*こちらは吸血鬼+怪盗シルバー×探偵助手デュースのパロディ作品です。
*このため、口調が呼びタメになっています
*「クレアデルネ」の続編です。
*NRCキャラに恋愛的な過去があります(例:マレウスの恋人など)
*相変わらずやりたい放題です。なんでも許せる人向け。
*設定の矛盾とかあったらちょっと目を瞑って許してね!
*一応一区切りついたので、最終回?です。番外編また書くかもしれないけど。
以上すべて大丈夫な方はスクロール↓
『……ひとりに、しないで。もっと、傍にいてくれ』
――あの子は。そう言った――
目を覚ましたのは、自室のソファベッドの上。使い魔のコウモリたちが、パタパタとあちこちを羽ばたいている。
「おお、目を覚ましたか、シルバーよ」
「親父殿。今は夜ですか?」
「うむ。もうじき日が暮れる。そしたら我ら吸血鬼のゴールデンタイム、じゃぞ!」
俺は身体を起こし、あくびをする。そうして、ソファに座り直し、あの子の姿を思い描いた。
「……さらってしまった方が、いいんですかね?」
そんな俺の一言だけで、親父殿は察したようだった。まあ、そうだろうな。怪盗団『メヌリス』のメンバー、もとい俺の家族は皆、俺のあの子への想いを知っている。そうでなければ、完全に私情で行った盗みに付き合ってはくれなかったろう。
「どうじゃろうなあ。あの子、探偵じゃろ? まだ人間のお仲間もいるようじゃし、人間界に未練もあるじゃろ。あと100年くらいは待ってやっても良いのではないか?」
「それもそうですね」
親父殿の言葉に、俺はうなずく。今、無理にあの子を人間界から連れ出すのは、良くないだろう。
まだ、あの子は人間界から夜の世界に馴染み始めたところだ。少しずつ、少しずつ。こちらの世界のことを教えてやらなければならない。俺が奪ったもの、そして、与えたもののすべてを、まだ実感もしていないのだろうから。
「恨まれるでしょうか。100年後、知り合いの人間たちが次々と先立っていく中。『どうしてこんな命を与えた』と」
「それはまた、100年後になってみないと分からんことじゃろうからなあ」
案外気にしとらんかもしれんし、お前の言う通り、永劫の生を恨んどるかもしれんよ。
親父殿の言葉に、やはりそうだなと俺は頷く。
「俺は、貴方たちに感謝しています。ですが、彼もそう考えるとは限らない。実際、暮らしの中に不便を感じているようです」
「ま、そこはまだ夜の暮らしに慣れとらんのもあるじゃろうけどな」
まだ吸血鬼になったばかりじゃし、様子見の期間じゃろなー、と親父殿は仰る。だけど俺は、このまま、ただ様子を見ているだけでいいのか。少しばかり、考えていた。
「そろそろ、予告状を出す時期ですね。……次のターゲットはなんですか?」
「おお、そうじゃの! 次のターゲットは、こいつじゃ! ルノワールの『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』。お前も久々に追いかけっこができて楽しかろう!」
いつも通りマレウスとセベクと裏方支援はしてやるから、お前はちゃんと名乗り口上とキザな振る舞いの練習しておくんじゃぞ! と、親父殿はびしりと俺を指さす。
分かりましたと苦笑いをし、俺は次の盗みについて考えた。
……今度の仕事場もまた、美術館だな。コウモリになればどこからでも侵入は可能だ。
彼は少し前まで、苦しそうに胸を抑えながら俺のことを追いかけてきていたが、もう身体は苦しくないだろうか。
というか、また俺のことを追いかけてきてくれるだろうか。
この間、様子を見に行ったときは、退屈そうにしていた。それでいい機会だからとデートへ連れ出したら、俺に縋るようになってしまった。……悪いことではない。むしろ、俺個人としては、弱みを見せてくれるのも、頼ってくれるのも、嬉しいことなのだが。
彼はまだ、完全にこちら側の生き物ではない。まだ人間としての余白を残していて、人間界での居場所もある。
俺はそれを無理に奪いたいわけではないのだ。いくら怪盗だとはいえ、これはあくまでも仕事だ。
彼の都合も、友人や家族などの人間関係、何もかもを無視して、今すぐに奪い取りたいわけではない。
彼が人間界でやりたいことをやりきって、顔見知りを皆見送って。それで、もうひとりぼっちは嫌だから、俺たちの世界に連れて行ってくれと自分から願うのならば、そのときは喜んでさらいに行くが。
