ディアレスト

*現パロです
*『幽霊シルバー×霊感少年デュース』みたいな雰囲気です
*ちょっとだけRな雰囲気のシーンもあります
*オカルト的な儀式を捏造しています

以上大丈夫な方はスクロール↓

 

 

 

 

『なあ、知ってる? A組の、デュース・スペードってさ……』
『……ああ。知ってる。アイツの傍にいると、悪いことが起こりやすいんだろ……』
『なんだか、不気味だよな。近づかないでおこうぜ』
 
 ――キン、コン、カン、コン。5限目の終わりを告げる、退屈なチャイムが鳴る。
 くだらない陰口を一蹴しながら、僕は机の端に下げたカバンを取って、教室を出ていく。
 春も終わり、夏が近づこうとする湿度が僕たちを包み込もうとしていた。

 交差点、信号待ちを渡ろうとすると、不意に僕を止める声がした。
『デュース、危ないぞ』
 僕はその声に、ぴたりと足を止める。その瞬間、信号機は赤色に変わった。
 振り向きはせず、ちらりと隣に視線をやれば、そこに立つのは、銀色の髪を持った、透けた身体の青年だ。
 赤信号になる瞬間、足を止めた僕を見て、同級生がやっぱり、とヒソヒソ噂話をした。
 僕はそれを気にせず、家へと帰った。
「ただいま」
 誰もいない家へと帰り、階段を上がって自分の部屋へと急ぐ。まあ、誰もいないって言っても、母さんは仕事中ってだけだけどな。
 宅配便のトラックの運転手だから、何日かかけて遠くまで行くこともあるんだ。
 それで、部屋に戻る。部屋に戻った僕はようやく、銀髪の青年に話しかける。
「シルバー。今日もありがとな」
『気にすることはない。お前を守ること、それが俺の使命なのだから』
 シルバー。それが、この幽霊の名前だ。シルバーは、僕が覚えてないような小さい頃から、ずっと僕の傍にいる。
 それで、僕が危ない目に遭おうとすると、必ず守ってくれる。僕にとっての守護霊、守り神みたいな存在だ。
 シルバーが守っていてくれるから、僕自身は危ない目に遭わずに済む。でも、僕がこうやって回避した危機を、他の人は知らない。
 だから、他の人から見れば、僕がまるで不吉なことを起こしたり、他の人に押し付けてるかのように見える、ってことなんだ。
 でもそんなのは、どうでも良かった。僕にはシルバーがいてくれれば、陰口も、何も。どうでもいいんだ。
 だって、シルバーは、ずっと僕の傍にいてくれた。小さい頃から、ずっと、ずっと。
 誰に見えなくても、僕の傍にはいてくれた。困ったときには、いつも助けてくれた。
 僕がシルバーの手さえ振り払い、道を踏み外して、母さんを泣かせてしまったときも。
 これからも、シルバーは僕の傍にいてくれて、僕がどんな道を歩むとしても、ずっと、一緒にいられるんだろう。
 そう、思っていた。

 なのに、ある日、シルバーは言った。
『デュース。もうすぐ、16歳の誕生日だな』
「ああ。そうだな、今年はまともな誕生日になるといいけど……」
 少し前まで、僕は荒れていた。不良になっていたんだ。だから、今は母さんを悲しませないよう、今年こそはまともな誕生日を送りたい。
「シルバーも祝ってくれるんだろ?」
『……ああ。だが、その前に……。今のうちに、話しておきたい、ことがある』
 当然、傍にいて、祝ってくれるはずだと思っていた。そんな僕に、シルバーが告げたのは。
『俺は、お前の次の誕生日に、消えてしまうだろう。だから、言いたいことがあるのなら、今のうちに……言い合って、おかなければな』
 僕は、頭が真っ白になった。
 だって、だって、なあ。僕は、16歳の誕生日に、言おうと思ってたんだ。
 ――シルバーのことが、好きだって。

