこの屋敷を呪い続けている。俺がどこにも行かないようにと、来客……彼女にとっては、俺と彼女とを阻む侵入者なのだろうな。そのすべてを、排除しながら」
 そんなことをしなくても、俺はもうどこにも行けないのに、とシルバーさんは言った。
「……つまらない話を聞かせたな。さあ、もうあとに残すのは屋上だけだ。……そこには、彼女……マリーも、デュースもいる。だが、気にすることはない。俺が君を必ず守るから、君は聖水を手に入れたら、玄関までまっすぐに走り去るだけでいい」
「シルバーさん……」
「聞いての通り、悪いのは俺だ。俺がもっと上手く嘘をついてやれたなら、あるいは本当のことが言えたのなら、マリーもデュースも、今日この日までここで苦しみ続けることは無かった」
「……あの」
「なんだ?」
 シルバーさんは自嘲気味にほほ笑む。
「シルバーさんが、悪くないとは言いません。……今までのシルバーさんを見てきた限り、奥さんが可哀想だって思う気持ちもちょっとあるから。でも、私はただ……二人とも、少しだけ間違えちゃったんだって。間違えてしまっただけなんだって、そう思います。誰かを新しく好きになる気持ちも、ずっと好きでいることも、それはきっと悪いことじゃないから」
「……ありがとう、ユウ。君は、優しいんだな」
 シルバーさんは埃を払うような仕草で立ち上がる。
「準備ができたら、出発しよう」

【屋上・庭園】

 屋上へ辿り着くと、予想に反してそこには何もいなかった。……なんというか、拍子抜けだ。
「どうやら、彼女は留守にしているようだな。ちょうどいい、今のうちにこの小瓶に水を汲んで、すぐに立ち去ってしまおう」
 シルバーさんの指示に従い、小瓶に水を汲む。そうすると、嫌な気配を背後に感じた。たった今上がってきた、階段の方からだ。

『あなた……誰……誰なの、その小娘は……!!』

 そこに立っていたのは、群青の短い髪に、濁った目の男性と、それを包み込むような、黄色いドレスを着たような姿の黒いモヤ。
 ……間違いない、あれがシルバーさんの話していた、デュースって人の身体と、マリーって奥さんの霊だ!!

「まずい、すぐに走れ、ユウ!!」

 叫び声も間に合わず、マリーの攻撃が私の方へ飛んでくる。思わず目を瞑って衝撃に耐えたけれど、そのショックが私に来ることはなかった。
 おずおずと目を開けると、目の前にはシルバーさんが立ちふさがっていた。
「シルバーさん!! 傷が……!!」
「俺のことなら、心配ない。君は無事にここを出ていくことだけ考えろ」
 シルバーさんの身体は、マリーの攻撃を受けたらしい場所から、黒いモヤが立ち上っている。これを放っておいていい状況じゃないのだけは、分かる。
「俺のことはいい! 今すぐ走って玄関へ行け、ユウ!! 彼女が俺に気を取られているうちに!!」
 最初に玄関で聞いたのと同じ、雷鳴のような怒鳴り声が響く。
 手には聖水の小瓶と、ナイフが一本。目の前にはマリーの霊にデュースの身体、傷ついたシルバーさん。
 私は、ここから、どうしたら。
「走れ!!」

 強く背中を押されて、私は走り出す。マリーの傍を通り抜けようとしたとき、ふっと何か、壁のようなものに当たった。そこには何も無いのに。
「痛っ……!」
 見えない壁にぶつかった拍子にぺちゃりと転び、小瓶もナイフも落としてしまう。
「あっ、聖水が……!」
 せっかく小瓶に詰めた聖水が、びしゃりと地面に転げてしまい、ナイフもその水溜まりに落ちてしまった。

 マリーが、デュースの身体を動かして、ゆっくりと私に近づいてくる。
「やめろ、その子に手を出さないでくれ、マリー……! 俺は、もうどこにも行かないから、どうかその子だけは……!!」
 ああ、シルバーさん。マリーにそれは逆効果だと思うよ。なんてどこか冷静な頭で思ってるうちに、シルバーさんの止める声も虚しく、マリーの……マリーの操るデュースの手が、私に触れた。

 