――まだ怪盗の仕事にも今ほど乗り気でなく、不慣れだった頃。ある日、追いかけてきた探偵助手は、まっすぐで無垢な瞳で俺に言った。
「お前、悪い事したら、あとで自分が苦しくなるんだぞ!」と。
怪盗の、それも吸血鬼相手を、本気で人間の論理で心配しているようだった。
でも、気に入った。俺はそのまっすぐな瞳と心が、何より盗みたい、世界一の宝物のように思えた。
それから俺は、彼の心を盗めるようにと怪盗としての美学や振る舞いを洗練させて行ったのだ。
そんな彼のことを本気で想うのならば、その機会はまだ遠い。まあ、いいだろう。100年くらいは余裕で待てるしな。
完全に会えないわけでも、くちづけられないわけでもない。
だが、今頃、そうだ。彼は葛藤しているかもしれないな。……いい機会だ。次の仕事のタイミングで、アイツに会えたら。
「彼にすべてを話してやれ」と、発破をかけておくことにするか。
そんなことを考えながら、俺は、美術館の見取り図を頭に入れるのだった。
*
久々に、ローズハート探偵事務所は賑わっていた。
何故なら、また、怪盗ヴァンルージュからの予告状が届いたから。
今回は事務所宛ての一通のみだったのを、僕はちょっと淋しく思って、いやいやと首を振り、それを振り払った。
「ローズハート所長、今夜はまた、張り込みですよね?」
「ああ。予告状が出たということは、彼が来るのだろうからね。行かざるを得ないだろう」
君も準備しておくようにね、と言われ、僕は、複雑な想いを抱えたまま、ハイ、と頷いた。
……大丈夫、かな。僕。ヴァンルージュをちゃんと、追いかけられるかな。
だって、僕、もう。アイツのことが……。
だからってわざと逃がしたりしたら、探偵事務所の人たちに迷惑がかかっちまうし。
ただでさえローズハート所長、いつもあと少しのところでヴァンルージュを逃がしちまう無能探偵って、世間では言われ始めてるのに。
本当はローズハート所長、すごく頭が良くて、賢くて。頼りになる人なのに。
そんな風に言われるの、放っておけないんだ。
「……よし!」
僕は自分の頬をぱちんと両手で叩いて、気合を入れ直した。
ちゃんと、捕まえるぞ! 『探偵助手のデュース』のときは、ヴァンルージュを追いかける!
よ、夜にアイツがこっそり逢いに来たときとかは、僕はちょっと、探偵助手をお休みして、見逃しちまうかもしれないんだけど……。
でも、アイツもそう簡単に僕に捕まるような奴じゃないし! それで大丈夫だ、きっと!!
そんな気合を入れ直していると、1匹のコウモリが僕の頬にすり寄ってきた。
「なんだよ、また甘えてるのか? よしよし」
指先で頭を撫でてやると、コウモリは喜ぶ。こいつは、僕の使い魔だ。
この間ヴァンルージュに使い魔の生み出し方を教えてもらってから、試しにやってみたら、小さな赤ちゃんコウモリが生まれた。
あんまり探偵の仕事をお手伝いしてくれるとは言えないが、まだ赤ちゃんだからか、甘えん坊で懐っこくて、可愛い。
キーキーと鳴くので、僕はこいつを「キー助」とか「キー坊」と適当に呼んでいる。エースもローズハート所長も、「キー」と適当に呼んでいる。探偵事務所の、新しい仲間だ。
「そういえば、デュース。その使い魔のこともだけどね」
ローズハート所長が言った。僕はぎくりとして答える。
「な、なんでしょうか?」
「……いや。キミは最近吸血鬼にさせられたばかりなのに、随分、力の使い方に詳しいのだなと思って。もしかして、ヴァンルージュと何かあった?」
僕は慌てて答える。
「な、ないですよ! なんにも!!」
「そう……、それなら、いいのだけれど」
ローズハート所長はそんなに僕のことを怪しまないでいてくれたみたいで、そのまま書類仕事に入った。
僕は、ドキドキ、バクバクと鳴る心臓の音を落ち着かせようと深呼吸をする。
……さすがに、バレるわけにはいかないよな、うん。僕ら探偵事務所がみんなで追いかけてる怪盗と、実はちょこちょこデートしてたり、それで、しかも、好きな人になっちゃいました、なんて。
これはさすがに、言うわけにはいかない秘密だと、僕はひとり、むっと口をつぐんで耐えるのだった。
そして、夜。サーチライトが照らす美術館の屋根上に、ヴァンルージュは現れる。
