変革ヒロイズム

 3月8日。今日は、シルバー先輩と恋人になってから、初めてのデートの日だ。
 嬉しい! 楽しい! 楽しみにしてた!! 待ちに待った、恋人との初デートの日だ!
 ……なんて、僕は浮かれていたんだけど。なんていうか、なんだか。シルバー先輩の様子が、ヘンだ。

 まず朝から、シルバー先輩は予定の時間の10分前にもう麓の街の待ち合わせ場所に着いていて。いやいいことなんだけどな?
 でも、シルバー先輩が待ち合わせに急いで来ないなんて珍しいなって思ったから。
「今日は寝坊せず起きられたんですね」
 って言ったら、
「ああ。……俺は今日、寝坊して遅刻すると、分かっていたからな。分かっていてお前を無駄に待たせるのも、良くないだろ?」
 って、なんだか本当に珍しい、冗談みたいなことを答えた。

 それで、僕はシルバー先輩に行きたいとこはありますかって聞いて。
「お前の行きたい場所なら、どこでもいいぞ」って言われて。
 じゃあマジカルホイールショップちょっとだけ見に行っていいですかって言って、マジホイショップに行った。
「やっぱりテンション上がるな!」
 って店内を見回して、あんなパーツやこんな飾りがある、なんて、ひとりでテンション上がって。
「す、すいません! シルバー先輩置いてひとりで盛り上がっちまって!!」
 先輩はマジホイ詳しくないから分からなくて楽しくないですよね、すいません、と言うと。シルバー先輩は笑った。
「……いや。少しは、分かる。小回りの利く、乗り物で……。いろいろな改造が、可能なんだったな」
「そう! そうなんです!!」
 シルバー先輩知っててくれたんですね! と、僕が喜ぶと。ああ、とシルバー先輩は頷いた。
「お前がたくさん、聞かせてくれたからな。……俺が少しは知識を蓄えることで、お前が喜んでくれるのなら、何よりだ」
 
 それから喫茶店に入って、卵たっぷりのとろふわオムライスとアイスのカフェラテを僕は頼む。
 シルバー先輩も同じものを頼むようだった。
「おんなじの食べてくれるんですか?」
「ああ。……今日は、そんな気分なんだ。お前と同じものを食べてみるのも、悪くないかなと思って。なんだかいろいろと、同じになれそうだろう?」
 そう言って、シルバー先輩は、運ばれてきたオムライスをひとくち食べて。
 そして、言った。
「ああ、やはり。……ここのオムライスは、ケチャップライスに入ったきのこが美味いよな」って。
「前にも来たことあったんですか?」
「ああ。もう3回以上は来た」
「へえ、お気に入りのお店なんですね!」
「そうかもな」

 それから、街を適当にぶらついて。道を歩いていると、シルバー先輩が僕をいきなり抱き寄せた。
「うぇ?」
 そうしたら目の前に、走って来た車がいて、通り過ぎてく。
「この道は、速度の速い車がいて危ないぞ。気をつけろ。……お前に怪我でもされたら、俺は、どうにかなってしまいそうだ」
 って。悲しそうな笑みで笑った。
 シルバー先輩に手を伸ばそうとすると、なんだか、どこかのトゲが刺さって引っかかったみたいで、僕の指につんと痛みが走る。
「いてっ。……すいません、今ケガするなって言われたばかりなのに、もうケガしちまいました……」
「……いや。大丈夫、だ。それより、痛むなら……これを」
 シルバー先輩は、僕の指先を見て。ピンセットでトゲを取り、絆創膏を貼りつけた。
「すごく用意がいいんですね。まるで、僕がここでケガするって分かってたみたいだ」
「……そう、だな。別に、待っていたわけでは、ない、のだが」
 シルバー先輩は、なんだか気まずそうだ。僕は話題を変えようと苦笑いをする。
「ひょっとしたら、そういう魔法があるのかもしれないですね」
「……さあ、どうだろうな。過去や未来の流れを知る魔法……、俺は、聞いたことがない」
 そう言って、シルバー先輩は、もう行こう、と僕の手を引く。
 僕は手を引かれるまま、シルバー先輩の隣を歩いて、尋ねた。
「そうだ、シルバー先輩。次のデートは、どこ行きたいですか?」
 そうしたらシルバー先輩は、一瞬、泣きそうな顔になって。それで、笑うんだ。
「……どこでもいい。お前と、次に行けるのならば」
 僕は、そんな、なんというか、覇気がないシルバー先輩の答えに、なんだかヘンだな、って思った。
「そ、そうですか……あの。シルバー先輩。僕といるの、楽しくない、ですか?」
「いや、そんなことはない。……お前とこうしてふたりでいられる時間は、俺の、憩いのときだ。いつだって」
 本当かな、と僕はシルバー先輩の様子を伺う。するとシルバー先輩は、くしゃりと僕の頭を撫でた。

