破鏡

*シルデュ地味に年齢操作(将来捏造)+同棲後です
*あんま怖くないです。ホラー詐欺。

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 それが起こったのは、いつもと変わらない休日のことだった。
 なんとなく胸騒ぎがして目覚めると、目の前には俺を起こしにきていたのか、デュースの姿があった。
「おはようシルバー、今日も早いな」
 そう言って俺の頭を撫で、笑うデュースに、少しの違和感を覚える。
 ……今日も? 俺は普段、朝起きるのがとにかく下手で、毎日のようにデュースに叩き起こされているくらいで、こんな風に自分から目覚めるのは珍しいくらいだが……。
 まあ、いい。デュースも疲れているか、寝ぼけてでもいるのだろう、と。気にはしないことにした。
 朝起きてすぐのモーニングルーティンとして、洗面台へ顔を洗いに行こうとする。
 ギィ、と軽く鳴るドアを開け、鏡とシンクの前につき、ざあ、と音を立て、ひねった水道から出てくる水で、バシャバシャ、と音を立てて顔を洗った。
 そのときのことだった。コンコン、とノックの音がした。
「……?」
 誰か、というかデュースが、洗面室のドアを叩いているのかと思ったが、そうでもなさそうだ。
 何故なら、コンコン、コンコン、と繰り返されるノックの音は、すぐ近くからする。
 コンコン、コンコン、コンコンコンコン、と。次第に切羽詰まるように大きく、早くなっていくノックの音に、顔を上げる。
 すると、鏡には、鏡を見つめる俺すら、何も映っておらず。
『きづいて』
 と書かれた血の文字だけが、浮かび上がっていた。
「っ!?」
 驚いてデュースの元へ向かい、慌てて報告する。
「デュ、デュース。洗面台の鏡に、血が」
「何? 血? 今行く」
 そしてデュースは血の付いた鏡を見ると、ふん、と鼻を鳴らしてその辺にあったタオルで血文字を拭きとった。
「なんだこれ? 心霊現象か? 迷惑だな。今度、不動産屋に文句言いに行くか」
 ゴシゴシと、なんでもないような顔で血文字を拭き取るデュースに、俺も少し落ち着く。
 そんなものでいいのか、この現象に対する対応は、と。
「ま、大した迷惑があるわけじゃないし。これが続くようなら引っ越そうぜ」
 ああ、そうだな、と俺は頷く。そうして、いつも通りにデュースが用意してくれているはずの朝食を食べた。
 ……が。
「今日は、ずいぶん簡単なのだな」
 食卓に並んでいたのは、切っていないバナナやヨーグルトに、焼いていないパン。
 まあ、朝食としては無難だが、いつもと様子が違ったので俺は驚いた。
 いつもならデュースは得意の目玉焼きを必ず焼いて、ベーコンを横につけ、トマトとレタスくらいは添えたプレートを出すからだ。
「疲れていたのか? そして、デュース。お前の分は?」
「ああ、まあ、そうなのかもな。ちょっと食欲、なくってさ」
「そうか……、何、無理をすることはない。むしろ、疲れていたのに用意させてしまい、悪かったな。次は言ってくれ」
 そういうときは自分でどうにかするから、と言うと、デュースは、分かった、と言った。

 そしてあまり会話の弾まない朝食を終えたあと、リビングのソファで俺はくつろぎはじめる。
 適当なテレビをつけながら、さて今日は何をすべきか、と。
 溜まっていた家事でもこなすか、それとも気晴らしにデュースと外へ出かけてみるか、どうするか。
 だが、デュースは何やら疲れていそうだったから、あまり連れ回すのも忍びない、と考えていたところ。
 ソファの隣に、デュースが座った。
『……次のニュースです。……近郊で、行方不明事件が多発中……』
 その瞬間、なぜかニュースキャスターの声が、やけに鮮明に聞こえるような気がした。
 何故、なのだろう。穏やかな休日のはずなのに。朝から続く、この違和感はなんなのだろう、と疑問に思っていると。
 とん、と、肩に何かが乗せられた。
 それは、デュースの頭だった。
「……」
 虚ろな目で頭を乗せているデュースの姿に、本当に今日は疲れているのだな、と思い。俺はその頭を抱き寄せ撫でてやる。
 するとデュースは、ソファに置いていた俺の手に、指を絡めてきた。
「なあ、シルバー。……今日、しない、か? ほら、せっかく時間あるんだからさ……」
 僕たちの今後のためにもさ、とデュースは言う。
 だが、俺はなんとなく、デュースの触れ方に違和感を覚え……その誘いを、断った。
 なんというか、ちぐはぐだというか。疲れているというわりには、ベタベタと遠慮なく触れてくる、というか。
 本来デュースに対してそういう感想を持つことは少ないのだが、今は、わずかな嫌悪感を持った。
「すまない、その。まだ昼間だし……、今日はまだ、そういう気分ではなくて」
 それに、疲れているお前に無理をさせるのも本意ではない。
 もし夜、その気になったらすぐに声をかけるから、今はまだ勘弁してくれないか、と告げると。
 デュースは少し、目を吊り上げ、口を結んだ。
 ……しまった、機嫌が悪くなってしまったみたいだな。
「代わりにできることなら、してやるから」
 そう告げると、デュースは言った。
「なら、キスだけでもいいから、してくれないか?」
 キスだけでもいいから、たくさんしてほしい、と甘えるデュースに。俺は、それくらいなら、分かった、と頷く。
 そして、宥めのキスを与えてやろうと指先でデュースの顎を引いたとき。