「今夜も皆さまお揃いで、こんばんは。今宵はルノワールの名画『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』を、頂戴しに参りました」
そうして、怪盗の仕事をするときはいつも着ている銀色の燕尾服で恭しくお辞儀をしたヴァンルージュは、美術館の中へと飛び込んでいく。僕もそれを追いかけて、美術館の中へと走る。
前よりもずっと、身体が軽くて、早く走れるのが分かった。へえ、単純な身体能力も強化されてるのか。便利だな。
特にこんな満月の夜は、身体が軽く、調子が良くなるような感じがした。
……ああ、なるほど。だからアイツ、いつも満月の夜に予告出すのか。その日がいちばん、吸血鬼としての力が揮える日なんだろうな……。
って、何、怪盗側の事情を鑑みてるんだ、僕。今日は探偵助手として、捕まえるんだアイツを!
「見つけたぞ!! 怪盗ヴァンルージュ!! 大人しくお縄にかかれっ!!」
「ふふ、本当にいいのかな?」
そうして僕はヴァンルージュを捕まえようと飛び掛かって、でも、やっぱりコウモリにあっさりと変身されて逃げられて。
「ずるいぞ、そのコウモリのやつ、まだ僕できないんだから!!」
「ははは、頑張って修行することだな!」
100年後くらいには捕まってやると笑って、ヴァンルージュは去っていく。
僕は、今日もまた捕まえられなかったことを、情けなくと、それでいて安心と。
アイツを捕まえたい探偵としての気持ちと、自由な怪盗に囚われている恋心の両方から、複雑な気持ちで迎え入れていた。
*
良かった。今日もまた、あの子は俺を追いかけてきてくれた。あの子なりに、自分の立場を整理しているのだろう。
それならまた、俺は盗みに行ける。安心して、あの子の時間を少しだけ、少しずつ、盗みに行ける。
一気にすべてをさらってしまうのもロマンティックかもしれないが、人の心だけはやはり、時間をかけて味わい、頂戴するものだろう? ワイングラスの中身を一気に飲んでしまうことが、情緒のなさを現すように。やはり、香りも恋も堪能しなくては。
脱出口の蓋を開けると、誰かがそこに立っていた。追っ手かと思ったが、そこに立った人物を見て俺は安心する。
「なんだ、お前か」
「やあ、ヴァンルージュ。いい夜だね」
そこに立っていたのは、ローズハート探偵事務所の事務所長、もとい「名探偵リドル・ローズハート」。
元警察の名探偵として、鮮烈なデビューをしていたが、最近では品のないゴシップ誌から「いつまでも怪盗ヴァンルージュを捕まえられない無能探偵」だなんて烙印を押され始めている。
「ちょうど良かった。お前には言いたいことがあったんだ」
「なんだい?」
でも、それは表向きの姿。そこまでのシナリオ込みで、俺たちの考えた脚本だ。
デュースには世界の秘密なんて大仰なものを背負わせたくなかったから、大きな裏事情をまだ伝えていないが、実際、俺たち怪盗は、「必要悪」として舞台に立っているにすぎない。世界を揺るがす呪いのかかった危険物たちは、俺たちが怪盗として回収したあと、国家間と強大な力を持つ人外たちの手によって、秘密裏に処理されていっている。誰かひとりの悪しき者の手に渡らないよう、強大な力を持つマレウス様の前で、お互いを監視し、睨み合い、牽制しあいながら、人々は結局呪いに手を出すことなく、破壊や、呪いの解除、封印など、そのときどきで様々な措置をしていく。
それが俺たちの、本当の仕事だ。だが、公的機関である警察の威信や名声を落としすぎるのも良くない。
そこで白羽の矢が立ったのが、当時、エリートコースを邁進中だったリドルだ。
本部から呼び出され、そして告げられた極秘任務。
『警察を辞め、個人の私立探偵としての立場を装い、ヴァンルージュを逃がす責任を一手に引き受けてほしい』と。
リドルはそれに頷いた。「世界に悪役(ヴィラン)が必要なら、それをボクが引き受けよう」と。
だから、リドルはつまるところ、俺たちにとっては共犯者であり、味方だ。
「あの子に、すべてを教えてやったらどうだ? 今頃、きっとたくさん悩んでいて、可哀想だ」
そう告げると、リドルは言った。
「ボクとしてもね、あの子たちにはその内、事情を伝えるつもりだったんだよ。ボクの後継として、立派なとは言わないまでも、いっぱしの探偵として仕上がる頃には伝えるつもりだったんだ」
だけどキミ、勝手にうちの子を吸血鬼にしたろう、とリドルは俺を睨む。まあ、それはそうだな。