 その日は眠れなかった。僕は、これまでのシルバーと僕の歩みを、ずっとずっと頭の中で振り返った。
 初めて会ったのは、いつだったっけ? 5歳だか、3歳くらいのときだっけか。
 なんでか分からなくて、とても悲しくて、ひとりでしゃがみこんで泣いてたら、その頃は僕と同じくらいの見た目だったシルバーが、手を引いてくれた気がする。
 その手の暖かさに、僕はとても安心したんだ。
 それから、シルバーは、僕が危ない目に遭おうとするときや、困ったとき、必ず出てきて、手助けをしてくれた。
 例えば、信号待ちでぼーっとして、危うく飛び出してしまいそうになったとき。
 例えば、神社なんかに行って、石段を危うく踏み外しそうになったとき。
 例えば、ぬかるんだ崖から落ちそうになったとき、増水した川に足を滑らせそうになった時、なんだか怪しい祠に吸い込まれそうになったとき……。例えば、たとえば、たとえば。
 シルバーに助けられた瞬間、過ごしてきた時間の総てが、僕の中で走馬灯のように蘇る。
 僕はそうやって、僕の手を引き、声をかけながら助けてくれるシルバーに、知らない間に、気づく間もないうちに、恋をしていた。
 なのに、なんだって、なあ。今さら。今から1か月もしないうちに、お別れだって? ……急すぎる。

 僕はその夜、ベッドで寝転がりながら、隣で見守るシルバーに言った。
「消えるなんて、嫌だ。僕は、アンタがいなかったらきっと、またダメな奴に戻っちまう」
 傍にいてくれよ、と懇願した。でも、シルバーは言った。
『それでも、お前なら……正しい道を往ける。きっと、俺がいなくとも。それに、もし、またお前が道を間違ってしまったとしても……いいんだ。お前が、生きていてさえ、くれるのならば』
 優しく突き放すようなシルバーの言葉に、僕は、悔し涙を隠すようにして流した。

 翌日。蒸し暑さが近づいてくる曇り空の学校で、退屈な授業を聞き流していれば、赤毛のクラスメイトが話しかけてきた。
 コイツは、エース。エース・トラッポラ。入学当初からやたら僕のことを気にかけ、話しかけてくる、変わり者のクラスメイトだ。
「なあ、デュース。お前も一緒に遊びに行かね? 今日の放課後、みんなでカラオケとか行こうって話しててさ」
 その瞬間、教室の空気がひりついたのが分かった。そんな奴誘うなよ、と、みんなの目線が言っている。
「……やめとく。お前も、空気読んでやれよ。僕を誘って得する奴、いないだろ。この教室に」
「まわりのコトは関係ないじゃん。大事なのは、自分がどうしたいか、だろ?」
 僕は溜め息をついて、ソイツに答えた。
「とにかく、僕は行かない」
 僕の答えを聞いて、周囲の空気が、どことなくほっと緩んだ気がした。
 でも、すぐにそれはざわめきに変わった。
『アイツが行かないって答えたってことは、なんか悪いことが起きるのか?』
『え、やだ、怖い……今日やめとこうかな……』
 こういうのも、もう今さらだ。シルバーといられる代償がこれくらいで済むのなら、と思って、今まで耐えてきたっていうか、スルーしてきたけど。でも。もう、シルバーといられるってことすら、今の僕からは取り上げられるのかもしれないんだ。
「……用事があるんだ。僕にも。大事な用事が」
「用事? どんな?」
「お前には関係ないだろ」
 僕は、机の端にかけたカバンを取って、教室を出て行った。

