番ひ傘さし雨降る日にて~本歌取り・牡丹灯籠~

*オメガバースの世界線になります。シルバー(α)×デュース(Ω)です。
前回オメガバースとして書いた「言わぬが花、咲くや恋」とはまた違った世界線のオメガバースとなります。
*一部、筆者の大好きな江戸怪談「牡丹灯籠」から大きく着想を得ています。愛する原典に、尊敬と感謝を込めて。
*やりたい放題です。なんでも許せる人向け。
 
以上大丈夫な方はスクロール↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さい頃から、よく夢に出てくる人がいた。
 その人は、自分のことを「シルバー」だと名乗った。
『お前の名前は? ……そうか、今はデュースと言うんだな。待っていてくれ。今はまだ子どもだが、きっと大きくなったら迎えに行く』
『うん! ぼくたち、ずっと一緒だ。ゆびきりげんまん、ウソついたら……』
『嘘なんて、吐くわけない。分かってるだろう?』
 それが、幼い頃の記憶。その人は、今もちょくちょく夢に出てきては、僕の近況を聞いて満足そうにする。
『紫陽花が綺麗な季節になったな。デュース、お前は、紫陽花が好きか? 俺は好きだ』
『紫陽花、ですか? うーん……。僕はなんとなく、鈴蘭が好きです』
『そうか。鈴蘭……あれもまた、良い花だ。暗い夜の道を灯してくれる、灯かりのような花だな』
 そんな他愛もない話を繰り返して、最後にあの人が出てくる夢を見たのは、学園に入学する直前。
『ナイトレイブンカレッジから、招待状が届いたのか? ……そうか。なら、もうすぐ会えるな』
 と、嬉しそうにほほ笑む顔を見た。それから、僕に向けて『シルバー』は言った。
『ああ、それから、もうひとつ。学園に入学したら、健康診断があるだろう。きっとお前は、「Ω」だと言われるから、薬を持っておくようにな』
 と、予言めいたことを残して、その日の夢は覚めた。僕は、昔から見てる馴染みのある夢だとは言え、変な夢だなあ、と思った。

 で、入学式を終えたあと、すぐ。夢のお告げの通り、健康診断があり、僕はそこで『Ω』の診断を受けた。
「お前がΩなんて、意外~。あんまりそうは見えねえけど……、って、どうした? デュース。……おーい。もしかしてだけど、さすがにショックな感じ?」
「違う……」
「じゃあなんで惚けてんの、って、え!? 何!? 誰!?」
 僕が驚いていたのは、Ωだと診断されたこと自体に、じゃない。それをなんで、夢の中の人が知っていたのか、ってことに驚いていた。でも、それを考えてる間もなく、第二の驚きが訪れた。
「ふっ。……『初めまして』だな、デュース」
 僕らと同じ、ナイトレイブンカレッジの式典服を身に着けて。会いたかったぞ、と笑うその人は。紛れもなく、夢で見た『シルバー』そのものだったからだ。
「なっ、なんで……現実にいるんだ!?」
「何、どういうこと!? 現実って何!? アンタ誰!? 全然話が見えねえ!」
 騒ぐエースをよそに、『シルバー』は僕の手をぎゅっと両手で握って、言った。
「デュース。お前は間違いなく、俺の『番』だ。だから、印をつけさせてほしい」
 そう言って、『シルバー』は僕を抱きしめる。僕は、混乱のまま、流されそうになったが。このままじゃまずいことだけは分かった。分かったので、手が出た。
「オラァ!!」
「!?」
「だからデュース、お前も何してんの!?」
 夢の中の『シルバー』によく似た人物を、思わず突き飛ばそうとすると、すっと避けられた。こいつ、できる……!!
 もう一度迫ってくるかと思ったけど、その人は悲しそうな顔をした。
「……拒まれてしまったか。そうか……」
 エースがどうすんだよ、と言わんばかりにこっちを見てくる。
 僕からすれば謎の人物とはいえ、その悲しそうな顔にずきりと胸が痛み、申し訳なさから、その人の相手をすることにした。
「えっと……。順を追って、話してください。まずアンタが誰なのか、なんで僕と番になりたいのか……」
「ああ、分かった。説明する。まず、俺はシルバー。ナイトレイブンカレッジの2年生だ」
「2年生……。先輩、だったのか」
「ああ。ディアソムニア寮に所属している。それで、デュース。お前と番になりたいのは」
 かつてそう誓ったからだ、と口にしたところで。ツカツカと、ローズハート寮長がやってきて言った。
「シルバー!! 今はウチのトランプ兵は大事な健康診断の時間だよ、自分の寮へお帰り!!」
「分かった、リドル。邪魔して悪かったな。……すまない、デュース。また、会いに来る。そのときに、改めて話をしよう」
 そうして、嵐のように去っていった『シルバー先輩』の背中を見つめて、僕はエースと顔を見合わせた。
「なんだったんだろうね、アレ……」
「……さあ、な」