 なんか、これ、ヘン……だよな?
 ……なんていうか、なんか、優しいし、いつものシルバー先輩だろって言われたらそうなんだけどさ。なんか、なんかこう、僕との温度が違う、っていうか。
 なんか、昨日までのシルバー先輩と違うんだよ。
 僕が「好きです」って言ったら、「嬉しい、デュース。俺も、お前のことが大好きだ」ってほほ笑んで、ぎゅってしてくれた、そんなあったかい優しさを持ったシルバー先輩じゃなくなってるっていうか。
 ……あの、なんていうか。だから。初デートなんだぞ、これ。僕とシルバー先輩、初めてのデートなんだ。
 だからもうちょっと、照れあったり恥ずかしがったり、そういう……なんか、もうちょっとこっぱずかしくて、でも嬉しい、そういう新鮮みがあって、楽しい雰囲気になる、って僕は思ってたんだけど。
 ……なんかさ、シルバー先輩がさ。優しいのに。どこか、退屈そうというか。違うな。何もかも、この先がもう分かってる、みたいな。悲しそう? 諦め? なんかよく分からないけど、そういう気持ち、初デートのはずなのに、ワクワクしなさとか落ち着きみたいなものが、漂ってる気がするんだ。優しくはあるし、僕のこといきなり今日明日で嫌いになったとかじゃ、ないとは思うんだけど。
「あの、シルバー先輩。もしかして、疲れてますか? 僕、先輩が調子悪いのに、無理させたりしてませんか?」
 そう尋ねると。シルバー先輩は、僕の頬をそっと撫でて。そして、ほほ笑んだ。
「……すまない。お前に、心配をかけてしまったんだな。疲れていると言えば、疲れているが……。心配は、いらない。お前と今日を過ごせるのは、楽しいことだった」
「……なら、いいんですけど……」
 そうして手を繋いで歩く、夕方の帰り道。僕は、何かよく分からない、祠のようなものを見つけた。
「あ! あれなんですかね、祠? とりあえず祈りでも捧げときますか?」
 するとシルバー先輩は、祠っぽい何かを指さす僕の手をそっと降ろさせて、告げた。
「……やめておけ。何かが起きたら、良くない」
「え? 何かが起きるって、どういう――」
 その瞬間。僕の目の前は、なんだか真っ黒なモヤのようなものに包まれて。
「うわ!?」
 ……意識が、失せた。

