*カメラマンシルバー×アシ大学生デュースです。どちらも20以上。シルデュに結構年齢差があります。
*別シリーズと同じ名前の写真館が出てきますが、今回はそちらの作品およびシリーズとは関係ありません。
*退廃的でメロい男を書きたかったので、喫煙描写や精神の擦り切れ、紛争などの描写がありますが、特定の思想などは入れておりません。あくまでもフィクションであり、実在の出来事・団体・国家等とは無関係です。
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――ネイビーブルーのタータンチェックが覗く、ベルベットの生地。黒いサテンのリボンが、ミニハットを飾る。リボンと同じ生地で作られた、黒いブラウスシャツ、それらを際立たせようとする深い蒼色のジレベストが、僕の身体を包む。
……僕、20歳も過ぎたのになんでこんな、ゴシックロリータ? あ、今どきはこれ系のって、王子系ロリータっていうんだっけ? まあ、とにかく。そういう恰好してるんだろう、と思いながら。目の前でカメラのシャッターレンズを調整している、シルバーさんを見つめる。
すると、シルバーさんは。ガリ、と口に含んだ棒付きのキャンディを噛み砕いて。そして。……僕のことを、まっすぐ見据えて。そして。
「デュース。俺を見ろ」
「……はい」
ファインダー越しに、僕を熱い視線で見つめ。シャッターを、切った。
ここは、『銀紅写真館(ぎんこうしゃしんかん)』。大学の合間に、僕がバイトしている、雇われ先の写真館だ。
僕がここで働き始めた理由は、なんのことはない。僕は母子家庭の生まれで、なんとか大学へ行けたけど、やっぱり一人暮らししてみても、いろいろお金が足らなくて、母さんに仕送りもしたくって、それで、給料の良さそうなバイトを探していたんだ。
それで、この写真館に辿り着いた。店主だというシルバーさんは、第一印象、ぶっきらぼうだけど落ち着いたイケメンで、これならアシスタント募集なんて後を絶たないだろうに、と思っていた、ら。
私物を置く机の上が、レシートでごちゃごちゃで。それはだいたい、なんか、紛争地帯への募金協力レシートみたいなものばっかりで。僕は、なんていうか。なんか、思想の強めな人かな、ってちょっと危機感は持った。
で、僕、まずはお試しで一日使ってみるってことになってたから。機材とか運んで、シルバーさんを探して。そしたらシルバーさん、写真館のバックヤードで、すごい量のタバコを吸ってたもんだから。
僕は、思わずその煙草を取り上げて、灰皿に潰して。それで、胸ポケットに入ってた、ダチからもらった飴の包装紙を破り捨てて、で、飴をシルバーさんの口に突っ込んで、言ったんだ。
「タバコなんか、身体に悪いぞ。やめろよ」
そしたらさ、シルバーさん、なんて言ったと思う?
いきなりスマホを取り出して、僕に向けてきて。それで、シャッターを切って、僕に言ったんだ。
「採用」って。
……変だろ。変な人、だろ。どう考えても。僕、家に帰っても、信じられなかったもん。よく考えたら、雇い先の人に失礼な態度取って、その場で不採用を言い渡されてもおかしくなかったのに、採用、って。なんでだよ、変な人だな、って。僕は思ってた、その頃は。
「……ああ。今日も、良い写真が撮れた、な」
ふと、そんな回想から我に返ると。シルバーさんが、満足そうに写真のデータを見て、頷いていた。そんなシルバーさんを見つめていると、僕は。
撮影が終わったばかりのソファに、とさ、と押し倒された。
「衣装、汚れますよ」
「汚れないよう、脱がせる」
そう言って、シルバーさんは、僕の首元のリボンをしゅるりと解いて。ミニハットをパサリとソファの端に放って。ブラウスのボタンを外して、僕の胸元を露出させると。すり、と頭を寄せて、子猫のように甘えるような仕草をしてきた。
……宣材写真の撮影じゃなかったのかよ、まったく。スタジオに飾る写真を撮るからモデルになれって僕に言ったあとは、大体いつもこれなんだもんな……。
僕は、はあ、とひとつ溜め息を吐いて。