 

 それから、数日後。シルバー先輩は昼休みに僕を訪ねてきて、言った。
「改めてお願いする。デュース。お前には、俺の『番』になってほしい」
「……目立つからやめてくれません……?」
 シルバー先輩は、あれから連日、僕の元を訪ねてくるようになった。
 僕に『番になってほしい』と、頼むために。
 お陰で僕はΩだってことがバレて同級生にからかわれたり絡まれたりするし、いい迷惑だ。
 ……この人といると、不思議と妙に落ち着くし、一緒にいること自体は嫌ではないんだけど……。なんかコーヒーの香りかな? どこかいい匂いがして、落ち着くし。
「あの。いい加減、教えてくれませんか。どうして僕と『番』になりたいんですか」
「それは……。教えたい、のだが。その、俺はあまり、説明が上手くない。どうしたら信じてもらえるかとも、思っていて」
 だが、確かにお前と一緒になるとかつて約束をしたんだ、とシルバー先輩は言う。
 僕にも、心当たりはないこともなかった。夢の中に出てきた『シルバー』とは、子どもの頃に、「ずっと一緒だ」と約束をしたような気もする。もしかして、あれがシルバー先輩と同一人物だというなら、今日この日まで、シルバー先輩はあの子どもじみた約束をずっと本気にしていた、ってことにはなるが。
「そう、ですね。確かに、そんな約束はしたかもしれません……」
 夢の中で、ですけど。そう言うと、シルバー先輩はふっと笑った。
「確かに、夢の中でも約束をしたな。あの頃のお前も、可愛らしかった」
 と言って。僕はその態度に、確信を持つ。ああ、この人、僕の夢に出てきてた『シルバー』と、同じ人なんだなって。
 だって、笑い方も、喋り方も。僕を愛おしそうに、そして時折、なぜか僕のことを切なそうに見つめる眼差しも、全部一緒だ。
「夢の中に出てこれるんですか?」
「ああ、それは……」
 俺のユニーク魔法の効果だ、とシルバー先輩は語った。好きなときに好きな人の夢に行けるわけではないけど、たまになら僕の夢にも行くことが出来たんだって。
「じゃあ、やっぱり小さい頃から僕の夢に出てきてたのはシルバー先輩だったんですね!」
「そういうことになるな」
 だけど僕には疑問があった。シルバー先輩は茨の谷の森の中出身で、僕は薔薇の王国の時計の街の出身だ。
 小さい頃、すれ違い程度にさえ会ったかどうかも分からない。シルバー先輩のユニーク魔法は『親しい人ほど夢に渡りやすい』らしいのに、どうして会ったこともないはずの僕の夢に出てくることが出てきたんだろう?
 僕がそれを聞いてみようとすると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「あ、ヤベ。もう昼休み終わりだ! 午後の授業に行かなきゃ!」
「そうか。午後の授業も、頑張れ」
「ハイ! ……あ、そうだ。こないだは勉強見てくれてありがとうございました!!」
「かまわない。一年の範囲なら、俺でも教えられる。……それに、番の面倒を見るのは当然だからな」
 出たよ、『番』。いつも僕のこと気にかけてくれるし、勉強や運動のコツも教えてくれるし。
 ほんと、やたらと番契約を求めてくるとこ、これさえなけりゃ、本当に良い先輩なんだけどな。
 ……別に、シルバー先輩自身のことが嫌だってわけじゃない。
 会ってたのが夢の中だけとはいえ、昔からの知り合いと言えばそうなんだし、番としての契約を求められること自体に嫌悪感はそこまでない。ただ、僕、まだ16歳の高校生だぞ。それも、Ωって診断されたばかりの。
 まだ、一生のパートナーを決めるには早すぎないか? もう少しじっくり考えさせてくれよ、って、僕はそう思うんだ。
 ――それがカスタードたっぷりのシュークリームよりも甘い、甘ったるい考えだとは、まだ知らずに。