『ダメだ!!』

 大きな声が部屋中に響き、そして、部屋全体がガタガタと揺れた。
「な、なんだ、地震か……っ!?」
「……」
 ガタガタと揺れる部屋の中で、家具や物が物理法則を無視してあちこちに飛び回る。
 数十秒経って揺れや動きが収まったあと、部屋はめちゃくちゃになった。
「今のは、一体……?」
 俺が驚きの中、状況を理解できないでいると、チッと舌打ちしたあと、すくりとデュースは立ち上がった。
 そして、一直線に工具箱へ向かい、そこからハンマーを取り出すと、洗面台へ向かう。
「ニセモノの分際で、邪魔すんなよな」
 そう告げて鏡に向かい、ハンマーを振りかぶるデュースの、いや、ソイツの手を。俺は止めた。
「待て。……お前は、『誰』だ?」
 俺が尋ねた瞬間。デュース、だったモノ、そうだと思い込んでいた何か、は。
 笑った、と思うと。明らかに人間がする表情ではない形に笑みを歪めて。
 半月の記号だけで出来たような笑いを浮かべ、黒く歪んだ帯のような形状になり、俺を嘲り、笑い飛ばした。
『あはははははは!! あと少しだったのに、あと少しだったのに……!!! 残念、残念!!』と。
 黒い帯状の何かは、けたたましい笑い声を残して、窓から外に、流れるように出ていった。
 
 残された俺は、それから、ハッと気付く。
「そうだ、デュース……!!」
 何者かが割ろうとしていた鏡をじっと見つめると、その向こうに、うっすらとデュースの影が見えた気がした。
「……!!」
 思わず、夢中で手を伸ばしていた。鏡に向かって手を伸ばすと、湖面に手を突っ込んだかのように、鏡の中に手を入れることができた。その中で掴み返された手のひらの感触をぎゅっと握りしめて、思い切り引っ張り出す。
 勢いよく外に出てきたのは、やはり、デュースそのものの全身だった。
「シルバー……っ!!」
「……怖かったな、もう、大丈夫だ……!!」
 ぎゅっと、デュースと抱きしめ合う。お互いに、もう一度真実の恋人に出会えたことへの安堵で、いっぱいいっぱいになっていた。
 それから俺たちは、部屋の片付けもしないまま、すぐに教会へ向かい、悪魔祓いをしてもらう。
「今日はお義父さんに事情を説明して、実家に泊めてもらおう」
 と話し合い、親父殿に事情を説明してふたりとも泊めてもらうことになった。
「あの鏡はどっか専門のとこに引き取ってもらって、で、僕らは引っ越しするか……」
 そう告げるデュースの言葉に、俺は、それがいい、と頷いた。

 ――その後、俺たちは新たな家へと引っ越したが、あれからは一度も、同じようなことは起きていない。
 それでも、俺は時折、ふと、思うことがあるのだ。
 あの時、咄嗟のことで鏡から連れ出したデュースは、本当に、本物のデュースだったのか?
 だが、鏡も消え、時間が経った今となっては、俺にはその真偽は分からない。確かめる術が、ないからだ。
 ならば今ここにいる、俺の選び、掴み取ったデュースのことを本物だと信じて、守っていくほかないだろう。
「なあ、デュース。お前は、その……本物のデュースだよな?」
「何、馬鹿なこと言ってんだよ。本物に決まってるだろ、シルバー!」
 そう言って俺にくちづけるデュースの向こう側で。新しく買ったはずの洗面台の鏡に、また。
 半月のような笑顔が浮かんだ気がした。

*おしまい

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