 シルバーには、しばらく一人にしてほしいと頼んだから、今は姿を隠しているか、着いてきていない……と思う。
 僕は、帰り道にある見るからに怪しげな古書店で、尋ねた。
「……死んでしまった人と、添い遂げる方法を書いた本とかって、あったりするか?」
「おやおや……。これはまた、随分と危ない香りがする小鬼ちゃんだ。でもね、あるよ。ウチの店は、なんでもアリさ」
 店主はそう言って、一冊の本を僕に差し出した。
「でも、本当にいいのかな? その選択は、君自身が……人の道を外れる、ということでもある」
「かまいやしねえよ。お代、いくらだ?」
 そして僕は会計を済ませ、古書店を出た。
 古書店を出て、家へ帰ろうとした先、踏切の手前で、さっきのクラスメイト……エースが、僕を待ち構えていた。
「……」
 無視して通り過ぎようとすると、ソイツは僕を引き留めた。
「おい、なあ、オイって! デュース!」
「……なんだよ、馴れ馴れしく名前を呼ぶな」
 僕は踏切を渡る。カンカンと鳴る警報機の音が、列車が近づいているのを現していた。
 踏切越しに、僕らは叫ぶように話す。
「お前、さっきの店で、変なモン買ってなかった!?」
「お前には関係ないだろ!」
「あるって! クラス同じ、友達じゃん!! ってか、死んだ人と添い遂げるって、何なワケ!?」
「盗み聞きなんて、趣味悪いぞ!!」
「それは悪かったけど、さすがに顔見知りが危ないことしようとしてたら、止めるし!! お前、何考えてるの!? ねえ、お前さ、好きな女の子作ってさ、結婚して、子ども生んで、親にその子の顔見せたりするような……、そういう『フツーの幸せ』、いらないの!?」
 カン、カン、カンと、警報機の音がけたたましく鳴り響いていく。
 エースの言葉に、母さんの顔がよぎって、一瞬だけ言葉に詰まったけど。僕はそんなエースの叫びに、呼応するように、答えた。
「僕が何を考えてたって、僕が選ぶ、僕の自由だ!! 『他のヤツは関係ない、自分がどう思うか』、なんだろ!? ダチだって言うなら、止めるなよな!!」
 僕と、変わり者のクラスメイトを遮る、踏切の遮断機が、降りた。
 それをいいことに、僕は、踏切の向こうのエースを置いて、走り去った。通りすぎる列車が、僕が向かう方を隠してくれた。

 僕は、家に帰り、古書店で買った本を焦る手でめくった。そこに書いてあったのは、幽霊と添い遂げるための、儀式。
 いわゆる『冥婚』の儀式のうちの一種が、そこに描かれていた。
 ――もし、死者とコミュニケーションが取れる場合の方法は……。
 僕はそれを、じっくりと読み込む。そして、ふう、と息を吐き、覚悟を決めた。
 これからの一生を、たったひとりのために捧げていく覚悟を。
 僕の誕生日が、もうすぐそこまで、迫っていた。