 アラームが鳴る前に、目を開け。スマートフォンの日付を確認する。
 そこには、こう表示されていた。

『3/8 AM06:30』

「……今回も、またダメだったか」
 溜め息をつき、起き上がる。そして、ベッド脇のメモを取り、ポケットにしまう。そして上着を羽織り、着替えて。
 朝食を食べに、ダイニングルームへと向かった。
「おお、シルバー。今日は自力で起きられたんか。やっぱり恋人ができると違うの~、このこの!」
「……そう、ですね」
 親父殿からこうからかわれるのも、もう何度目だろうか。……何度目から、だったろうか?
「お? なんじゃ、まだ寝ぼけとるようじゃの! どれ、目が覚めるようにわしが朝食でも作ってやるか?」
「いえ、……遠慮しておきます。あまり意味はなかったので……」
「意味はないってなんじゃ! まったく!」
「あ、ああいえ、その。言葉のあやです。なんというか、その」
 俺は、無駄なことと分かっていながら、言い訳を試みる。
「……時間を、繰り返しているので」
「時間を繰り返している? なんじゃそりゃ、よう分からんが、はよ言わんか!」
 俺の言葉をすぐに信じてくれる親父殿に、心がほっと安堵する。だけど。でも。
「……ありがとうございます、信じて、くださるのですね。貴方はいつも、俺の言葉を信じてくれる。でも……」
 すぐにリセットが入る、だろう。
「シルバー? ……どうしたんじゃ? 具合でも悪いんか?」
「……俺の言葉を、覚えていますか、親父殿。たった今、先ほど告げた言葉です」
「言葉? ああ、ええっと……ん? なんじゃったかの……? ……ううむ、思い出せん……! もしやわし、もうボケが始まってしもうたんか? シルバーよ、それは何ぞ大事な用事じゃったか?」
「……ですよね、申し訳ありません。大したことではないので、お気になさらず……。俺はもう、出ますね」
「お、おお。気を付けて行くんじゃぞ!」
「はい。貴方も息災で、親父殿」
「なんじゃ、長い別れのような挨拶をしおって。仰々しいぞ!」
「はは、確かにそうですね。では、改めて、行ってきます」
 そんなことを告げる親父殿を背に、俺は救急セットを手にして学園の外へと出ていく。
 そして、ポケットの中のメモを開き、溜め息を吐いた。
 ……俺は、時間を繰り返している。恋人になってから初めて、デュースと出かける約束をして、出かけたその日一日のことを。
 もうずっと、繰り返している。今回が、これで5回目だ。
 理由は分からない。今分かっていることは、少ない。少ないが、ゼロではない。
 だから、繰り返しが始まったら、この時間はまず、情報を整理することにしている。
 まず、0度目、と言った方が分かりやすいか? まだ1度も繰り返しがされていない、最初の時間では、俺はデュースとの待ち合わせに寝坊して遅刻している。普通のデートだと思って、その日を楽しんだ。詳しい知識はよく分からないながらも、マジカルホイールショップで楽しそうにはしゃぐデュースを見て満足し、喫茶店で別々のメニューを頼んでひとくちずつ食べさせあい、共に街を歩いて。飛び込んできた車からデュースを庇って。花屋で買った薔薇の棘で、怪我をしてしまったデュースを心配し、急いで絆創膏を買いに走って。その帰り道、手を繋いで歩き。途中、ふたりで見つけた何かの祠を掃除して、鎮魂の祈りを捧げ。眠りについた。
 『今日は幸せな一日だった。こんな穏やかで愛しい、尊い日が、毎日ずっと続けばいい』と願いながら。
 ……本当に、穏やかな毎日がずっと続くとは、ついぞ、思いもせずに。
 そして、1週目。繰り返しが始まったこちらを、1度目と呼ぶことにしよう。初めて繰り返しが起きたその日、俺はパニックになった。混乱して、みんながグルになって俺を騙すドッキリでも仕掛けようとしているのだろうと、そう思っていた。だからその日、デートの日ではないと思って、デュースとの待ち合わせ場所には行っていなかった。俺はその日を3月9日だとばかりに思っていたから。
