突然だが。僕は、つい先日。憧れのシルバー先輩と、とうとう恋人になった!
……で。今、僕は困っている。恋人になった、のは、いいんだけど。いいんだけど、さ。
『恋人』って……具体的に、何すんだ? き、キスとかえっちとか、そういうのは僕らにはまだ早いっ!!
でも、その。それでも恋人らしいことは、してみたくって。ていうか、僕だけじゃなく、せっかく向こうからも好きだって言ってくれたんだから、気持ちを返してあげたくって。
そう思ったので、僕は、勉強することにした。この……、オルトから借りてきた、少女漫画の山で!!
『シュラウド先輩、こういうのもいけるんだ。意外だな』って言ったら、『そうなんだよね……。片付ける前に次から次にあれこれ手を出して、まったくもう! いくら場所があっても足りないよ。兄さんが部屋片づけないから、それ、いったんスペース確保のために貸しておくから! 片付け終わるまで返さないでね!!』って言われたんだっけ。オルトも手のかかる兄さんがいて、大変だな。
まあそういうわけで。たくさんの少女漫画シリーズを読破した僕は(意外と人間関係がいろいろあって面白かった! イケメン同士のバトルとかもアツかったぜ!)、いざ実践、とばかりに。シルバー先輩に『少女漫画のイケメンのするやつ』を、仕掛けてみようと思うのだった!
まず朝。廊下で出会ったシルバー先輩に、アピールする。
「おはようございます、シルバー先輩っ……!」
髪を手で梳いて、ファサってやるやつをしてみる。少女漫画ならこれでドキッてなるはずだ!
「おはよう、デュース」
スルーされた!! しょっぱなからスルーされた!! なんかダメージがすごい!!!
で、でもめげないぞ。うん。まだこんなのは序の口だもんな!!
「え、ええと、ええと……! 『荷物、重そうだな。持ってやろうか』!?」
思い出した少女漫画のセリフをなんとか口にすると、シルバー先輩は驚いて、困った顔をする。
「今、俺はお前に持たせるような荷物は、何も持っていないが。手伝いがしたいのか? ええと……、これでいいか?」
そう言って、僕の手に何かを持たせてきた。黄色い包み紙のキャンディだった。
「食べてもいいぞ。お前の好きな、レモンの味だ」
それで、シルバー先輩からはお手伝いしたかった子どもを見守るように、ほほ笑ましく見られ。
あれこれなんか違うぞ、って思いながら、僕はレモン味のキャンディをころころ口の中で転がすのだった。
このままじゃ良くない。全然恋人のやつ、できてない。次は昼休みだ。改めて、シルバー先輩を誘いに行こう!
そう思って、2年生の教室までシルバー先輩を誘いに行く。廊下にシルバー先輩がいるのが見えたので、チャンスだと思って。
「壁ドン」ってやつをしてみることにした。
「シルバー先輩! 覚悟っ!」
シルバー先輩を、ドン、と壁に押し付けて。もう逃がさないぞ、と壁に追い詰める、つもりだったのに。
……壁ドンをされたはずのシルバー先輩は、微動だにしなかった。体幹すごいな!?
お陰で僕が単にシルバー先輩の肩に勢いよく手を置いただけみたいになってしまった。
「どうした、デュース。甘えているのか?」
「ほぁあ……っ!!」
シルバー先輩は機嫌良さそうに、そのまま僕をぎゅっと抱きしめてきて。
「ち、ちがっ、ちがいます! ええっと、その、用事があって~!!!」
「ふっ、そうか、そうだったか」
「いったん離してください~!!」
こうして僕は、きれいな返り討ちに遭ったのだった。
「それで、用事とはなんだ?」
「あ、ええっと、その……!!」
予定とはなんか違うけど、まあいいや。僕は今度こそキメるぞ! と気合を入れ直し、そうだ次は「顎クイ」ってやつをしてみよう、とシルバー先輩の顎に手を伸ばす。
「ん?」
無事シルバー先輩をちょっと上に向けたのはいいが、……ここからどうしたらいいんだ?
