*シルバーに過去、デュース以外との交際経験描写があります。
*シルバーが激重です
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――放課後のベンチで、俺は。デュースと共に、何気なくかけがえのない時間を過ごしていた。
デュースは購買部で買った菓子パンを片手に、俺に言う。
その、薄く小さな、目を離すことが許されない唇で。
俺とデュースの間にある、邪魔な空気のすべてを震わせて。
そして、俺の耳に、その愛おしく涼やかな声を届ける。
「シルバー先輩って、本当、優しいですよね」
「無口っていうか……寡黙で、渋くて格好良くて、憧れの先輩、みたいな」
そんな、言葉を口にされた、瞬間。
俺は。
まるでその瞬間、時間が止まってしまったかのように、押し黙って。
それで。
思考回路が、暴走し始めるのを、察知した。
――優しい? 俺が、優しい。違う。俺は、優しくなんかない、デュース。今もお前にとって無害な先輩のフリをしているが、そのような姿を取っているが、その実、中身はお前の描く『シルバー先輩』に取って代わってしまったような化け物そのもので。何故って? 何故なら、俺は、思っている。叶うなら、お前のことをどこにもやらないように閉じ込めて。俺の腕の中だけに、俺だけが知る綺麗な場所で、白い鳥籠のような檻の中へと閉じ込めて。それで、毎日俺だけがお前の世話をして、俺のことだけを見てくれるように、縛りつけたいとさえ思っている。お前が、いつもそうやって無防備な顔で、笑うから。無邪気に、罪深いほど気軽に、勇気を精一杯出して、俺との距離を縮めてくるから。俺の中に巣食う、嫉妬と独占欲にまみれた化け物が、暴れ狂い出しそうになる。デュース。デュースと一緒にいたい。俺だけのものにしたい。駄目だ。一緒にいてはいけない。俺だけのものになんか、しちゃいけない。もっと、もっとだ。デュースが欲しい。どうして俺のものにしてはいけない? なんで、なんでだ? こんなにこんなに好きなのに。俺がデュースを好きで、デュースも俺のことを好きでいてくれるなら、俺のものにしたっていいじゃないか。駄目だと言っている、そんなの分かっているだろう、分かり切っているだろう。俺の愛は『重い』んだ。それを教えてくれた彼女の、冷たい目と、鋭い声音を思い出せ。
そこまでの思考回路が一気に噴出して、俺は。かつて愛した、ひとりの女性のことに思い至った。
それは、ナイトレイブンカレッジに入学してから間もない頃。麓の街に降りた俺へ、気に入ったから恋人になってほしいと告白してきた女性がいて。俺は、右も左も分からず、とりあえず分かった、と頷いてしまって。それは男女交際の申し込みだったのだとあとで気づき、勘違いだったすまないとは言ったものの、残念でした、もう取り消しできないよ、と笑われて。そのからかうような笑顔に悪い気もしなかったから、一年生の間の半年ほど、恋人として付き合っていた、のだが。そのうちに、俺もだんだん恋人として、彼女へと惹かれていって、恋心のようなものを持ち始めて。情が移ったというか、恋人として傍にいてくれた彼女への、愛情のようなものが、育ち始めて。それだけなら良かった。それだけなら、良かったんだ。でも。俺の恋心は、それだけでは済まなくて。独占欲、嫉妬、束縛心、愛情。芽生え狂い咲いたその4つが蔦のように複雑に絡み合っていき、シーソーのように傾いていた彼女との愛の天秤は、いつしか俺の方だけに常に傾くようになってしまっていて。それでとうとう彼女は、俺に別れを告げるとき、言ったんだ。
『あのね、シルバーくん。正直、重いの。優しそうな態度や言葉で誤魔化してるようだけど、正直、嫉妬も束縛も、酷すぎる。もう私はあなたとはやっていけないから、私のことは忘れて、他の人を探して。もう、二度と連絡してこないで』