 そうしたら、帰ってきたデュースに言われた。「どうして理由もなくすっぽかしたりしたんですか、僕楽しみにしてたのに!」と。
 それで俺は悟ったんだ。「今日は、3月9日ではないのか」と尋ねて。「8日ですよ! まさか、日付間違えてたんですか!?」
 あんなに楽しみにしてくれていたのに、一日中寝ぼけてたんですか!? と、泣きそうな顔で怒るデュースの顔を見て。
 それで俺は、取り返しのつかないことをした、と悟り。すまない、とデュースに謝ろうとしたが、取り付く島もなくて。
 それで、少し時間を置いてから、分かってもらえるかはわからないが、明日、きちんと事情を説明しよう、デュースとは落ち着いた頃にまた話そうと、後悔の中でベッドに入った。
 それで、2週目だ。また日付が、元に戻っていた。俺は、今度こそ偶然ではないと気づき始め、親父殿やマレウス様、セベクに、今日の日付を訪ねた。「みんなに聞きたい。今日は何日ですか」と。全員が、「3月の8日だ」と答えた。
 俺は、自分に起きている不思議な出来事を、家族に相談すべきだと思った。
 マレウス様は強大な力をお持ちであるし、親父殿は長く生きていらっしゃる。
 俺に起きている現象の原因に、何か心当たりがあるかもしれない、と。
 俺は三人に、一通りのことを説明した。俺の身に何かが起きているようです、と説明して。
 そして、親父殿が「お前はどうやら、同じ時を繰り返しているようじゃな」と、頷いてくれたあとに。それは起きた。
「……ところで、リリア。僕たちは今、何の話をしていたのだったか?」
「何をボケておるんじゃマレウス……、そりゃもちろん……、ん、あれ? なんじゃった、かのう?」
 俺は、瞬時に感じた。こんな大事な局面で、こんな風にふざける方々ではない。と、いうことは。
「セベク……、今、俺が何を話してたか、お前は、覚えてるか?」
「ん? もちろん……、……すまん、忘れた。なんだったか?」
 やはり。誰かが、いや、何かが。みんなの記憶を、忘れさせてしまったのだと。俺は把握した。
 その後、他の友人や、今度こそすっぽかすまいとデートの待ち合わせに向かったデュースにも、事情の説明と謝罪がてらに試してみたが、どうやら繰り返しのことを伝えると、みんなその記憶が抜け落ちるようだった。
 俺が前のループでデートをすっぽかしてしまったことも、それに怒っていたことも、デュースはすっかり忘れて、これを『初めてのデート』だと、捉えているようだった。
 そして、3週目、4週目と。次々と同じように繰り返す毎日の中、親父殿の手料理をあえて口にして昏倒してみたり、デュースと行く場所を俺が指示して変えたり、些細なことでは、昼に注文する料理を変えてみたり、デュースが怪我をしないよう、薔薇を買うのをやめたりと、少しずつ俺の行動を変化させ、ループを繰り返してみるが。……脱出の糸口は掴めない。前回のループでは、些細な行動の違いが脱出のきっかけになるかもしれないと思い、いろいろと、デュースとのデートの中で0度目の行動から俺のものを変化させてみたが……。良い結果は得られなかった。また、一度した怪我については、ループの中で同じ結果に収束するようだった。
 つまり、0週目でしていたデュースの怪我は、薔薇を買わずとも他の出来事を通して怪我をすることになる、ということだ。
 だから、デュースに大きな怪我をさせないように努め、家族にも行動に気をつけるよう、毎ループ言って聞かせた。
 その努力のお陰か、今はまだ、大きな事態は発生していない。
 それでもうひとつ、大きな手がかりになりそうなことと言えば。
 この繰り返しが始まった1度目のループから、ループの開始時、枕元に必ず置かれるようになった、子どものような字での手紙。
 まず、1通目は『ぷれぜんと』。……何がそいつから俺へのプレゼントなのかは、もう言わなくても分かるだろう。
 この手紙も置いてあったから、何か皆から俺へのドッキリやサプライズのようなものなのかもしれないと、少し思ったりもしたんだ。
