・バーテンパロシリーズ『崩壊ストラテジック』の続編です。これまでのお話を読んでないとたぶん意味が分かりません。
・バーテンダーシルバー×若手警察官デュースのパロディ世界です。続編なのでパロディ本棚に入れています。
・シルバーが時々(バーテン営業時)は敬語なので、誰が喋っているか分かりにくいときがあります
以上大丈夫な方はスクロール↓
ジリリリリリリ……。
「ん……まだ寝せろ……」
いつもより、30分早くかけた目覚まし時計を止める。ベッドに潜り込んで、もう一度寝ようとしたら、スマートフォンのバイブレーションと独特なメロディが鳴った。
「……」
誰だこんな朝から、まだ寝せてくれ、と思った。が、一拍置いた後、がばりと起きてスマートフォンを拾い上げ、急いで通話の着信を取る。すると、やはりと言えばいいか、愛しい声が言った。
『おはようございます、シルバーさん! 起きてますか?』
「おはようデュース、ああ、問題ない。今起きたところだ」
起き抜けの少し枯れた声で、精一杯格好つける。そういえば、俺が遅刻しないように、朝寝過ごさないようにと、今日は起こしてくれと頼んでいたのだった。忘れていたわけじゃないが、起き抜けだとどうにも気づけない。……この眠り癖はなんとかならないものか。
『今日は、水族館行く日ですよ! 遅れないでくださいね!』
「ああ、分かっている。すぐに準備して、迎えに行く。バーの前で、待っていてくれ」
分かりました、それじゃあまたあとで、とデュースは通話を切る。今日は、デートの日だ。この間デュースを妬かせてしまった詫びも兼ねて、ふたりの休日が重なったこの日に、一緒に出かけようと約束をした。
「予約は……無事、取れているな」
実は、まだデュースには見せていない一面だが、俺はあまり機械の類が得意ではない。だから、親父殿に適宜教えてもらいながら、電話やインターネットを駆使して、なんとかデュースのために、海の見えるレストランの、窓辺の席を予約した。
あとは俺がデュースを迎えに行って、時間通りにエスコートするだけだ。
「ふぁ……」
……だが、まずは顔でも洗うか。俺は、デュースに見せるための自分を整えようと、洗面台へと赴いた。
それから。車に乗り、デュースを迎えに行く。小さい頃から居眠りしがちな体質だったせいで、免許を取るのは大変だったが、年を取るにつれ、居眠り癖は改善し、今では問題なく車の運転も許可されている。
バーの前に着き、適当なところに車を停める。そして、約束通りの時間に待っていてくれたデュースを拾った。
時計を見ながらそわそわしている姿が、可愛らしかった。
「おはよう、デュース。今日はよろしく頼む」
「はい! よろしくお願いします!」
助手席のドアを開け、デュースを乗せる。シートベルトをきっちり締めたのを確認して、車を走らせ始めた。
車内のスピーカーからは、今日のために用意しておいた、夏や海の匂いを感じるJPOPやボサノバを集めたBGMのプレイリストが流れている。
「グローブボックスに水族館のパンフレット入れておいたから、見てみてもいいぞ」
「本当ですか!? じゃあ、失礼して……」
デュースはさっそくパンフレットを取り出し、読み始める。さて、今日の俺の最初のミッションは、まず無事にデュースを水族館へ連れていくことだ。絶対に安全運転をしろと自分に言い聞かせながら、集中してハンドルを握っていた。
……パンフレットを眺めるデュースが、ちらりと横目にこっそり俺を見ながら(やっぱり格好いいな)なんて心の中で呟いていたことは、知らずに。
それから、無事水族館の駐車場に車を停める。問題なくデュースを連れてくることが出来て良かった。
ふう、と一息ついていると、運転お疲れさまです、とデュースが俺を労ってくれた。それだけで俺のわずかな疲れはどこかへ吹き飛ぶような気がした。
「ありがとう。そうだ、ほら」
ホルダーケースから、2枚のチケットを取り出し、1枚を渡す。水族館の入場券だ。あらかじめ買っておいた。
「わっ、ありがとうございます。用意しててくれたんですね」
「早く入りたいかと思ってな」
じゃあさっそく行きましょう、とデュースは俺の手を引く。喜ぶ顔が嬉しくて、そう急がなくても大丈夫だ、と笑いながら大人しくデュースに手を引かれることにした。
「チケットを拝見します。大人2名ですね、どうぞ」