 そんな日常を送っていた、ある日。僕は、学園の中庭にいた。ベンチに座って、風を感じながらテキストを読んで、ちょっとでも勉強をしようと思ったんだ。
 そうしたら、急に。なんだか、呼吸が苦しくなって。はあ、と熱い息が漏れ出して、身体が熱くなるような感覚がした。
 なんだ、なんだよこれ。なんだっけ、これ。必死で、頭の中を探る。そうしたら、なんとか思い当たった。
 あ、これ、『ヒート(発情期)』、か。これが、そうなのか。
 しまった、Ωだって診断されたからって、別に僕は僕でなんも変わらないだろって思ってたから、こんなんなるって思ってなくて、薬とか、全然、持ってない。
 こんなことになるなら、シルバー先輩から夢で言われた通り、薬を持っておけば良かった。そしたら、すぐに飲めたのに。
 今じゃ、身動きも取れやしない。
 どうにか人目につかないところに移動しようと、ベンチから降りてうずくまると、ぐい、と茂みの方へ引っ張り込まれた。
 どこか落ち着く匂いに、きっとあの人だ、と振り向くと、やっぱりその人はそこにいてくれた。
「デュース、大丈夫か!?」
「シ、ルバー、せんぱい……」
「……ヒートか。来て、しまったんだな……」
 シルバー先輩は、少し辛そうな顔をして、ハンカチで鼻と口元を抑えた。あ、そっか。僕の、フェロモンに、当てられないように……。先輩は、もう片方の手のひらで、僕に薬を差し出す。
「飲めそうか?」
「は、い……」
 僕はその薬に、手を伸ばそうとする。でも、その薬をうまく受け取れず、シルバー先輩の手のひらから落としてしまった。
「あ……!」
「……っ!」
 シルバー先輩は、急いで薬を受け止めようとするけれど、薬は草むらの中にころころと転がっていき、見えなくなってしまった。
「まずいな……。ここにお前をひとり置いていけば、他のαがフェロモンを嗅ぎつけて、大変なことになってしまうかもしれない」
 そう言うと、シルバー先輩は赤い顔のまま、上着を脱いで、僕の顔に被せる。
 そして、僕の身体を抱きかかえて、走った。
「緊急避難として、俺の部屋に連れて行く。そこなら薬もあるから。……できるだけ、呼吸を抑えて、じっとしていてくれると、助かる」
「……っ」
 僕は、シルバー先輩に言われるがまま、どうにか、出来るだけ呼吸を抑えて、耐えていた。
 耐えている間、まるで、自分の身体が自分のものじゃないような情熱に、ひたすら突き動かされた。
 暗闇と、シルバー先輩のぬくもりと匂いの中、しばらく心地良い揺れが続いて、どこか柔らかい場所へ降ろされた。
「今、薬を取ってくるから」
 僕に被せられた、シルバー先輩のジャケットが取り払われた。
 まわりを見るに、どうやら、ここはディアソムニア寮の、シルバー先輩のベッドの上らしい。
 でも、僕は今やそんなこと、どうでも良かった。ベッドに香るシルバー先輩の香りが、僕の興奮を煽った。
 少しスパイシーなブラックペッパーのような香りに、コーヒーの匂いが混ざった、大人の香りだ。
「デュース? ……大丈夫、か?」
「ふっ、う……っ」
 涙をぼろぼろとこぼす僕を見て、シルバー先輩は、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「……」
 シルバー先輩が、グラスに注いだ水を口に含む。そして、何かを口の中に入れると、シルバー先輩は僕にキスをした。
「ん……っ、く……っ」
「……は……、飲み込め」
「……っ」
 たった今、口の中に送り込まれたものを、ごく、と飲み込む。すると、身体が少し、ラクになったような気がした。
「抑制剤だ。……これは効果が良くて、すぐに効き始める。大人しく、していろ」
「は、い……」
 僕の様子が一応落ち着いたことが分かると、シルバー先輩も、また同じように薬を飲んだ。
「……せんぱい、アルファ、なのに……くすり、飲むんですか……?」
「ああ……これは、α用の薬だ。……自分で選んだわけじゃないΩに、うっかり誘われてしまわないための」
 そうして、お前を無理に傷つけてしまわないための、要はお守りでもある、とシルバー先輩は言う。僕はそんな先輩に、尋ねた。
「……せんぱい、せんぱいは、どうして。僕が、『番』だって、分かってたんですか……? 僕は、ヒートが来るまで、分かんなかった、のに」
 僕はさっき、分かった。シルバー先輩の匂いに、どうしようもなく興奮してしまったとき。
 間違いなくこの人が僕の唯一無二の『番』なんだと、頭でなく本能で、感覚で分からされた。
 シルバー先輩は、ベッド脇に腰かけ、僕の髪をさらりと撫でる。
「……そう、だな。何から、話せばいいか。……お前は、信じてくれるだろうか……」
「……信じます、今なら、なんでも。先輩が、嘘吐くような人じゃないって、もう、分かったから……」
 シルバー先輩は、僕を守ってくれた。あれだけ『番になってほしい』って連日お願いするわりに、発情期の僕を見ても、番のはずの僕の匂いを嗅いでも、我慢して、耐えて。そして、とうとう勝手にうなじに噛みついて、印をつけたりしなかった。
 ……本当に、誠実な人だ。そんな人が、僕に、今さら嘘をつくわけない。
「ならば、話そう。俺とお前は、その昔。遠い東の国の住人だった……」
 それから、シルバー先輩が話し始めたのは、こういう話だった。
 シルバー先輩は、昔『銀之丞』という若者で、『銀』と呼ばれて街の人に親しまれていた。
 ある雨の日、鈴蘭の光る夜道を辿ると、その先には赤い番傘を持った、不思議な雰囲気の青年がいて、彼は名前を『藍(らん)』と言った。
 銀之丞は一目で藍へと恋に落ち、自分は日が苦手だから、雨の夜しか会えないという藍の元に、夜な夜な通った。
 ある日、銀之丞の恋路をからかってやろうとした隣人が、ふたりの姿を見つけた。