 その結果、デュースとのデートをすっぽかして、彼を怒らせてしまうことになってしまったのだが。
 2通目は『どうして?』。何を俺に尋ねているのか、さっぱり分からない。どうして、なんて、そんなの。俺が一番聞きたかった。
 いったい誰がどうして、なぜ俺をこんな目に遭わせるのかと、尋ねたかった。
 3通目は『たのしんで』。俺はくしゃり、と紙を握った。楽しめるか、こんなことが。何故、同じ毎日を、俺に繰り返させるのか、そしてそれを誰にも告げさせないのか、と思っていた。俺を孤独に追い込んで、楽しいか、と。美しい思い出の檻に閉じ込めて、愉悦でも感じているのか、と。
 そして前回、4週目に届いた4通目は、『きみのため』。
 俺は、それを見て、気づいてしまった。もしかして、この現象の原因は。俺があの日、願ってしまったから。
『今日は幸せな一日だった。こんな穏やかで愛しい、尊い日が、毎日ずっと続けばいい』と。
 そんな願いを、持ってしまったからじゃないのか?
 原初の魔法は、『願い』の力によって発達していったと言う。ならば、俺のあの願いが、もしや魔法として暴走し、この事態を引き起こしてしまったのか、と。
 ……誰のせいでもなく、俺のせいだったのか、と。意気消沈してしまい。それでもなんとか、悲しませまいと会いに行ったデュースにも、なんだか心配をかけてしまった。
 そして今回、5週目の手紙に書かれていたことは。『うれしくない?』。
 俺は、手紙をぎゅっと握りしめて、叫ぶ。
「……嬉しいわけ、ないだろう……! デュースの顔を、見たか!? 次の機会があると信じて、疑わない、あの純粋でまっすぐな目だ! 俺はアイツに、何も言ってやれないんだぞ……!?」
 アイツには立派な優等生になって、そして警察官になって、母君にその姿を見せて安心させてやるという偉大な夢があって。他のみんなにも、同じように、人それぞれに流れていく時間の中で各々叶えたいこと、やりたいことがあって、なのに。
「なのに、俺のせいで……!! 俺の我侭のせいで、皆……みんなが、この時間の中に、閉じ込められているんだ……!!」
 そう告げて、しゃがみこんだとき。
 目の前に、小さな子どものような人影が現れた。人影は真っ黒で、顔がなかった。
『しるばー、うれしくない?』
 そう告げられて、俺は確信した。こいつが俺の枕元に手紙を置いていた犯人、そして、俺をこんなことに巻き込んだ張本人である、と。コイツが俺の魔法だか願いだかの正体であるのなら、どうにかしなければ、と感じ、怒りをぶつけた。
「嬉しいものか!! 俺は……、俺は、デュースと明日も過ごしたいんだ! ただ穏やかな毎日を、当たり前に過ごしたかったんだ!! これからも続くはずだった俺たちの未来を、来るはずだったみんなの明日を、これ以上、奪わないでくれ……っ!! 俺をみんなの元に、元の時間に、帰してくれ……っ!!」
 激昂して叫び、叫んだままに、近づいてくるソイツの手を振り払う。すると、黒い子どもは少し俯いて、悲しい顔をした、ような気がした。
『ごめん、なさい。しるばー、よろこぶっておもった。ぼくのいえ、そうじしてくれた、から、おれい、っておもって』
「……」
 そう言われて、気づく。こいつは、俺の魔法の権化、では、ない。0度目の夕方、デュースと共に掃除した、あの祠に棲んでいた、何か、であったのか。そして、善意だったのか。だが、いい迷惑だ、とも思う。
 思うが、悪気のなさそうな子ども相手に、これ以上怒鳴るのも大人気がない、と。また俺は、何も、言えなくなってしまった。
『ほんとうのほんとうに、うれしくない? しるばー、ずっとつづけって、おもってた。あのことの、じかん。ひとりじめ』
 その言葉に、俺は、ぎくり、と背筋が冷える。あの日確かに、俺は寝る前、この穏やかで愛おしい日々が続きますように、と願った。
 だけど、俺の願いは、それだけではなかった。