水族館の受付ゲートを越えて、館内へと入る。最初はどっちからかなあ、なんてきょろきょろしているデュースに、順路はあっちみたいだぞ、と大きな矢印のついた看板を見つけて案内してやった。
するとデュースは、控え目に言う。
「あの。……僕、その。あんまり、こういう、水族館とか、来たこと……なくて。だから、えっと」
子どもみたいにはしゃいじまうかもしれないんだけど、笑わないでくださいね、とデュースは言った。
「笑うものか。むしろ、今日を楽しんでくれたら、それが一番嬉しい」
するとデュースはぱあと明るい顔になって笑った。
「……はい! 今日、頑張ってめいっぱい楽しみます!!」
はしゃぎすぎて転ぶなよ、と笑いながら、さっそく順路を進んでいこうとするデュースを追いかけた。
順路の始まりは、小さな水槽が並ぶ、小さめの海水魚や淡水魚の展示ゾーンだ。グッピーやベタなどがそれぞれに適した環境の水槽に入れられている。
「この辺は、いろんな色のちっちゃい魚がいっぱいいますね」
「そうだな。見てみろ、この小さいカニ。お前を見ているぞ」
「ほんとだ。……お前、僕になんか用か?」
『シオマネキ』と書かれた水槽の中にいる、片方だけ大きなハサミを持ったカニが、デュースを不思議そうに見ている。
そして、デュースも不思議そうにカニを見つめている。たったそれだけのことなのに、何故こいつは生きて呼吸しているだけで俺の心を掴んで離さないのだろうかと俺も不思議に思ってカニを見つめるデュースを見つめていた。
それからしばらく、いろいろな魚を見てはしゃぐデュースに喜びながらいちいち相槌を打ちつつ、満足しながら眺めていることをひたすら繰り返していると、次の順路が現れた。
次はなんだろうと喜んで進むデュースの後を着いてその先へ行くと、そこにはひときわ大きな水槽があった。
その水槽は厚く、大きく。俺たちの背丈など余裕で包み込んでしまえるほどの広さがあった。
「これは、すごいな」
「わあ……!! すげー、でっけー!! なんかいろいろいるな!」
デュースは大きな水槽自体と、その中にいる大型の魚たちを見て、子どものようにはしゃいでいる。
……以前、バルでデュースの身の上を聞いた時。母親とふたりの、母子家庭で育ったと言っていた。
水族館にしょっちゅう行けるような経済状況は、していなかったのだろう。
彼が今、子ども時代に持てなかった純粋な楽しみを取り戻しているのなら、それも良いと思った。
俺はただ、彼の傍にそっと寄り添うだけだ。デュースの生きた過去にも、これから生きていく未来にも。
「シルバーさん、見てみて! でっかい!」
「ああ、大きいな。……このエリアは写真撮影してもいいみたいだぞ、撮ってみたらどうだ?」
「ほんとですか!? じゃあちょっとだけ……!」
デュースがカメラを構えると、好奇心旺盛な魚がカメラに寄ってきた。
どうやらこの魚は『ナポレオンフィッシュ』と呼ばれているらしい。解説ボードに書いてある。
そして、来場客に写真を撮られるのが大好きで、カメラを向けると寄ってくるのだとか。
これは今見つけた知識だったが、デュースがなんだ、可愛いなお前、僕に撮ってほしいのかと喜んでいるので、誘導して良かった。
水族館に来ておきながら、魚よりもデュースばかり見ているな、と俺は自分で自分を笑い、魚を撮るデュースをこっそり撮った。
それから、デュースに声をかけた。
「写真撮影は満足したか? そろそろ、次のお楽しみの時間だ、行こう」
と言って、デュースに手を差し出す。そろりと乗せられた手を握って、連れて行ったのは、ショーブースだった。
「もうすぐ、イルカとペンギンのショーがあるらしいぞ。見ていくだろ?」
「はい! 見ていきます!!」
それなりに客が入ってる中、最前列から少し離れた、4列目程度の席を取って、石造りのベンチに座る。
ペンギンたくさん出ますかね、なんてはしゃぐデュースにほほ笑みながら待っていると、やがてショーは始まった。
ペンギンたちはよちよちとそれぞれ自由に歩き、泳ぎながら、たまに飼育員の言うことを聞かず困らせている。
その度に、観客席からは笑いが起きていた。
「あはは、自由なやつらだな。でも、可愛いですね! ちっちゃいヒナもいるし!」
「そうだな。アイツらは少し、お前に似ている」