「しかもちょくちょく、あの子にちょっかいを出しているね? 自分は素知らぬふりをしておきながら、ボクを責めないでくれるかい」
リドルは溜め息を吐く。俺は、確かにその通りだなと何も言えなくなった。
「……あの子には、話すよ。でも、それはあの子の中で、今のキミとの関係に答えや区切りが出て、自分から話し出す勇気が出てからだ。そうでなければ、混乱させてしまうし、何より、何もかも都合良く落ちてくるのは、あの子の成長、あの子のためにならないからね」
分かったかい、とリドルは言う。俺は、それでいいと頷く。
「それじゃあ、早く逃げなよ、怪盗さん。世界を愛するもの同士、今宵もお互い頑張ろうじゃないか」
「ああ。元気でな、探偵さん。また会う日まで」
そうして、俺はその日、ピエール=オーギュスト・ルノワールの名画『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』を盗み、去った。
アジトに帰り、真祖様、もといマレウス様に本日の成果をお渡しする。
「どうぞお納めください、マレウス様。こちらが本日の美術品、『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』となります」
「ああ。……美しいな。人間の芸術家が生む作品は、何か、僕の心を揺らめかせる」
マレウス様は、ワイングラスを片手に、ゆったりと仰る。
「また人間たちと、秘密裏の会合を開かねばな。セベクに手筈を整えるよう、伝えておいてくれ」
「はっ。御心のままに」
マレウス様は、表向きの世界では、強大な富と力を持つ時の権力者として、悠然と構えていらっしゃる。
だが、裏の顔は俺たちを率いる吸血鬼の真祖であり、また、俺も属する怪盗団『メヌリス』のボスというわけだ。
「なあ、シルバー。お前は、僕のやっていることを愚かだと思うか?」
「いいえ。……立派なことだと、思います」
マレウス様は、過去に、ひとりの人間と恋をした。その人間は、この世界を愛していた。
だが、その人間は吸血鬼にはならず、マレウス様を置いて、逝ってしまった。
マレウス様は、彼の転生や、再び相見える日を夢見て、この世界を守っていらっしゃる。
彼が再びこの世界に生まれ落ちた日、世界をより良く、美しく保っていられるようにと。
……ただ、健気に待っていらっしゃるのだ。
「お前が少し、羨ましいな。僕も勝手に相手を吸血鬼にできるほど、我侭になれれば良かったのだが」
それほどの強さは、あの頃の僕には持てなかったようだ、と少し感傷的にマレウス様は仰る。
俺は、俺が強くなれたのは、貴方たちのお陰ですと告げた。
「……俺は、感謝しているのです。マレウス様。昔、俺が生まれ落ちたかの国で。父と母を悲しませまいと、貴方や親父殿が、俺に命を与えてくれたこと。そうして、愛情を与え、育ててくれたこと。今こうして、俺に居場所を与え、共に在ってくれることのすべてを、です」
「良い。お前の感謝は、聞き飽きている。お前ときたら、まったく。最近は怪盗の仕事をやるようになって、ようやく典雅な振る舞い、洒落た言い回しも身に着けるようになってきたかとは思ったが。少しは偉ぶってみても良いのだぞ? お前も人の世の中では、尊き血筋なのだから」
「……第一王子でありながら、表舞台に立たなかった王族など、役には立たなかったことでしょう」
それでも俺はあの頃、家族とは時間の流れが違う、吸血鬼としての生だとしても、人として、大事な家族と、大切な時間を過ごすことができた。そのことを本当にありがたく、そして嬉しく思っているのです、と告げる。マレウス様は、良い、と告げた。
「マレウス様のお相手も、早く再会できると良いのですが」
「ああ、そうだな。……彼奴がこの世界に早く生まれ落ちようと思えるほど、もっと、この世界を美しく彩らねば」
そのためにも、また頼むぞ、シルバー。妖艶に笑うマレウス様のほほ笑みに、俺は、はっ、と返事をし跪いた。
*
それから少し後、探偵事務所の窓際にて。
頬杖を突きながら、夜空を見つめる。こうしていたらまた、アイツが逢いに来るような気がして。
「……」
それをどこか楽しみに待っているような気持ちを、僕はかき消すべきなのかと考える。
……僕、ローズハート所長にホントのことを言うべきなのかなあ。
でも、なんて言えばいいんだろう?