私の幸せを本当に思うなら、そうして。そう言った彼女に、俺は、手を伸ばしかけて、すんでのところで、やめた。彼女が言う通り、彼女の幸せを本当に思うなら、ここで手を伸ばさず、俺も彼女も別の人を探すべきなのだと思ったからだ。それから半年が過ぎ、彼女への未練も癒え始めて。だけど、それでもやっぱりまたあの幸せだった日々のように誰かを深く愛していたい、と。誰かひとりを愛する喜びを知ってしまった俺が、心の内に虚無と淋しさを抱えていた、そのときのことだった。
「わっ、すいません!」
「気を、つけろ……」
新しく入学してきた新一年生が、そそっかしく転んで。俺の腕の中に、転がり込んできた。俺は、その一年生を抱え、抱き止めて。それで。すいません、ありがとうございますと笑う彼の顔に、運命めいたものを感じたんだ。
この子だ、と。俺の心の空いた隙間を埋めてくれるのは、この子に違いない、と思った。何故って? 何故なら、彼は自ら俺の腕の中へと飛び込んできた。まるで、幼い頃抱きかかえた、あの小さな可愛らしい子うさぎのように。その熱さと、重さと、手に馴染むその感触のすべてが、彼はきっと俺のものになるべき存在だということを教えてくれた。それで、一瞬だけ触れた手をぎゅっと握り締め。改めて、次の恋へ向かうことにしよう、と決意をして。その瞬間に、脳内危険信号-シグナル-が、警笛のように鳴り響いたんだ。
――何をしに行くつもりだ? お前はまだ、彼にとって名前も知らない、初対面の名もなき先輩のひとりに過ぎない。
――『また』、失いに行くのか? せっかく手に入れられそうなものを?
お前の、そのどろどろとした底なし沼のような、相手を引きずり込んで沈めて、息も出来なくさせるような、そのような愛の重さで?
そんな、誰ともつかないが、誰の声よりも聞いたような声が、じかじかと頭に響いて。俺は。……深呼吸をして、体勢を整え直した。
(俺は、名もなき先輩。まだ、知り合って間もない、名前も知らない先輩……)
スタートラインは、ここからでかまわない。今度こそ失敗しないように。
『愛が重い』と、振られてしまわないように。隠すんだ。
この、化け物みたいな愛の本性を。
徹底的に、隠して、近づいて。普通の人間のフリをして。俺は。
――今度こそ、彼と幸せになるんだ。
「あ、あの、シルバー先輩……? 大丈夫、ですか……?」
「……ああ、大丈夫だ。すまない。惚けてしまったようで」
いつものように、ろくに表情の出ない顔で、どうにか優しく見えるだろう笑顔を作り、なんでもないフリを保って。それで、デュースの話に再度、耳を傾ける。
「それで、何の話だったか?」
「あ、ええと。大した話じゃ、ないんですけど!」
「……お前の話すことなら、なんでも聞きたい。聞かせてくれ。先ほど惚けてしまって、言えた義理ではないかもしれないが」
「は、はは。気にしないでください。先輩、疲れてるのかもだし。えっと、もう一回言うのはちょっと恥ずかしいんですけど、その……」
もし、僕に好きな人ができたんだとしたら、って、最近たまに考えてて。
「それで、その……、けっこう、束縛とか? されたり、まわりから見たら重いかもってなるほど一途な方が、案外、安心できるのかもな、って思ったりなんかして、」
僕けっこうヤキモチ妬きなところあるみたいで、最近になってまあ気づいたんですけど、と世間話のように苦笑いするデュースに。俺は。また、頭の中のブレーキが、ガシャンと壊れるような音を聞いた気がした。
(重くて、いい? 束縛、していい? ならば、俺の持つ、この感情は。お前に向けて蓄積してきたすべての澱んだ心の膿は、すべてお前にぶつけてしまっても――いや、駄目だ。俺の持つこれは、そのような……束縛や、重い、なんて言葉じゃ。そんな可愛らしい例えで抑えられてしまうような段階では、もう、ない。これ以上、これ以上近づいたら。お前に、踏み込まれてしまったら。きっと俺は、お前を。デュースを、壊してしまう――!!)