「えっ、そうですか!? 僕、ペンギン……? なのか……?」
その後のイルカショーでは、3、4匹のイルカたちが、飼育員の指示に従いながら、浮き輪を潜ったり、ボールで遊んだりと次々技を見せていく。
デュースは、わあ、すごいすごいと喜んでいる。
それから、『イルカたちからのプレゼント』と称して、尾びれで観客席に水がかけられる。
……やはりな。最前列から3列目程度までは、完全に濡れてしまったようだ。
飛んでくる水からざっくり庇ったが、さて、とデュースの方を見る。すると狙い通り、デュースには完全にではないが少しだけ水飛沫がかかったようで、「水かかっちゃいました! でも気持ちいいですね!」と笑っていた。
問題ない、今日の俺の任務は滞りなく進んでいる。
それからショーが終わり、楽しかったなと笑い合いながら、次のブースへと進んでいく。
次は少し暗い、撮影禁止ゾーン。ライトアップされた、クラゲの水槽スペースだ。
「暗いな。手をどうぞ」
「は、はい……」
恥ずかしがって人前ではなかなか繋いでくれないが、暗い場所なら大丈夫のようだ。
デュースの手をぎゅっと握り、クラゲの水槽を見て歩いた。
「いろいろな色にライトアップされているな。どのクラゲが好きだ?」
「んー、どれも綺麗ですね。僕はこの『ミズクラゲ』ってやつが好きです。いちばんクラゲっぽい気がする」
「確かに、スタンダードなクラゲ感があるな」
デュースは、クラゲの水槽をきらきらした目で見つめている。
「あ、見てください。ここのクラゲ、足が絡まっちゃってますよ。はは、こんなこともあるんだな」
「そうだな。見てみろ。注意書きに『絡まっているときは飼育員があとでほどきます』と書かれている」
「そうなんだ、良かったなお前ら。あとでほどいてもらえよ!」
水槽のクラゲを励ますデュースの手に、指を絡める。
「……俺たちもクラゲみたいだな?」
と告げると、シルバーさんそれキザって言うんですよ、とデュースは少し口を尖らせて返事した。
それから、クラゲのエリアを抜けると、レストランがある。
「わ、レストランだ! ちょうど腹も空いてきたし、入っていきますか?」
「ああ。それじゃあ、どうぞ」
レストランのドアを引いて、デュースを入らせる。2名です、と告げるデュースの後ろから、俺は告げた。
「予約していたヴァンルージュです」
すると店員は手際良く、こちらへどうぞと案内をしてくれる。え、えと戸惑うデュースに、さあ案内に着いていくんだと背中を軽く押した。
「こちらご予約のお席でございます。窓から海の景色を楽しんで頂ける、シーサイドビューとなっておりますので、どうぞお楽しみください」
案内を終えた店員は、両方の席を引いて、俺たちが席についたのを認めると、すぐにお飲み物とお料理をご用意いたしますと一度立ち去る。デュースは俺の顔を見て、言った。
「予約、してたんですか?」
「驚いたか? 窓際の席は人気だと聞いていたからな」
「……ありがとう、ございます……」
やがてドリンクが運ばれてくる。今日は車に乗るから、ノンアルコール。俺の分はアイスコーヒー、デュースの分はトロピカルティーだ。事前にデュースがなんでも食べられるかどうかは、リサーチ済みだ。苦手なのはピーマンのみだそうだから、デュースの苦手なものは入っていないだろう。
少し恥ずかしいのか、遠慮がちにくぴ、とストローからひとくちトロピカルティーを飲んだデュースは、すぐに顔を綻ばせて、言った。
「おいしい! これすっごくおいしいです、シルバーさん!」
「ああ。このレストランの名物なんだそうだ、味わって飲んでくれ」
それから、談笑を楽しんでいると、料理が運ばれてくる。
「こちら海鮮のフリッタータでございます」
ありがとうございます、と皿を並べてもらえば、店員はぺこりと一礼して下がる。
デュースはその料理に、目を輝かせた。
「これって、卵? フリッタータって聞いたことないですけど、卵のごはんですか?」
「ああ。卵を使った、オムレツのようなイタリア料理だ。お前は、卵が好きだと言っていたろ?」
僕ちょっと言っただけだったのに覚えていたんですか、とデュースが驚いた顔で言う。
「当たり前だ。お前のことなら、なんでも覚えてる。どんな些細なことでも、頭に残るんだ」
するとデュースは、少しだけ顔を曇らせた。……ん、どうしたんだ?