(なんでこの人、僕なんかに、こんなに執着してんだろ……)
って思いながら。
お客さんにはいつも、下手な作り笑いみたいな、ギリギリにこやかと言える対応しててさ。どんなに可愛い女の子からあざとく懐かれても、一線引いてて、絶対踏み込ませないくせにな、僕にはこんなことするんだ、って、なんとなく思うところがありながらも。
黙ったまま、胸板にすり寄るシルバーさんの頭をそっと撫でていると。シルバーさんも何も言わないまま目を閉じ、それを受け入れた。
シルバーさんの、胸にかかる吐息の熱さと、お互いの服が擦れる衣擦れの音が、少しだけ僕の頬を赤く染めさせた。
……出会ったときの、さ。タバコの話はしたよな。
その次の日のことだ。僕、すごいことしちゃったな、それでも、背に腹は代えられない、金が稼ぎたい、って。また写真館に出勤して、いつ出ればいいかとか、詳しい話を聞きに行って。そしたら、さ。
「出たければ、好きなだけ出ていい。働いたぶんの、給料は出す。あとは……忙しい日が続くのなら、事前に伝えてくれると、ありがたい」
みたいな、よくわかんない返事しかしてくれなかったりしたけどさ……。
そういう積み重ねがあって、この人もしかして、大人としてはすごいダメな人なんじゃないのか、って思ったけど。
でも。その日、タバコは吸ってなくて。ずっと、僕があげたのと同じ、棒付きのキャンディを食べていることに気付いたから。っていうか、写真館の机の上に、飴がたくさん刺さったスタンドがあるのに気づいて、あのあと、店であのスタンド丸ごと買ってきたのかって笑っちまってさ。
そしたら、「……なんだ?」ってこっちを見てくるシルバーさんに、僕は。
そんなに怖い人じゃないのかもな、って思って。もうちょっと踏み込んで。身の回りの世話もしてみることにした。
食事もなんか、簡単なものや外食ばっかりで済ませてるみたいだったから、僕がたまに作ってあげて。
そしたら、全然うまそうに食ってくれないんだな、これが!
だから、「人にメシ作ってもらったときくらい、もうちょっとうまそうに食ってくださいよ」って言ったら、さ。
シルバーさん、「すまない」って言って。で、もう一回、食べ直して。それで聞くんだ。
「どうだ、今度はうまそうに食えていたか?」って、相変わらずの仏頂面でさ。
だから僕、分かってきて。あ、この人。すげえ不器用な人なんだなー、って。
それで、さ。そんな風に、シルバーさんのことを少しずつ分かっていくうちに、一歩ずつ踏み込んでいく、そのうちに。
いつの間にか。ほんと、いつの間にか、なんだけど。
僕は恋人になろうとか、好きですとか言ったわけでもないんだけど、こうして素肌で触れ合うような関係になっちまって、それでシルバーさんの方も、何か心情に変化があったのか。それとも、最初からそうだったのか。僕に、どうかいなくならないでくれ、って、よくこんな風に縋ってくるようになって、さ。
……でも、まあ、だけど。僕は。
この関係も、嫌じゃないと思っている、っていうか。
なんていうか、うまく言えないんだけど……やっぱり、この人を放ってはおけないな、と。今は感じている、ってことだな、うん。
だって、なんか。シルバーさんは、無口で。何も言わないけど。ミステリアスっちゃあミステリアス? 全然何も、僕はシルバーさんのことを知らないんだけど。何考えてるか、今もさっぱり分からないんだけど。
でも、やっぱり、シルバーさんには、クールな無表情と、今は多少改善されたとはいえ、自暴自棄のような暮らしの中に、何かを抱えたように、ふと差し込むような翳りがあって。
僕はそれをいつか知って、受け止めて。包み込んで、癒してあげられたらな、って、思ってるんだ。……情が移った、のかな? それとも……。
この感情が、恋と呼ばれるのかは、分からない。でも、今はこの、いつもどこか淋しそうな、どうしようもないようなひとりの大人の、さ。傍にいたいとは、思うんだ。
*
――デュースの胸元で、トクトクと鳴る柔らかな心臓の音を聞いて、安心する。この音を聞いていると、少しうとうととした眠気がやってくるような気がする。……悪い夢を見ずに、眠れる気がする。