 ――俺だけがデュースを守り、俺だけがデュースの傍にいて、俺だけが、あの子を好きで、愛おしんで、慈しむ時間が、もっと欲しい。いついつまでも、デュースのために生きていたい、と。
 俺が守り、俺が導き、俺が育て、俺だけを見せ、俺だけを好きでいさせたい。
 眩しく笑うデュースの笑顔を、何もかもを、ずっと俺だけのものにしていたい。

 そんな、心のどこかに見ないふりをして、置いておいた本音を。この子どもは、見透かしてしまっていた、らしい。
 確かに、俺の心にはそんな幼い欲望があった。でも、実際にそれが出来る時間に閉じ込められてみて、俺は気づいたんだ。
 それは彼の自由奔放な快活さも、彼の大切な未来さえも、奪う所業であるのだと。
「すまない……、君の気持ち、感謝はありがたいとは思う。でも、このやり方は、俺には嬉しくない。嬉しくない、んだ」
 さっきも言った通り、俺はあの子と、大切な人たちと、大事な友人たち、仲間たちと、同じ時を歩み。
 そうして明日からの続きを、生きていきたいんだ、と。
 黒い子どもに、そう告げると。黒い子どもは淋しそうにうなずいた。
『……わかった』
 と。そして、目の前が暗く歪み。
 ……気がつけば俺は、朝のベッドの中に、戻されていた。
 慌てて、ベッドサイドを確認する。そこには、『3/9 AM06:30』と書かれたスマートフォンと。
 そして、一言『ごめんね』と書かれた、子どものような字の手紙。
 俺は、上着を羽織り、それからすぐに外へと赴いた。
 ……あの祠のあった場所へ。
 そして、もう一度軽く祠を掃除してから、最後に鎮魂の祈りを捧げて、手を組んだ。
「元の世界に、俺を帰してくれてありがとう。もうここへは来られない、これが最後の祈りだ。……俺も君も、それぞれの世界で。もう、あのように交わることなく生きよう」
 そう告げて振り向き、進み始める。
 『ばいばい』と告げる子どもの声が、聞こえた気がした。

 そうして、昨日とは違うセリフを告げる親父殿やマレウス様と、当たり前の挨拶を交わし。
「シルバーが2日連続で寝坊しないなんて奇跡かもしれん! 快挙じゃ!!」
「本当にそうだな。記念に祝祭でも開くか?」
「大げさですよ、親父殿、マレウス様!」
 なんとなくセベクに挨拶をしたりして、新鮮なことで怒られるのを楽しみ。
「セベク。……久しぶりだな」
「なんだ貴様。昨日も一昨日も会っていただろうが!! 意味の分からないやつめ!!」
 そして、時が進み始めた学校生活の中で。デュースにも、再び出会う。
「あ! シルバー先輩!」
 具合はもう大丈夫ですか、と尋ねるデュースに、俺はほほ笑む。
 ……俺の具合が悪そうだったということを記憶しているのを見るに、どうやら、記憶は4週目のものが残っているようだな。
 元に戻ったとはいえ、完全にはあの繰り返しも、なかったことにはならないようだ。
「ああ。もう大丈夫、バッチリだ。……今日のお前に、ずっと会いたかった。未来に向かって、共に励もう!」
 そんな俺の言葉に対して、デュースは笑う。
「はいっ! シルバー先輩! 僕も会いたかったです! なんか、不思議なんですけど。すごく長い間、ずっとシルバー先輩が隣にいてくれた気がしてて」
 昨日一緒に出かけたりしたせいなんですかね? と、首を傾げるデュースに。
(すべてが無駄な時間では、なかったのだな)
 と俺は頷く。されど、誓う。
(無駄な時間になど、しない。もう二度と御免ではあるが……。それでも。過ぎてみればあの時間も、大切な人たちとの絆を確かめて過ごした、大切な時間だ)
 だからこそ俺は、二度とは繰り返せないはずの、このかけがえのない今の一瞬を大切にしたいんだ、と。
 晴れ渡る3月9日の青空に向け、そう呟いた。

*おしまい

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