「どうかしたか?」
「あ、いえ。……なんでもないです。料理うまそうですね、冷めないうちに食べちゃいましょう!」
「ああ」
そうして、俺たちは海の見えるレストランでの食事を、景色と共に楽しんだ。会計はもちろん、デュースが席を立っている間にさっと済ませておいた。
それから俺たちは、レストランを越えた先にある土産売り場を見る。土産売り場へ行く道は水中トンネルになっていて、デュースはそこでもわあ、とはしゃいでいた。あのときばかりは、一から十まで反応が良すぎる。また連れてこよう。と即時に思ったものだ。
土産店の中では、デュースは素朴な目をしたクラゲのぬいぐるみがとても気に入ったようで、1匹連れて帰りたい……と唸っている。
「気に入ったなら、連れ帰るといいじゃないか。何が気になっているんだ?」
「えっと、さすがにぬいぐるみは子どもっぽいかなって……レジに並ぶのもなんか、恥ずかしくて」
俺はふっと笑い、ひょいとデュースの手の中にあるクラゲのぬいぐるみを拾い上げる。
「こいつでいいんだな」
「えっ、あっ、シルバーさん?」
「待ってろ」
レジに向かい、さっと会計してしまう。そして、ほら、俺からのプレゼントだとデュースに渡すと、デュースはぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、ありがとうございます、と言った。……それにしてもデュースとぬいぐるみの組み合わせ、すごく可愛いな。
そんな内心を隠しつつ、どういたしましてとスマートで余裕のある男のフリをした。
それから、水族館を出た俺たちは、水族館の隣にある、ちょっとした砂浜を歩く。
デュースはずっと大事そうにクラゲのぬいぐるみを持って、「お前の故郷だぞ」とそいつに海を見せたりしていたが、ふと、立ち止まった。
「……あの、シルバーさん」
「うん、どうした? ……何か、あったのか?」
少し不安そうなデュースの声音に、俺は戸惑う。何か、今日のデートに不備でもあったろうか。
段取りは上手く行ったし、それはどれもデュースは喜んでくれた、と思うのだが。
「えっと。その、今日、すごく楽しかったんです。楽しかった、んですけど。なんか、僕ばっかり、してもらっちゃってる気がして」
だから、とデュースは言う。
「チケットとか、予約とかもそうですけど。……いつもカクテルとか、考えて出してくれるのも、そうなんですけど。シルバーさんは、いつも僕のためにたくさん、いろんなこと準備してくれてて、で、僕はそれに流されてばっかり、してもらってばっかりで」
だから僕、シルバーさんにちゃんと、気持ちとかいろんなこと、返せてるのかなって思うんです、とデュースは言う。
俺は、困った。俺に返せてるかなんて、俺からすれば、俺の恋人としてデュースが今日も生きて呼吸してくれているだけでも十分なのだが。どうにも、デュースにとってはそうではないらしい。
つまりは、『完璧にやりすぎた』、ということだ。……ならば。ならば崩そう。この日デュースのために用意した、『完璧な彼氏のシルバー』を。そして、吐露しよう。デュースに合わせて舗装した道筋で、俺の胸の中を。デュースが、それを辿り、歩きやすいように。デュースの心の曇りを晴らすためならば、何日かけて準備した計画だって、一瞬で砂のお城のように崩れ去ってかまわないから。
「……ああ、えっと、その、すまない……なんと言えば、いいか。その……」
頬に赤みが出るように、この間のデュースを思い出す。……あの拗ねたおねだり、本当に可愛かったな……。
「……その。気合を、入れすぎてしまった、ようだ……。ええと。俺も、今日をすごく、楽しみにしていて。だから、お前を……うまくリードできるように、と。入念に、準備を重ねてしまった……」
これは嘘じゃない。楽しみにしていたのも、準備を重ねたのも、本当だ。ただ少し、デュースへの見せ方をアレンジしただけだ。カクテルの甘さやシェイクの回数を調整して、お客様ごとに好みの味に合わせてお出しするように。
「そ、そうだったんですか……っ」
「ああ。……だから、その。気に病むことはない。今日、一日中楽しんでくれただけで、俺はすごく、嬉しい。ちゃんと喜ばせられて良かったと、満足している、から」
だから、何も返せてないことなんてないんだ、と俺が言うと、デュースは、クラゲのぬいぐるみを両手で抱えたまま、言った。
「……あの。でも、えっと、今日はこの後、家に帰る、予定でした、よね」