 それから。
 それからだ。
 頭が真っ白になって。
 気が付いたときには、何故か私の手は、聖水の中に落ちたナイフを拾って、操られたデュースの身体に、それを刺していた。
「え……?」
 そしてその私の手は、デュースその人自身の手によって、握られていた。どういうこと?
『ごめんな。こんな方法しか取れなくて』
 シルバーさんのものでも、マリーのものでもない男性の声。それが聞こえた瞬間、マリーが苦しみだす。助かった、の? 何が、どうやって?
『ちょっとだけ、君の身体を操らせてもらった。マリーの魂をここに留めている媒介は、ここにある僕の身体と魂だ。だから、それを破壊すれば、僕らは消えて、この屋敷もただの廃屋に戻る』
『あの人……シルバー先輩は優しいから、こんな簡単な方法がいつまでも取れなかったんだ。馬鹿だよな』
『僕らがいなくなれば、あの人の心はもう自由だ』
 そう言って、デュース……さんは、苦しみ悶えるマリーへと不敵に笑いかける。
『さあマリー、続きは地獄でやろうぜ! 互いのケリがつくまで付き合ってやるからよ!!』
 そうして怨嗟の声を上げるマリーと、デュースさんの身体は灰のようになって風に消えていく。
「待ってくれ……! 行かないでくれ、デュース!! 俺は、ずっと、ずっと君に謝りたくて……! 俺の勝手な事情に巻き込んで、命まで……!! なのに、こんなところで……!!」
『先輩。僕も、先輩のこと、好きでした。だからこれは、俺の責任でもある。ちゃんと最期まで、ケジメつけないとな』
 デュースと呼ばれたその人は、あとは任せといてください、とにっとシルバーさんにほほ笑んで、ダメだと手を伸ばすシルバーさんの指がもう少しで届くかという瞬間、ふっと完全に消えてしまった。

 残された私たちは、ただ、呆然としていた。
「あ、わ、私……なんてことを……」
 私がナイフを握ったままの自分の手を見て震えていると、シルバーさんはぽん、と肩に手を置き、ナイフを私の手からそっと外した。
「……いや。君のせいじゃない。君はあの瞬間、デュースに操られていた。あれは、あいつが自分で決めてそうしたことだ。それならば、俺が何を言えることでもない……むしろ、君にそんな気持ちを負わせて、すまなかった。あれは本来、俺がやるべきことだったのに……」
 シルバーさんは私に頭を下げて深く礼をすると、顔を上げた。その目は、わずかに赤く染まっている気がした。
「マリーの魂と呪いの媒介であるデュースの身体が消えた今、呪いも消滅した。君は何事もなくこの屋敷を出ることができるだろう。大事はないと思うが、玄関まで送って行こう」

【1F・玄関】

「鍵は開いているな。雨も止んでいる。問題なく帰れるだろう。本当は家まで送ってやりたいんだが…」
 シルバーさんはドアを引いて開けてくれた。……道中も思ったけど、当たり前のようにシルバーさんは些細なことから危険なことまで助けてくれる。こういうところが、マリーを狂わせるほど惹きつけてしまったのだろう。
「……俺も、この屋敷に長年縛り付けられていた、今は亡き魂のひとつだ。怖がらせるのも良くないと思って、今まで言えずにいたが……。呪いの消えたこの屋敷を一歩出れば、俺の身体も消えてしまうだろう。先ほどは取り乱してしまったが……君のお陰で、彼女とデュースの魂はようやく解放された。本当に、ありがとう」
 言い終えたシルバーさんの身体が薄らいで、半透明になっていく。シルバーさんは胸の前に手を当て、敬礼をした。その姿はまるで、物語で見た騎士様のようだった。
「この度は俺の事情に巻き込んで危険な目に遭わせてしまい、本当にすまなかった。詫びすらできず、申し訳ないが――せめて君がこの屋敷を去るまでは、見送っていることにしよう」
 シルバーさんに、今度は優しく背中をとんと押され、私は雨の上がった屋敷の外へと足を進める。
 門のところで一度振り返ると、ぺこりと綺麗な礼をするシルバーさんの姿が見えた。
 門を越えてもう一度振り向くと、もうそこには誰もいなかった。

 後日。私は、もう一度屋敷に訪れていた。シルバーさんの白、デュースさんの青、それからマリーの黄色。3色それぞれの花束を持って、扉の前に供えた。
「次の世界では、みんなが幸せになれますように」
 少しだけ関わることになった哀れなゴーストたちに、そんな祈りを捧げながら。

*おしまい

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