*『夢泥棒と眠り姫』の続きです。前作読んでないと意味が分かりません。
*奏音69さんの楽曲『光-luz-』をリスペクトしています
*ハッピーエンドです。不穏な終わりが好きな方は前作のままで止めた方がいいでしょう
*雰囲気はダークじゃないですが、シリアス/ダーク作品の続きなのでシリアスジャンルに入れてます。

以上大丈夫な方はスクロール↓

 

 

 

 ――今日も今日とて、デュースは目覚めない。
 夜の街を歩き、適当に夢見がちそうな女を引っかける。好きでもない女を抱くこの作業も、もはや手慣れたものだ。
 くだらないことの繰り返し、変わらないルーティンだ。いろいろな感覚が麻痺して、世界が、だんだん、灰色に見えてきた。
 だが、今日の女は、少し違った。何か、違和感があったとか、好みの見た目だったとか、そういうわけではない。
 女は床が終わったあと、俺にとって、有益な情報をもたらしたんだ。
 今日の女が見ていた夢は、小さい頃に読んだ絵本の夢だった。その記述の中に、茨の谷に伝わる糸車の呪いの伝承に、よく似たものがあった。その、呪いを解く方法のことも。
『永遠の眠りについたお姫さまの呪いを解く方法は、王子さまが真実の愛のキスをすることです』
 俺は、幼い姿をした女が夢の中で眠った隙をつき、その絵本を盗んだ。夢の中の小物をなにかひとつ盗むことで、俺は夢のかけらを手にしていたから。
 だが、その日、デュースの元に戻り、その絵本から得た夢のかけらを捧げてみても、デュースの様子に変化はなかった。

『お姫さまの呪いを解く方法は、王子さまが真実の愛のキスをすることです』

 頭に、絵本の記述がよぎる。……まさかな、と思いながらも。その方法は、試していなかったことに気が付いた。
 デュースの唇へ、またかつてのようにくちづけるのは、再び彼が目覚めたときの祝いにだと、思っていたから。
 思い込んで、いたから。彼の唇へ、くちづけることは、ついぞ、していなかった。
 ドク、ドク、と鳴る心臓の期待を、落ち着け、確証はない、逸るな、与太話かもしれない、と抑えつけながら、薔薇の棺で眠るデュースに、一歩、また一歩と近づいた。そして、……そっと、その唇に、くちづけた。
「……」
 祈る、ように。縋るように、ふう、と、目を閉じたまま、息を吐く。
 そして、目を、開け、デュースの顔を、その表情を、見た。すると、
「ん……」
「デュー、ス……?」
「シルバー、せん、ぱい……」
 美しい、孔雀色の瞳が。生気を取り戻して、俺のことを、映していた。
 記憶から消えかけようとする度、必死に繋ぎ止めていたデュースの声が、耳に響いた。
「は、はは……デュース……!!」
 俺は、どんな感情を乗せていいかわからず、引きつる笑顔のまま、デュースの身体を、思わず抱きしめようとして。そして、そこで、気づいた。
「……そうか……。そうか、こんな……。ははっ、こんな、単純なことで、良かったんだな……っ!」
 食いしばった歯が、デュースに分かってしまわないようにと、立ち上がった。そうして、すぐに背中を向けた。
「人を、呼んでくる。お前が目覚めたと、皆に、伝えなければ」
 そうして、俺は、親父殿に、デュースが目覚めました、と一言、伝えたあと。
 ……ひとり、夜の街に、佇んでいた。