「ああ。ちゃんと、家まで送り届けるつもりだ」
そう答えると、デュースはきゅ、と口を結び、それから、頬を精一杯に赤くして、言った。
「あ、あの。今日は僕がお持ち帰り、していいですか。……シルバーさんと、まだ、一緒にいたい。シルバーさんに、もっとたくさん、気持ちを返してあげたくて……だから、」
家に来てください、とデュースは言った。思わず漏れた素の声で、いいのか、と尋ねると、デュースは、はい、と照れくさそうに笑った。
「その、アパートだし、あんまり広い家じゃないんですけど。ひとり暮らし、なので」
バーから少し歩いたところにあるので、案内しますから、と告げるデュースに、俺は、分かったと答えた。
「……分かった。今日はお前に持ち帰られることにしよう」
そう言ってデュースと彼の抱えるクラゲのぬいぐるみの頭を順番に撫でてやり、それじゃあいったん車に戻ろうか、と誘(いざな)った。余裕なフリをして、車のキーを開け、運転席に乗り込んでいるが、俺の内心は、もうどうしようもない。
デュースの家、内面の集まる場所だ。そんな場所に立ち入ることを許されたことが、何より嬉しくて仕方なかった。
夕焼け空の帰り道、一度バーと俺の家を含んだマンションの地階にある駐車場へと着く。どうぞ、と扉を開けると、デュースは助手席でまだぬいぐるみを抱えていた。ずっと持っているな、と思う。そんなに一目惚れしたのだろうか。
「そいつ、そんなに気に入ったのか?」
尋ねると、デュースは少し恥ずかしそうにした。
「あ、えっと。……可愛いのもそうなんですけど、その。クラゲのつかみどころなくて、でもどこか透明な感じが、シルバーさんに似てるな、って思って……」
だから家までちゃんと連れ帰ります、クラゲもシルバーさんも、とデュースは言う。
俺は既にいつものように自宅へデュースを連れ込みたい気分になってしまったが、今日はデュースに持ち帰ってもらえる日なので、我慢する。
「それじゃあ、案内してくれるか? お前の家へ」
「は、はいっ」
デュースと共に、バーの前を通り過ぎ、帰り道を歩く。俺が休みなだけでバー自体は今日も営業中なので、もしかしたら窓から常連客たちには見つかっているかもしれないが、まあ今さらのことだ。
10分と少し程度歩くと、やがて1つのアパートが見えた。
「ここです、ここの2階の右から2番目の部屋が僕の部屋」
階段を上がり、デュースの家へと招き入れられる。アパートの中は、端が剥がれて角がひとつだけ丸まったバイクのポスターや、脱ぎ散らかされた洗濯物など、少し生活感のある乱れも見えはするが、それなりに整頓されていた。印象としては、よくある一人暮らしの若い男の部屋、という感じだ。だが、それがデュースの部屋だというだけで、俺の目にはこんなにも特別に映る。
デュースは部屋の中へ俺を招き入れると、クラゲのぬいぐるみをそっと床に置き、ドアを閉めたばかりの玄関で俺を振り向き、ぎゅっと抱き着いた。
「へ、へへ……。シルバーさんが、僕の家にいる……なんか、嬉しいです、すごく」
俺はぎゅっと抱きしめ返す。
「ああ、俺もだ。ここに入れてもらえて、嬉しい」
「……へへっ。じゃあ、中入って、適当にゆっくりしてください! まずは簡単で良ければ、適当に夜食とか作りますから」
「ありがとう。俺にも何か手伝えることがあったら、言ってくれ」
「はいっ! でもシルバーさんへのお返しですからね、今日は僕がやるんです!」
デュースは嬉しそうに、荷物を持ってパタパタと部屋の中へ入っていく。
少しずつ、近づいている気がした。俺たちの距離はまるで、グラスの中の氷のようだ。最初は固くそれぞれの境界を持っているが、時間が経つにつれて、境界が少しずつ溶け合っていき、互いの温度を引き立たせる。
となると俺は氷の方だろうか、酒のほうだろうかと馬鹿な疑問を持ち、すぐに答えを出した。
きっとデュースの方が、酒に違いないからだ。何故なら、彼の存在は、いつも俺をこんな恋に酔わせてくれるから。
「シルバーさん? どうしました?」
「ああすまない、噛み締めていた。今行く」
さて今日はどんな風にお巡りさんの純情を俺色に染めてやろうかと、この後の仕込みを考えながら、お邪魔しますと呟きデュースの家の中へと足を踏み入れた。
*おしまい
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