 すると仰天、隣人が見た藍の姿は、生きた屍、骸骨だったのだ。
 翌日、銀之丞は当然、隣人から『銀よ、銀之丞よ、よくよく心して聞け。藍とかいうの、あれは幽霊だ、今亡き魂の、化け物だ。もう会うのはよせ』と必死懸命に止められる。
 それでも、隣人の忠告も構わず、銀之丞は藍の元に通った。夜な夜な、夜ごと、逢いに行った。
 藍の正体が亡霊だと分かってからも。銀之丞は、日々、身体の調子を崩し、瘦せ細りながらも。
 そんなある日、銀之丞は姿を消した。村人総出で探したところ、とうとう銀之丞は見つかった。
 とある紫陽花の咲く墓の下、骸骨の死体と幸せそうに寄り添い合い、抱きしめ合って。
「……その、『銀之丞』が前世の俺の姿、で。その……」
「……言わなくても、分かり、ます。『藍(らん)』ってやつ、その幽霊が、僕、だったんですね……」
 僕は、朧気な意識の中、納得していた。シルバー先輩に運ばれている間、ずっと、感じていた気持ちがあったから。
 『――もっと、触れたい。人の身体で、触れたかった。どうして。この身体は、あんたを痩せ細らせ、苦しめてしまうのか。
 次、もし生まれ変われるのなら、生きた姿で、同じ時を、生きたい。生きて、触れ合いたい。
 覚えてる。こんな熱を、ずっと求めていた。冷たい土の下で。ずっと、こんな熱に触れてほしいと思っていた……!!』
 あれはきっと、僕の中に残る、前世からずっと抱えていた『藍(らん)』の気持ち、情熱だったんだ。
 僕は、その話を聞いて。今度こそ、ふたりは結ばれるべきだと思った。
 そして僕も、シルバー先輩に……そして、銀之丞に。前世からずっと、僕のことを愛してくれたふたりの、その気持ちに、報いるべきだと思った。
 なんて、理屈ばっかりつけてるけど。要は、僕も。シルバー先輩が、好きだってことなんだろ。
 あるいは、好きになったのか、番だから好きになったと思わされてるのか、ほんとのところは僕には分からない。
 だけど、今目の前にいるシルバー先輩に、笑ってほしいと思う気持ちだけは、本当だ。
「シルバー先輩、……『番』の印、つけてください」
「いい、のか? デュース、お前は……」
 まだ覚悟が決まっていなかったのではないのか、とシルバー先輩は心配そうに尋ねる。
 でも、かまわなかった。かまわないと、思えた。と、言うよりも。……『足りないものが、そこにある』と思ったんだ。
「いいから、先輩。今さら怖気づいて、どうするんですか。……思い出させてください、僕に。全部、ぜんぶ……」
「……分かった」
 シルバー先輩は、僕のうなじに、かぷりと嚙みついた。
 その瞬間、びり、とした衝撃が身体に走ったような感じがして。
 走馬灯のように、過去の記憶が駆け巡った。まるでそれは、映画のフィルムを眺めているかのように、次々と場面が切り替わった。
 ――かつて『藍(らん)』と呼ばれた亡霊は、自分の名前以外すべてを忘れ、暗い夜闇、冷たい雨の中、ずっとひとりぼっちでいたこと。ある日、銀之丞に出会って、その世界が光に満ちたこと。
 暗い夜道の足元を照らす光る鈴蘭は、銀之丞が藍へ会いに来たことを報せる、不思議な合図だったこと。
 そうして、何度も通い来る銀之丞の姿に、藍もいつしか本気の恋に落ち。
 銀之丞が自分へ逢いに来る度、痩せ細ってしまうことに涙を流し、しょせん亡霊でしかない自分の身を嫌って『隣人の言うことを聞け、もう此処へは来るな』とまで言ったのに、それでも銀之丞は『この命尽きる、最期のひと時まで共に居る』と、とうとう土の下まで着いてきてしまったこと。
 そのぬくもりが、愛おしくて、悲しくて。次の世ではふたり、同じ蓮(はちす)の上で生きられますようにと、空巡る星に願いをかけたことを思い出した。
「……どうして、忘れてたんだろう。こんな大事なこと……」
 涙が、ぽろぽろ、ぽろぽろ、と零れる。次こそは幸せになるんだと、幸せにするのだと星に誓っておきながら、何故、こうも簡単に忘れてしまったか。
「思い、出してくれたんだな。……デュース……」
 そっと、シルバー先輩は僕のことを抱きしめた。そうして、ぽつり、ぽつりと語った。
「……番になってほしいと、言ってはいたが。その中で、葛藤もあった。お前が、俺のことを忘れているのなら、今世は、また別の相手を見つけて、幸せになってもらうべきではないのか、と。それこそがあの日の結末を選んだ俺の罰であり、役割だったのではないか、と……」
 そう思う夜もあった、とシルバー先輩は告げる。
「だけど、……御仏の慈悲はあったようだ……。デュース、改めて告げる。『藍(らん)』の記憶も、遺志も。それも、きっと大切なことだとは思う。だけど。お前自身の、願いを聞きたい」
 俺と、これからを共に生きてくれるだろうか、とシルバー先輩は言った。
 僕はひとつだけ、尋ねた。
「……シルバー先輩は、前世の……。『藍(らん)』のことがなくても、僕を好きになって、くれていましたか?」
「ああ。……元々、俺も、前世の記憶というものには、懐疑的だった。だが、夢の中で、お前の笑顔を、振る舞いを見る度に……、『ああ、これか』と。『この子が運命の相手ならば、悪くない』と。いつしか、銀之丞の気持ちと溶け合うようになっていったんだ」
 だから、俺自身の気持ちも確かにそこにある、とシルバー先輩は告げた。それなら、僕の答えはもう決まったようなものだった。
「それなら、僕も。……好きです、シルバー先輩。僕のこと、守ってくれて。ずっと、一緒にいてくれて、ありがとうございます……っ!!」
「……デュース。嬉しい」
 シルバー先輩は、改めて僕のことをもう一度抱きしめる。いつか土の中で包まれたものと同じ生きた匂いが、僕の鼻を掠めた気がした。