 何を、しているのだろうか。もう、デュースは目覚めたんだ。もう、夢を喰う必要もない。
 だけど、今は戻る気になれなかった。何故、何故ならば。
 ――ただ、『真実の愛のキス』をするだけで、デュースは、目覚めることができた。
 なら、俺が。今まで俺が、やっていたことは、一体?
 親父殿まで、俺の罪に巻き込んで、やっていたことは、一体、なんだったんだ?
 すべて無駄になったってかまわないと、そう思って、やっていた、はずだった。
 だけど、全部。全部必要なかった。無駄だった。俺が勝手に、一人踊っていただけの舞台だった。
 ……デュースが、目覚めたとて。これから、どんな顔をして、アイツの隣に立てばいい?
 愛する母親のために、立派な優等生になるんだと、そう笑っていたアイツの隣に、どんな顔をして。
 愛する父親を罪に巻き込んだ俺が、どういう顔をして、立っていればいいんだ?
 そんなことを考えていたら、そもそも、思った。
 俺は、デュースが目覚めたあとのことを、何も、考えていなかったんじゃないのか?
 デュースが目覚めることを、誰よりも、信じていなかったのは、本当は、俺、だったんじゃないか。
 適当な空き家の、入口に設けられた階段の軒下に、しゃがみ込む。まるで、迷子の子猫のようだった。
 ぽつ、ぽつと、暗闇だけが広がる夜の街に、雨が降り始めた。夜は深まり、ふっと、街灯の灯かりさえ、消えていく。
 燃え尽きたような、黒色だけが広がる街の景色の、中。小さな光が見えた。……あれは、ランタン?
 チカチカと光るランタンの灯かりは、少しずつ、俺の方に近づいてきて。そして、俺に、傘を差しかけた。
「探しましたよ。こんなところにいたんですね」
「……デュース」
 目の前に立っていたのは、目覚めたばかりのはずの、デュースだった。
「デュース、俺は……」
 お前の隣には、もう、立てない。そう言葉にしようとしたとき。
 ……抱きしめられていた。持ってきたはずの、傘さえ放り捨てて。
「知ってる。分かってる、全部。アンタが、僕のためにしてきたこと。やっちまったこと」
 どうして。デュースは、何も知らないはずなのに。だって、デュースは、ずっと眠っていたんだ。
 驚きを隠せない俺に、デュースは俺を抱きしめたまま、続けて言う。
「ぜんぶ、分かってるんだ。アンタの声、全部、聞こえてたよ。見えてたよ。苦しませて、ごめん」
「デュー、ス……」
 俺は、ただ、デュースの名を呼ぶことしか、できなかった。ただ、眩い光に、照らされはじめたかのように。
「……僕も昔、悪いことをしてた。でも、そのことを、今はすげえ、後悔してる。……眠ってる間、アンタを止められなかったこと、本当に悔しかった。泣いちまうほどにな。でも、それでも。僕を光の方に導いてくれたのは、いつかのアンタだ。アンタが僕のために堕ちたなら、今度は、僕がアンタを引っ張りあげる」
 そう言って、デュースは、ランタンを片手に拾い上げ、俺に、もう一方の手を差し出した。
 淡く光っていたはずの、ランタンの光が、夜の暗闇の中で、行く先を示してくれるかのように、強く、眩しく見えた。
「僕とこれから、やり直しましょう、シルバー先輩。ちょっと道を間違ったからって、しゃがみこんで立ち止まってるヒマなんか、僕らにはないんだ。それを教えてくれたのは、アンタじゃないか」
 そのデュースの言葉で、俺は、思い出した。それは、かつて、俺がデュースに向けた言葉。
 星送りの祭りの準備中、彼と話した俺が、デュースに与えた言葉だ。
『未来への不安を消してくれるのは愚痴ではない。たゆまぬ努力だ』
『弱音を吐く時間があったら、まずは努力を積み重ねろという意味だろう。俺は今もその言葉を胸に刻んでいる』
 それに比べて、今の俺は、どうだ? 道を誤ったから、と。しゃがみこんで、弱音を吐いて、ばかりじゃないか。
 顔を上げた。モノクロになった視界が、デュースの姿を中心に、色づいていく気がした。
 ……ああ。世界とは、こんな色をしていたのか。敵になったとばかり、思っていたのに。俺たちを包み込む、世界は。ずいぶん、淡く優しい色を、してるじゃないか……。
 俺は、デュースの手を取り、立ち上がった。
「ありがとう、デュース。……起きたばかりなのに、面倒をかけて、すまない。もう、大丈夫だ」
「ははっ。ったく、本当に手のかかる人だな。アンタ、飯もろくに食ってないし、夜も全然寝てなかっただろ。ほら、行くぞ」
「……ああ」
 デュースの放り捨てた傘を拾い、彼に半分を差し掛けて、同じ傘の下を歩く。
 かつては狩り場でしかなかった夜の街が、今はただ、静かに俺たちを見守ってくれる花道のように思えた。

 ――それから。デュースが戻った学園は、今日も平和で、賑やかだ。
 穏やかな昼下がりの午後、木陰に座るデュースは、隣で目を閉じていた、俺に問いかける。
「シルバー先輩、また寝てるんですか? 何か、夢でも見てました?」
「ああ……、長く、悪い夢を見ていた。だが、もう大丈夫だ。隣に、お前がいるから」
 さあ、午後の授業が待っているぞ、とデュースに言う。トレイン先生の飼い猫であるルチウスが、俺たちの前を横切っていった。
 ……あの頃、俺の犯してしまった罪と時間は、消えることがない。だが、デュースは、それでも、隣にいてくれると――同じ罪を持つ自分も、共に贖罪の道を歩くと、そう言ってくれた。
 俺は、これから少しずつ、時間をかけて、返していくつもりだ。かつて奪ってしまった人たちの夢のかけらを、少しずつ。
 もう会わないつもりの人もいたから、探し出すのは容易ではないかもしれない。それでも。デュースと一緒なら、その果てしない道を、歩んでいける気がした。

 そんな二人の穏やかな午後を、安堵するように見守る瞳があった。それは、かつてシルバーと同じ罪を背負った、リリア・ヴァンルージュの持つ、赤く揺蕩う瞳であった。

*おしまい

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