『デュース。お前とは、いろいろなことがあった』
 あれから少しして、翌朝。ふと、僕の元へ戻ってきたシルバーが、懐かしそうに言った。
『少々、心配な時期もあったが……。お前はもう、ひとりでも立派に歩いていけるようになった。正しい道を。それは俺の誇りであり、光だ』
「何を、もうじきお別れです、みたいな雰囲気出してるんだよ……ったく」
『もうじき、というか……。明日は、お前の誕生日だろう。そうなれば、きっと俺は消える』
「消えないさ。絶対に、消してなんか、やるもんか」
『……デュース? そちらは学校じゃないぞ、どこへ行くんだ……?』
 僕はその日、学校を休んだ。エースに会いたくなかったし、それに、もっとやるべきことがあると思ったから。
 家に帰ると、母さんが何か、小物の入った段ボールのようなものを整理していた。
「あら、デュース? もう帰ったの? 忘れ物?」
「あー、なんかちょっと調子悪くてさ、今日は休もうかなって。……あれ、片付けしてんの? これって……」
 あら、風邪でも引いたのかしらと心配する母さんをよそに、僕の目は、1枚の写真に釘付けになっていた。
 そこに映っていたのは、だって、紛れもなく。幼かったあの日、僕の手を引いてくれたシルバーの姿だ。
「母さん、この、写真って……?」
 僕が尋ねると、母さんは答えた。
「ああ、それね。……デュース、落ち着いて聞いてね。あのね、あんたには小さい頃、仲良しのお友達がいたの。シルバーくんって言ってね、ひとつ年上の男の子で……。まるで本当の兄弟みたいに仲良しで、あんたはいつもその子の後ろをついて回ってた。でもね、ある日、一緒に遊園地に行ったとき、シルバーくんは、車道に飛び出していったあんたを庇って、その、事故で亡くなってしまって……」
「……僕、忘れてた、のか……そんな、大事なことを……」
「……小さかったもの、仕方ないわ。事故のショックでね、記憶が混乱してたみたいで……シルバーくんのこと、すっかり忘れちゃってたみたいなの。でも、もうアンタも16歳になるものね……」
 そろそろ、本当のことを知っても良かったのかもしれないね、と母さんは言った。
 僕は、少し休むと嘘をついて、部屋に戻り、鍵をかけた。
「……シルバー、いるんだろ」
『デュース……。お前が、気に病むことはないんだ』
 幼い頃の記憶が、蘇る。シルバーが僕の手を引いて、僕を突き飛ばして、引き換えに、目の前が真っ赤になった様子が。
 僕がわんわん泣いて、真っ赤になりながら、大丈夫だってほほ笑むシルバーの様子が。
 少し後の記憶が、蘇る。僕がすっかりすべてを忘れて、シルバーのことを一番の友だちだと思っていた頃。
 僕が、シルバーより身長が高くなってしまったのを悲しく思って、泣いてしまったら、シルバーがどうやったのか、大人になった姿で僕の前に現れたことを。
 そうやって、シルバーは今までずっと、僕のことを守り続けていてくれたことを。生きてる間も、死んでからも、ずっと。
 そんなことが分かってさえも、僕の我侭は止まらない。
「シルバー……! 嫌だよ、僕、アンタと、ずっと一緒にいたい……!」
『デュース……』
「アンタのことが、好きなんだ、どうしようもなく……っ、アンタさえ傍にいてくれたら、他のものなんて、いらないんだ……っ!!」
 僕は、泣きながらしゃがみ込む。シルバーは、とても悲しそうに、困った顔をした。
『俺も、お前のことが大事だ、デュース。でも、だからこそ……。お前と、離れなくてはならない』
「なんで。僕が、学校で疎まれてるからか!? それとも、友達がいないからか!? そんなのどうだっていいんだ、どうだって……!!」
『そういうのも、すべて、だ。俺のせいで、お前が疎まれることなど、あってはいけなかったんだ』
 俺の魂は本来、此処に在ってはいけないものだ、とシルバーは言う。
 それでも。それでも、僕は。
「……シルバーがいてくれるなら、ちゃんと、友達付き合いだってする。噂だって、誤解だって言う。それでも……?」
『今は良くても、お前の人生に俺がいては、きっと、いつか邪魔になる。分かってくれ、デュース。別れの時が来たんだ』
「そんな日、来ない! 来るもんか!!」
『デュース……』
 シルバーは、僕の涙を拭うように人差し指を目元に添えて、言う。
『ああ、やはり。……俺のこの身体では、お前の涙ひとつ、拭ってやれやしない』
「シルバー……」
『デュース。俺も、お前のことが好きだ。だからこそ、幸せになってほしい。俺は、人ではない、幽霊だ。人であるお前と同じ道を往くことはできない。お前には、こんな不自由な体を持つ男ではなく、共に老いて、同じ時を生きられる人と、幸せになってほしい』
 僕は、シルバーのその言葉を聞いて、覚悟を決めた。
 僕だけの我侭なら、シルバーを縛りつけるのは、良くないと思ってた。でも、シルバーも僕のことを好きだと言ってくれるなら。
「シルバー、本当に、僕のこと、好きなのか……?」
『ああ。だから、デュース……』
 僕はすくりと立ち上がり、古書店で買った本の表紙を払った。
 そうして、シルバーの前に持って来る。
「あのさ。この本に、書いてあるんだ。死んじゃった人と、添い遂げる方法が」
『デュース、それは……!』
 シルバーが慌てたように声をあげる。それでも、もう、僕の覚悟は決まっていた。
「その、方法は。真っ暗な部屋の中で、相手の幽霊と、結ばれること。僕は、今日、今夜、この方法を試す」
『駄目だ、デュース! ……危険だ……、やめてくれ』
 もし俺がそこへ行かなかったら、妙な低級霊などが迷い込むこともあるんだぞ、とシルバーは言う。
「シルバーが来なかったら、だろ? それに、いいんだ。そうなっても。だって」
 だって、の次に、僕は言葉を紡ぐ。本気の言葉を。
「だって、もしシルバーが今夜、僕に触れてくれなかったなら。僕は明日、高架橋から飛び降りる。重ねた時間も、夢も、これからの未来も、何もかも投げ捨てて」
『そんな……!』
「ずるくてごめん、シルバー。でも、僕には……僕にはもう、これしか、残されてないんだ。だから、お願いだ、シルバー」
 僕を想うなら、今夜、僕の部屋に来て、僕と結ばれてほしい。
 僕と一生を共に歩んで、ずっと、守っていてほしい。僕の心を。
「……もう、シルバーがいなきゃ、生きていけないんだ、僕」
 シルバーは、分かった、と頷いて、しばらく考える時間をくれ、と、僕の部屋を後にした。
 僕はぼうっとしながら、部屋の天井を見つめて。今晩、どうなるかな、なんて。どこか夢見心地で考えていた。