 その日から、僕はシルバー先輩と『番』になった。番になったことで、発情期やフェロモンなんかも、他のαに対しては、抑えられるようになった。僕は、今回の失敗を踏まえて、ちゃんと自分でも薬を持つようにもなったし。
 シルバー先輩も、いざと言うときのため、と、僕用のと自分用の薬を持っていてくれる。
 それでも、時々はお互いの生きた温度を確かめるように、触れ合う日もあるようになったけど……。
 まあ、それも悪くはない、よな? 『運命の番』で、『前世からの恋人』でもあるんだし。
 そういうわけでまあ、今、シルバー先輩と同じ傘の下で歩けるような現状に、僕は満足している。
「あ、見てください、シルバー先輩。虹ですよ!」
「ああ、本当だ。……どうやら、天気雨だったようだな」
 僕たちの頭上に、虹の橋がかかる。空に散った雨粒が太陽の光を照り返して、きらきら、きらきらと。
 足元の花壇に咲く、鈴蘭の花と紫陽花を、それぞれ露で濡らして。その景色のすべてが、いつまでも、いつまでも、輝いて見えた。

*おしまい

おまけ:タイトルは『番ひ傘さし雨降る日にて』で終わってますが、本当は『番(つが)ひ傘さし雨降る日にて、夜半(よわ)の鈴蘭灯るまにまに』と続けたかったです。今なんか頭に浮かんだので、適当に詠んだ句でした。タイトルとしては長いので省略しました。

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