僕の方が背低いし、天井の方をちょっと見てるシルバー先輩が完成しただけだぞ。
「デュース。上に何かあるのか?」
「なんでもありません、すいません……」
えっと、なんていうか。僕まだなんで、お昼一緒に食べませんか、と誘ったら。本当か、嬉しい。と。
シルバー先輩は喜んで頷いてくれた。
それで、食堂でお昼ご飯を食べてて。
「今日はお前は、弁当なのか?」
「あ、はい。……ちょっと、作るのに挑戦してみようと思って」
まあ焦げたり破れたりして、失敗したんですけど、と僕は告げる。シルバー先輩は、そうなのか、と言った。
……元々はこれも少女漫画作戦の一環で、シルバー先輩にお弁当作ってこようとしたんだよなあ。
ほんとに慌てすぎて見た目が焦げたり破れたりして人に食べさせるものじゃなくなったから、諦めて自分のにしたんだけど。
「その、デュース。これは、お前が良ければ、でかまわないのだが」
「はい、なんですか?」
「……ひとくちでいいから、何か、分けてもらえるか? お前の手作り、食べてみたいんだ」
「は、はい……っ。いい、ですよ……」
そして僕は、比較的きれいに焼けた方の玉子焼きをシルバー先輩に分けた。
フォークを持つ僕の手ずから玉子焼きを食べたシルバー先輩は、うん、と頷いた。
「ふっ、甘いな。お前は甘い味つけの玉子焼きが好きなんだな、覚えておく。ありがとう、うまかった」
「い、いえ……」
またシルバー先輩の方にリードさせてしまったと、僕はぷしゅうって赤くなりながら考えているのだった。
それで、お昼を食べたあと。もう少し一緒にいたいからって言われて、シルバー先輩と昼休みを過ごす。
「午前中、ラギーとカリムと魔法薬学の実験をしていて……」
と、雑談混じりに話す先輩に、僕は、ここだ! と思う。シルバー先輩の目をじっと見て、言ってみる。
「ほ、他の男の話なんか、すんな、よな……?」
そうしたら、シルバー先輩はふっと笑って、僕の頭を撫でる。
「ヤキモチを妬かなくても、ちゃんとお前のことが一番大事だぞ」
……これ、成功、した、のか? 一応、成功したっぽいな! よし!
このままの調子で行くぞ、と。撫でられた頭に嬉しくなりながら、次はシルバー先輩が転んだとき抱き留めよう!
少女漫画のヒーローらしく! と意気込んでいたら。……僕の方の足が縺れた。
「大丈夫か、デュース?」
「はい……」
そして僕の方が、シルバー先輩に抱き留められてしまうのだった。
「ありがとうございます……」
それでも僕はめげないぞ、諦めないぞ、と再度気合を入れ直す。それで、シルバー先輩の手を取り、走り出そうとした。
「い、行きましょう! シルバー先輩っ!!」
「……どこへ、だ? 何故、急いでいる?」
「えーっと、わかんないです…すいません」
「わからないのか、そうか」
「はい……」
どこかへ向かって手を引き走り出すやつも、失敗に終わった。少女漫画のヒーローたちって、いつもどこに向かって走り出してるんだ……? 夕日か?
シルバー先輩が、ふむ、と言って僕の額に手を当て、熱を測る。
「……少し、熱い、か? 具合でも悪いのなら……」
「ね、熱はないですっ! 大丈夫です……っ!!」
「そうか。何かあったら、すぐに言ってくれ」
なんかいろいろと、僕は先回りされたり、失敗したりしてるような気がしてきて。
このままじゃダメだ、もっと恋人らしくしないとシルバー先輩に愛想尽かされちまうかもしれねえ!