「ヴァンルージュがちょくちょくちょっかい出してくるから、好きになっちゃいました!」なんて。
……単純だと思われそうだし、騙されてるとか心配されそうだし。
何より、裏切ったんじゃないかって思われるのが、怖いな。
でも、言わなきゃなんないよなあ。だって、このままじゃなんていうか、ダメだし。
「はー……どうしたらいいんだろうな、キー坊」
「キー」
使い魔のコウモリを撫でながら、僕は考える。ずっとずっと、ぐるぐるしている。
アイツにもらった服も、ウィッグも、きれいにして、大事にクローゼットに取ってある。
普段着にするには洒落すぎているし、なんていうか、汚したくないから。
「……逢いたいな」
ぽつりと夜空に、言葉をこぼす。逢って、このぐちゃぐちゃな話を聞いてほしいな、なんて。
でも、返事は返ってこない。当然だよな、と思って、カフェラテでも飲もうかなと踵を返そうとしたら。
声がした。
「誰に会いたいって?」
ばっと、窓から身を乗り出して隣を見ると、そこにはやはり、ヴァンルージュが空に浮かんでいた。
「ヴァンルージュ!」
僕は思わず明るくなった声で、ヴァンルージュの名前を呼ぶ。こらこらとヴァンルージュはウィンクして、僕に訂正させた。
「今は、シルバー、だろ?」
「あ、うん、シルバー……」
今日は何しに来たんだ、と尋ねると。ヴァンルージュは答えた。
「何、近くを通ってな。君が浮かない顔をして、夜空を眺めていたから、放っておけなくなったんだ」
何を悩んでいたんだ? 今日は君のモヤモヤを盗んでしまおうか、とヴァンルージュは冗談めかして笑う。
でも、僕は真剣に聞いて欲しかった。だから、話した。
「あのな。実は、僕。お前のことが、好きになったんだ」
「……おや」
少しだけ驚いた顔で、ヴァンルージュは目を丸くした。
「それで、でも。これって、探偵事務所に対する裏切りだよな、って思って。ローズハート所長にも、エースにも。まだ誰にも、この気持ちを言えないでいるんだ」
だからって本人に相談するなって話だけどな、と笑うと、ヴァンルージュは答えた。
「……デュース。勇気を出して、話してみたらどうだ? あの探偵は、そこまで懐の狭いやつじゃないだろう」
「それはそう、かもしれないけど……」
「勇気が出ない、か?」
「……うん」
それならこうしよう、とヴァンルージュが言った。
「もし君が、探偵事務所から愛想を尽かされて、追い出されるなら、そのときは俺が君を迎えに行く。でも、探偵事務所の人間たちが、君を暖かく迎えてくれるのならば、そのときは、彼らと共に、まずは残りの人生を生きてごらん」
君の人間としての生が終わった頃、吸血鬼として生きていきたくなった頃に、また俺は迎えに来てやるから、とヴァンルージュは笑った。
「迎えに来て、くれるのか?」
「ああ、もちろん。でも、君の大切なものも大切にしたいんだ。だから」
100年後くらいに、このことはまた話そうな、とヴァンルージュはなんでもなさそうに言う。
100年後、そっか、100年後か。僕、100年後も生きてかなきゃいけないんだよな、このまんま。
吸血鬼になったんだから。
「100年後まで、もう会えないのか?」
「いいや。もちろんこうして、君が淋しい夜には逢いに来るさ。たまにはデートのお誘いだってしていい」
それじゃ淋しいか、と尋ねるヴァンルージュに、僕は首を振る。
「ううん、それでいい。それで十分だ、ありがとう、ヴァンルージュ……いや、シルバー!」
「どういたしまして。……ああ、そうだ。少しだけ、約束をしてくれるか、見習い探偵さん」