「それで、その。シルバー先輩みたいな、人からだったら、むしろそれ以上に嬉しいかも、って――」
「……すまない、デュース。少し、急用を思い出した。席を、外す」
「えっ? は、はい。分かりまし、た……」
そうして。俺は。その場を立ち去って。脇目もふらず、ツカツカと歩いて。ルームメイトのいないひとりの部屋で、ようやく、胸を掴み、押さえて、くずおれる。
「……っ、鎮まれ、鎮まってくれ、頼む……!!」
(あの子は、俺のような人からだったら、むしろ嬉しいと言った。束縛されたい、と言う意味じゃないか? 愛が重くても、歓迎してくれる、という意味、じゃないか? やっぱりあの子は、俺の運命なんだ。あの子が、俺を受け入れてくれるんだ。本当の俺の愛を受け止めてくれるのは、あの子しかいないんだ)
「……っ、違うんだ、俺は……っ、頼むからっ、大人しくしてくれ……っ!!」
何度でも暴走してゆく自分の心に懇願して。少しでもこの動悸が落ち着けばいい、と。己の眠り癖を利用するかのように、俺は。ベッドに入り、シーツを被って。それで。……やがて、睡魔が襲い来るのをただ待っていた。
その日は、それでギリギリなんとかなった、が。後日。
デュースに呼び出され、謝られた。
「シルバー先輩、こないだ、大丈夫でしたか? その、僕が変なこと言ったから、先輩気にしちまったんだよな、って思って。すいません……」
俺は、その言葉を否定する。
「それは違う。俺は、ただ……」
何かを言おうとして、やめる。……俺から言葉に出来ることは、何もない。この感情を、デュースにぶつけてはいけない。何も、言葉にしてはいけないからだ。
「とにかく、なんでもない。お前は、悪くない」
そう言って、俺は立ち去ろうとする。そうすると、デュースは。
立ち去ろうとする俺の背に向けて、叫ぶんだ。
「あの! 聞いてください、シルバー先輩……!! 僕、先輩のこと、」
その言葉を告げようとしたデュースの口を、思わず、己の手のひらで塞ぐ。
そうして、考える間もないままに、俺は言葉にしていた。
「駄目だ、言わないでくれ。それを言われたら、俺は……っ」
「せん、ぱい?」
――ああ。きっと俺の顔は、醜く青ざめていたことだろう。それでも。もう、縋るほか、なかった。懇願するほか、必死に祈るほか、もう俺に出来る抵抗は存在し得なかった。
「……壊、れて、しまう……」
「どういう、ことですか?」
その、デュースからの疑問を皮切りに。俺は、デュースを壁に押し付けて。それで、感情の一部を、ぶつけ始めてしまう。……限界が、来ていたんだ。もう、すぐそこまで。並々と注いだワイングラスから液体が溢れるような決壊が、今、この瞬間に始まったんだと遅れて理解した。
「……お前の、ことが。頭から、身体から、ちっとも、一瞬も、ひとときも、離れて、くれなくて。毎日、毎分、毎秒、壊れそうなのを、必死で抑えているんだ……っ!!」
デュースは、驚いた顔をして。でも、俺の目を確かにまっすぐ見据えて、それで、言うんだ。
「分かりました。……先輩が怖いなら、言いませんし、聞きません。でも、ひとつだけ約束してください」
「なん、だ?」
「ひとりで、苦しまないで。僕にも、先輩の抱えてる苦しさ、背負わせてください」
そう言って、デュースは、一度手、離してください。逃げませんから、と言って。俺が言われた通りに手を離すと。
デュースは、ぱふ、と俺の胸板に頭をもたげ、俺の背に腕を回し、体を優しく抱きしめてきて。
「……あ」
そこまでデュースに、面倒をかけて。
「デュー、ス……っ、デュース……! 俺は、お前の、ことが……っ」
「はい、受け止めます。……言ってください、シルバー先輩」
俺は、ようやく、その一言が、言えた。
「……好きになりすぎて、苦しい……っ」
すると、デュースは、俺の背中をぽんぽんとあやすように叩き、改めて、そっとぎゅっと抱きしめて。
「そっか。もう大丈夫ですよ」
大丈夫、大丈夫、と。幼い子どもをあやすかのように、繰り返した。