と思って。奥の手に出ることにした。
「し、シルバー!!」
「ん?」
「……せん、ぱ、い……」
呼び捨てを、してみようとした。でも、やっぱり、なんか、ほら、さ。
……失礼だろ!!! って気持ちと、まだ早い!!! って気持ちと、恥ずかしい!!!! って気持ちがぶつかりあって。
結局、『先輩』がついてしまった……。うう、情けない。
でも、なんだかシルバー先輩は、何故か、挙動不審だろう僕の態度に、そういうことか、と頷きながら、どことなく嬉しそうだ。
「ふっ。お前のペースでいいぞ。……お前が呼べるようになったら、いつでも呼んでくれていいからな?」
「へあ……っ!!」
どうやら、名前で呼ぼうとしていたのがバレていたらしい。
僕はやっぱりまたシルバー先輩に先手を取られてしまうのだった。
それから、放課後。昼休みはボロボロだったけど、今度こそ負けねえぞ!! と。
部活に向かうところのシルバー先輩を捕まえる。それも、後ろからぎゅっと抱き着いて、だ。
「ん? ……この気配は、デュース、か? どうしたんだ、今日はずいぶん大胆で、甘えただな?」
恋人になったばかりだから、気合を入れて頑張ってくれているのか? と、先輩は言う。
いきなりぎゅっと抱き着いたにも関わらず、優しく声をかけてくる先輩に、僕はなんとかそれを口にした。
「つ、つかまえ、た……」
「ふっ、そうか。捕まえた、のか。では、……ここからどうするんだ、デュース?」
シルバー先輩は楽しそうに、僕に向けて答える。え、でもここから、どうする!? どうすればいいんだ!?
とりあえず少女漫画のイケメンが言ってたっぽいセリフを言ってみる。
「あ、アンタは俺のもん、だからな……?」
「ああ、そう思ってくれていいぞ。嬉しい、デュース」
違う。なんか違う。受け入れられてるしいなされてる。これはこれで嬉しいんだけど、えっと。
そうじゃなくって!!
「うう……。先輩が、その、桜にさらわれちまいそうだったので、捕まえました……」
「デュース。通常の桜には、そういった呪いじみた魔力は含まれていない。なので俺は、桜程度にはさらわれない。安心してくれていい」
「ですよね、ハイ……」
僕の持っていた最後の残弾も、軽くいなされてしまうのだった。
そうして、シルバー先輩に俺もお前も遅れないうちに部活行こうな、って諭されて離れ、それぞれの部活が終わり。
着替えて部室にいたら、雨が降ってきた。
(ヤベ、傘持ってねえ。召喚するにも場所忘れたし、小雨だし、濡れて帰るかなあ……)
と、思っていたら。あっちも部活が終わったばかりらしいシルバー先輩が通りがかって、僕に気づく。
そして、隣にいたセベクに何か言って別れると、僕のところへまっすぐ歩いてやってきた。
「デュース。さっきぶりだな」
「は、はい、シルバー先輩っ」
僕が頷くと、シルバー先輩は優しくほほ笑む。
「傘がないんだろう? ……ハーツラビュルの入り口まで、送ってやる。俺の傘に、入っていってくれないか?」
「い、いいんですか? 先輩、濡れちまうんじゃ……」
僕が遠慮すると、シルバー先輩は言う。
「俺が、お前ともう少し過ごしていたいんだ。俺の我侭だな。……聞いてくれる、か?」
そうして僕は、ぐいって手を握って引っ張られ、半ば強引に先輩の傘に入れられて。
「それじゃあ……ゆっくり、帰ろうか。セベクに、遅くなるとは伝えてもらったから」
「は、はい……」
「……その、デュース。今日は一日中、たくさん、俺のことを考えて。俺のために、いろいろな形で、愛情を伝えようとしてくれていたんだよな。ありがとう。とても、嬉しい。だから、俺にも少し、返させてくれ。……いい、だろ?」
と、傘に隠して、ひとつキスをして。そのあと、僕の手を握ったまま帰り道を歩き始めるシルバー先輩に。
僕は。ああ、なんだ。先輩はちゃんと受け取ってくれる人だから、ただちゃんと自然体で好きでさえいれば、無理して特別なことなんてしなくても良かったんだ、って、思いつつも。それでも。
(この人の存在が、いちばん少女漫画だ……っ!!)
って痛感しながら。ハーツラビュルまでの道のりを、傘に赤く染まった顔を隠しながら、ただ言葉少なに歩いていくことしかできないのだった。
*おしまい
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