 ――デュースの言葉に、俺は、迷っていた。生きていて、ほしい。デュースには、幸せになって……幸せでいて、ほしい。
 だけど。だけど、デュースは今、俺がいなくては、死んでやる、と。言っている。それほどまでに、俺は……デュースのことを、彼の心を、取り込み、追い詰めてしまった。
 ならば、俺は。その責任を、取るべき、なのだろうか。それとも、デュースはそれでも、俺の気持ちを汲み、前を向けると信じて、黙って消え去るべき、なのだろうか。正しい道は、きっと後者だ。
 だけど、今……。デュースが選ぼうとしているのは、正しくない道だ。きっと……。
 その先にあるのは、あの日俺が避けようとした、薔薇のように真っ赤な血みどろの、悲劇的な結末だけかもしれない。
 ならば。ならば、俺は。たとえそれが誤った道なのだとしても、お前の隣に、寄り添おう。この選択が、正しくないとしても。俺は、お前に生きて、笑っていてほしいから。
 ――デュースに、笑って生きていてほしい。それだけが、俺の存在理由であり、願いなのだから。

 ――夜。
 皆が寝静まった深夜二時。僕は、部屋の灯かりを消して、そして、シルバーを待った。
 カチ、コチ、と時計の音が、やけに大きく響く。
 そんな中、何か、黒いモヤのようなものが、部屋の中に現れた気がした。
『……』
「シルバー……じゃ、ない、な。……そっか。僕の結末は、これか……」
 僕は、目を閉じて、その低級霊を受け入れようとする。するとその瞬間、眩むようなまばゆい光が、僕とその霊の間に光った。
『……まったく、割り込みとは、なっていない。デュース。遅くなって、すまなかった』
「シルバー……! 来て、くれたんだな」
 どうやら、シルバーがその低級霊と僕の間に割って入ったみたいだ。低級霊はシルバーの霊気に当てられたのか、いなくなっている。
『ああ。……悩みに、悩んだが。心も体も危ういお前を、このまま放ってはおけない。俺が守ることで、お前が、この先を生きてくれるのなら……俺は、この咎を背負おう』
「ありがとう、シルバー……」
『……デュース』
 シルバーは、僕の口に、そっと人差し指を当てるような真似をした。ひんやりとした気配が、口元に当たった気がした。
 僕は目を閉じ、待った。シルバーの冷たいくちづけが、僕の唇に重なったような気がした。
 自分からシャツのボタンを外し、身体をベッドに横たえて、待った。
 ひんやりとした気配が、僕の身体のあちこちをなぞり、触れているような気がした。
 ずっと目を閉じていたけど、でも、僕は不思議と、怖くなかった。
 たとえひんやりとした気配だったとしても、その手付きが、優しくて。
 今、僕に触れているのは間違いなくシルバーなんだと、分かるような気がしたから。
 そのうち、冷えた気配が、身体の中、奥の奥に重なるような感じがして。
 高揚する気分と共に、唇に、何かの『熱』が、触れたような気がした。
「……ああ、シルバー。僕、アンタに触れるようになったんだな……」
『デュース……。愛して、いる』
 僕に触れられるようになったシルバーは、額をこつんと合わせて、言った。
『本当は、お前は……同じ時を生きられる人と、道を歩むべきだった。俺がそれを、奪った。だから、これから一生、守ってみせる。これは俺の罪であり、永遠の誓いだ』
「ははっ……。僕、今、すごく嬉しい。アンタが、僕の人生を奪ってくれて、本当に嬉しいんだ。ありがとう、シルバー……」
 そうして僕たちは、抱き合って眠った。カーテンの隙間から、朝の光が射し込むまで、ずっと、魂ごとひとつになった気分だった。