それから。俺は、何もかもをデュースに白状した。かつて交際していた彼女がいたこと。彼女のことを好きになりすぎて、振られてしまったこと。そうして、次の恋の相手として、デュースに目をつけたこと。今度はこんな感情の嵐にデュースを巻き込んでしまわないように、ずっと、入学当初から気をつけて振る舞い続けていたこと。
それでもずっと、水面下では日に日に想いが募っていて、デュースのことが、気がついた時にはもう手遅れなくらい、好きになりすぎてしまっていたこと。
デュースから一歩を踏み出し、境界線を越えられそうになる度、自分もデュースも壊してしまわないかが心配で、少しだけ距離を取るような仕草をすることがあったこと。それでもデュースのことを突き放すことが出来なくて、傍にいたくて、いつも穏やかな先輩のフリをして、結局隣に居座ろうとしたこと。
何もかも全部を、そのとき何を思っていたのかの本音と同時に、デュースに向かって懺悔した。
するとデュースは、笑うんだ。
「……まさか、ここまでのもんが出るとは……」
「デュー、ス? ……嫌いになって、いない、のか?」
このような身勝手で重たい感情をぶつけられたら、人は俺を嫌い、去っていくのだと思っていた。でも、デュースは違った。引き攣る俺の頬に手をそっと添えて、言うんだ。
「言いましたよね。僕、けっこう妬くタイプで。それで……愛が重い感じの方が、わりと安心するんだって」
僕自身出来損ないなのもありますけど、なんか、僕じゃなきゃダメだって言ってくれる人がいると落ち着く感じがして、と告げるデュースに。
俺は。
「お前は、出来損ないなんかじゃ、ない」
その言葉を絞り出すのが、精一杯で。
「……ありがとうございます。でも、それなら。先輩だって、化け物なんかじゃないですよ」
ただちょっと大好きって気持ちが強いだけの、普通の男の子です、と。デュースは、へへっと笑って。
「男、の子?」
「あ、失礼でしたかね? なんか、今のシルバー先輩見てると……男の人、っていうより。泣いてる男の子みたいだな、って思って」
「……泣いていない」
「はい、分かってますよ。例えです、例え」
俺は、ぎゅっとデュースの身体を抱きしめて。それで、言うんだ。
「……離したくない。ずっとここに、いて欲しい。こんなのお前を困らせて、迷惑になってしまうと、分かっている、のに。それでも、そのような気持ちが出てきてしまう……」
俺はお前と歩んではいけないのだろうか、と。俺がこぼすと。デュースは俺の唇に、そっとくちづけた。
「……ずっと、物理的に腕の中にいるのは無理かもしれません。だけど、先輩。また、ここに戻ってくるって約束なら、僕にはできます」
だから。会えない少しの間だけ、今までみたいに我慢して。それで、次にふたりきりになれたなら、僕に、その間に溜め込んだシルバー先輩の愛を、たくさんください。重たいの、ぶつけてください。僕は頑丈なので、元カノ以上にしっかり受け止めてみせますから、と。デュースは、言って。
「……できる、だろうか」
「できますよ、先輩なら。だって、シルバー先輩は、僕の憧れの、……大好きな先輩なんですから!」
そう言って笑うデュースを、俺はもう一度だけ、ぎゅっと。ぎゅっと、これは大切なものだ、と噛み締めながら抱きしめて。今度こそ壊さないように扱わなければ、と。そっと、腕を離してやれた。
「へへ。また、明日会いましょうね、シルバー先輩っ」
「……ああ。また、明日……いや、夢の、中で」
「ははっ、分かりました。それじゃあまた、夢の中で!」
そうしてデュースは、ちゃんと先輩も休んでくださいね、と言って。俺をディアソムニア寮へ帰らせると、自身も所属するハーツラビュル寮へと帰って行った。
部屋に帰った、俺は、ただ。
「……こんな俺でも、まだ。幸せを手にすることが、できるのだろうか……」
じっ、と。今日、デュースを離してやることのできた手のひらを。ただじっと、見つめているのだった。
*おしまい
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