「なんだ?」
ヴァンルージュは僕の唇に人差し指を当てて、告げた。
「ひとつ、探偵助手の仕事は、しっかり頑張ること。俺をいつも本気で追いかけてきてくれよ? そう簡単には捕まりはしないから」
「わ、分かった。ちゃんと切り替えて、頑張る!」
「ふたつ、浮気はしないようにな? 俺は案外、嫉妬深いぞ」
「ア、アンタこそ! 浮気するなよな!! 女の人の血とか、魅了で吸ったりするなよ!」
「心配するな。俺は、何故か……好みの相手にしか、魅了をかけられなくて。仕方なく、店売りのばかり飲んでいる」
「そ、そうだったのか……って、仕方なくってなんだ!」
「みっつ。『シルバー』と、いつも呼んでくれ。探偵助手として、俺を追いかけているとき以外は」
それが俺のお願いしたいことだ、とヴァンルージュは告げる。
それじゃあ、今夜はこれで、と去ろうとするヴァンルージュを、僕は少しだけ引き留めた。
「あ、待て!」
「うん、なんだ、どうした? まだ、君の心に曇りでも?」
それならどうぞ、とヴァンルージュは言う。……僕は、ちょっと恥ずかしかった。恥ずかしかったけど、でも。引き留めたんだから、引き留めてしまったんだから、言うしかないと思った。
「その。……僕からも、お願い、なんだけど。……さよならが淋しいから、せめて。その、」
さよならのときに、いつもキスをくれないか、と。お願いをすると。ヴァンルージュはまた目を丸くして、優しく笑った。
「……これはまた、甘えん坊な恋人が出来たものだな」
そうして、ヴァンルージュは僕の顎を指先で引き、そっと唇にキスを落とす。
「また来る」
ぽん、と僕の頭を撫でて。月夜の晩に現れる怪盗は、僕の心をまるごと盗み、去っていった。
浮かぶ十六夜の月だけが、窓辺に残された僕をシルエットのように浮かび上がらせていた。
後日。僕はローズハート探偵事務所長に、本当のことをすべて話した。
すると、ローズハート所長はあっさりと、「そう」と頷いて、そして、僕に真相を明かしてくれた。
「え!? ローズハート所長、協力者だったんですか!?」
「そうだよ。だから、キミが思い悩んでいるのではないかと思って、ヴァンルージュとのことを尋ねていたのだけれど」
「全然気づきませんでした……!!」
なんだよ、だったら僕の悩んでいた時間はなんだったんだ、と膨れていると、ローズハート所長は言った。
「大丈夫。キミの悩んだ時間も、きっと宝物になるさ。……これからキミは、ボクたちよりもずっとずっと長い時を、彼と生きていくのだから」
これからの長い一生のために、たくさんのことを学び、経験するのだよ、この場所はその練習台として使うといい、と。
僕はそれに、喜んで答えた。
「はい、ありがとうございます! 僕、いつかはこの事務所を卒業するのかもしれないし、アイツと一緒に、夜の世界に行くのかもしれない。でも、今は……この場所で、頑張っていこうと思います!」
「うん、いい返事だ。それじゃあ今日も、頑張ろうか」
「ねー、話終わった~!? なんでオレだけ雑用で外に追い出されなきゃだったの!?」
買い物を頼まれて外に出ていたエースが帰ってきて、探偵事務所に日常が戻る。
僕の人間としての人生を終えたいつかの夜、ちょっとキザで我侭な恋人が迎えに来る日を夢見て、今はただ。
時々幕間での逢瀬を楽しみながらも、舞台の上では探偵助手としての追いかけっこを続けていこうと、改めて決意するのだった。
*おしまい
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