 ――翌朝。シルバーは、少し照れくさそうに、おはようと僕の額にキスをした。
 シルバーは相変わらず透けていたけれど、触れる感触と温度は、確かに僕と共有している。
『デュース。約束は覚えているな? ちゃんと、友達付き合いもしていくんだ』
「分かってるよ。ちゃんと、今日からまた学校にも行く。友達とも遊ぶ。だって、シルバーがいてくれるんだもんな」
『ああ。それじゃあ、今日も頑張れ。俺は、ずっと傍で、お前のことを見守っているから』
 そうして僕は、母さんに体調を心配されたことに少し気まずさを覚えながら、学校への道のりを歩いていく。
 登校途中、エースに会った。
「ああ、エース。おはよう。昨日は悪かったな」
 僕が自分から挨拶すると、気まずそうにエースは返事した。
「お、おはよ。無事だったんだ……。……てかお前さ、なんかあったの? なんていうか、なんか……雰囲気、変わったけど」
「さあ、な。まあでも、これからはちゃんと……お前らとも付き合っていこうと、思ったよ。大事な人と、約束したからな」
「……あっそ! ならさっそく、今日の放課後から付き合えよな!」
「本当に早速だな……」
 僕は、まるで普通の学生のように、いつもの道を歩き始める。
 だけど、分かっていた。僕はもう、人の道を踏み外したんだってこと。それでもいいから、シルバーといたいと願ったってこと。

 ――あの本には、儀式の代償が書かれていた。僕はもう、同級生と同じ時間は歩めない。
 コイツらが大人になり、おじさんおばさんになって、老いていく横で、僕だけは今のまま、変わらない姿でい続ける。
 そうなったら、会えない友だちも出てくるだろう。母さんも、そのうち変わらない僕の姿を不思議がるかもしれないし、孫の顔は見せてやれない。そのことは、すごく申し訳ないなって思う。でも、それでも。
 エースにくらいは案外、事情を説明して、交流を続けられるんじゃないかなって気がしてた。

「そう思わないか、シルバー?」
『……まったく。お前と来たら……。まあ、でも。そのような未来も、いいのかもしれないな』
 お前がひとり、孤独でいるよりは、呆れながらも受け入れてくれる友人がいた方が、ずっといい。
 シルバーはそう頷いて、僕の頭を撫でた。
 
 エースはそんな僕の方を見て、言った。
「そういやお前さ、なんで時々何もない方見て、喋ったり笑ったりしてんの? それが、なんていうか、そこにいるのが……その、お前の、添い遂げたいって言ってた、大事な人とかだったりするの?」
 僕はシルバーをちらりと見て言った。
「ああ。それくらい大切な人がいるんだ、そこに」
「ふーん、なら仕方ないね。……危ないことじゃ、ないんだよね?」
「ああ、もう危なくなんてない。むしろ、僕のことを、守ってくれる。これからずっと」
「あっそ! ……なら、良かったね。なんていうか……おめでと!」
 エースはあっけらかんと、僕の告白を受け入れる。
「驚かないのか? っていうか、祝ってくれるのか?」
「……だって、ソイツと話してるお前、いつも幸せそうだし! 悪いものじゃないなら、別にいいでしょ」
 エースの言葉に、僕とシルバーは顔を見合わせて笑った。
 僕たちはあんなに悩んだけれど、案外、世界って、心が広いのかもしれないな、と。
 16歳の誕生日を迎えた僕の頭上に広がる空は、ぽつぽつと天気雨を落としながらも、ただ今は青く、不思議なくらいに澄み渡っていた。

*おしまい

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