俺は。物心ついたとき、紛争地帯で、ひとり育っていた。どこかの国のジャーナリストの、事切れた死体から漁った、つまりは戦場で拾ったカメラを使って、死体などの写真を撮って、取材に来た記者にそれを売ることで、食糧などを得、生き延びていた。その日ごと、自分が生きていけるかも分からない。泥水を啜り、爆撃から身を潜め、安心して眠れる日はずっと来ない。
ある日、出会った親父殿に拾われて、平和な国に引っ越させられるまで、そんな暮らしをしていた。そうして、かの国を偶然にも訪れた、親父殿と出会って。まだ子どもだった頃、親父殿から手を引かれ、国に連れて帰られ。そんな俺でも、平和で穏やかな世界で生きていけるのだ、ということを知った。
そして。俺は、何も知らない薄汚い、ほぼ裸のようなボロ布を着た子どもから、一張羅を着られるような大人になり。俺は、子どもの頃の経験を生かし、写真館を開くことになった。写真館を開くときには、マレウス様が、かなりの額を出資してくださった。だから、あの方は、この写真館の実質的なオーナーだ。
その代わりにといってはなんだが、親父殿はマレウス様からいろいろな用事を頼まれ、世界を飛び回っているが。……まあ、旅行好きな親父殿だ。半分趣味で手伝ってもいるのだろう。俺もいい大人だ、たまに帰ってきてくれるし、子どもの頃のように、やたら淋しいとは言えない。
それで、だ。半分身内のようなものだからか、俺にはオーナーから、厳しいノルマが課せられているわけでもない。赤字が出ない程度に、写真館を経営していればいい、とのことだった。なので、七五三や、結婚式。成人式。果ては、コスプレ。店を適度に宣伝し、そういった写真の撮影を日々、繰り返すことで、それなりの稼ぎは得ていた。デュースが来るまでは自分をモデルに宣伝写真を撮影していて、それも、写真館の宣伝にはそこそこ役立ってくれた。
だが。俺は、それらの行いで得た稼ぎを、自分のために使おうという気には、なんとなくなれなかった。だから、稼ぎのほとんどを、紛争地帯の支援をする、NGO団体とかの、ボランティアの募金箱にやたらと突っ込んでいた。そのうち札束を募金箱に入れるのが面倒になって、口座などから直接、振り込むようになった。すると、支払った証の伝票が届くようになった。捨てる気にもなれず、机に積んだ。
この平和な国に連れられ、綺麗な召し物を着せられて、衣食住に困ることはなくて、なお。それでも俺の心はまだあの紛争地帯にあるのだと、なんとなく感じていた。
それで、頭をぼうっとさせて、嫌な記憶を鈍らせてくれるからと、私費ではタバコばかりを買って、吸っていたとき。彼に出会った。
彼は、はじめから、俺の心に踏み込んできて言った。
『タバコなんか、身体に悪いぞ。やめろよ』と。
俺はその瞬間、ガシャン、と心の中の何かが割れるような音が聞こえた気がして。彼に向けて、シャッターを切った。あの日、灰色だけが支配する世界の中で、彼――デュースの映るファインダー越しの世界だけが、色づいて見えたから。
それで、俺は。デュースと過ごしていく内に、何か、暖かな感情を知った。
少しお節介で、落ち着きがなくて、それでいて、世話焼きなデュースと出会って。ようやく、優しく包み込む木漏れ日のような、自分だけの愛を見つけた。
――傍から見れば俺は、この歳にもなって、4つも5つも年下の男子大学生ひとりに執着しているような、そんなみっともない大人だとしても。それでも、デュースを手離そうと思えないし、もし俺の目の前からこいつが消えたなら、俺はきっと、もう以前のようには生きていけないだろう。
だから、俺は今、こう思うんだ。
自分の一生分のフィルムに、焼きつけ続けたい。
『デュース・スペード』という、自分だけの愛を。
彼と同じ形の焼き付きが、脳と網膜に、張り付いて離れないから。
*おしまい
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