今はまだ、何も知らないままで

・付き合っている設定
・白うさイベ及び星送りイベの内容・ネタバレあり
・メインストーリー7章の重大なネタバレあり
・時系列矛盾、謎時空

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 街中は生クリームの香りとベルの音が鳴り響き、道行く恋人たちが湧きたつクリスマス……の、ほんの少し前。具体的には、2日前。俺は恋人であるデュースとデートの約束をしていた。お互いウィンターホリデー中ではあるが、どうにかして会おうと学校にいる間に約束を取り付けた。
 なぜ、クリスマス当日ではないのかというと、だ。二人とも、クリスマスには家族と過ごす予定があったから、それならクリスマスの直後か直前のどちらかに会いたいという話になり、どうせなら直前に会おうということになった。
 クリスマス期間は混雑すると言うから、もう、店も予約済みだ。あとは当日、待ち合わせに遅れず会うだけの手筈になっている。
 恋人と改まってのデートになるのなら、相応の恰好をするべきなのだろうか? しかし、俺は服には頓着がない。鏡の前でどのような服装が相応しいのか分からず悩んでいると、様子を見ていた親父殿がほほ笑ましそうに俺を笑った。
「そう気負わずとも、いつも通りでいいじゃろ。それともそんなに小洒落た料理屋でも予約したんか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「くふふ、若いのう! こんなにも早く、お前のそんな姿を見ることになるとは思わなんだ」
 親父殿はいつも通りの俺でいいと言って笑う。言われてみれば、それもそうかもしれない。普段から服装に興味のない俺が、妙に気合いを入れておかしな恰好になるよりも、下手に肩肘を張らない方がいいだろう。
「そうですね。いつも通り、防寒用のコートさえあれば、適当なシャツとズボンだけでいいでしょう」
「お? 本当に良いのか? 向こうがお洒落してきても知らんぞ、わしは」
「親父殿……」
 先ほどとは反対のことを言う親父殿に呆れた顔を向ける。まったく、これは俺をからかっているだけだな。本当に困った人だ。とはいえ、親父殿も適当ばかりを言っているわけではないだろう。服装を新調するにしても、俺にはどういったものがいいか全然分からない。結局いつも通りの恰好を選ぶことにして、その日を待った。

 デート当日。デュースとは薔薇の王国で待ち合わせをしている。薔薇の王国は遠い国だが、学園の鏡を経由させてもらえばすぐの場所だ。本来ならば海の向こうの、ずっと遠い国に住む恋人と、簡単に会うことができる。これもナイトレイブンカレッジに通っている間だけの特権だろうか。
 そんなことを考えながら、待ち合わせ場所へと急ぎ足で赴く。何故なら、以前薔薇の王国の祭りに参加した日と同じように、例のごとく俺は今日も寝坊したからだ。三つも四つも仕掛けた目覚まし時計を止めて、最後にデュースの声が入った目覚まし時計が鳴って、その声で待ち合わせの日だと思い至り、ようやく起きた。
 デュースはといえば、俺の居眠り癖への対応はもはや手慣れたもので、俺が寝坊することを見越して余裕のある時間帯に待ち合わせを指定してくれてはいるが、それでも寒空の下に長く待たせるのは忍びない。
 待ち合わせをしていた広場へ向かうと、デュースがこっちこっちと手を振るのが見えた。
「遅れてすまない……、やはり寝過ごしてしまった」
「あはは。そうじゃないかと思ってました」
 デュースの頬に触れる。冷たい。どれくらい前から待っていたのだろうか。すぐに暖めてやらなくては。
「……身体が冷えているな。店の予約までは、まだ時間がある。どこか適当なところに入って、何か暖かいものでも飲もう」
「あ、それなら僕、いいお店知ってます!」
 こっちこっち、と前を歩いていくデュースを追いかけ、お勧めだという喫茶店に入る。デュースは身体を温めるため、ホットカフェラテとショートケーキを頼むようだった。
「はは、お店に行く前なのに小腹が空いちゃって。先輩も、何か食べますか?」
「ああ、そうだな……」
 俺はこれ以上眠らないようにと、ホットのブラックコーヒーとコーヒーゼリーを頼んだ。ウィンターホリデーをお互い家族とどう過ごしていたか、とそのようなことを談笑しているうちに、やがて店員が飲み物と食事を運んできた。
「あ、きたきた。いただきます!」
 デュースはショートケーキの上に乗る苺をフォークでひとさしすると、ぱくりとそれを口いっぱいに頬ばった。セベクもそうだが、一年生は食べ物をやたらと美味そうに食うな。見ているだけで腹がいっぱいになりそうだ。
 目立つ赤色の苺が食われ、クリームで真っ白なケーキを見ていると、ふと、デュースに思うところがある。……コイツはまだ、俺のことを何も知らない。この真っ白なケーキのように、俺の過去の事情については、デュースの中では白紙のままだ。そんな思考を遮るように、デュースから声をかけられた。
「先輩は食べないんですか?」
「ああ、いただこう」
 コーヒーゼリーについてきたフレッシュをかけ、スプーンですくい口に入れる。ホットコーヒーも合わせて口に入れれば、苦味が良い感じに眠気を覚ましてくれる心地がした。

 喫茶店を後にし、まだ時間が余っているからと飾り付けられた街中の雑貨屋を見て回る。俺は今日の土産をマレウス様や親父殿、セベクに買って行こうと、デュースと共に品物を物色した。
「あっ、これドラコニア先輩に似合いそうじゃないですか?」
「確かに、マレウス様はお喜びになりそうだ。……もしかして俺よりお前の方がマレウス様の好みに詳しいんじゃないか?」
「えっ、そうなんですか? 今度ドラコニア先輩に聞いてみようかな……」
 普通の恋人のように、共通の知人の話を出して談笑しながら、街中を散策する。そのなんでもない、デュースにとってはきっと当たり前の日常が俺の心に安堵を与えていることを、きっとコイツは知らないのだろう。
「先輩、難しい顔してどうしたんですか?」
「ああ……なんでもない。土産選びに真剣になりすぎていた」
「もう、僕のことも忘れないでくださいよ?」
 デュースは頬を膨らまして拗ねてみせる。悪かった、と頭を撫でれば、デュースはすぐに機嫌を直してへへと笑った。素直な奴だ。それからいくつかの雑貨店を見て回り、防寒具や必要品を次々と購入して、お互いの片手が紙袋でいっぱいになった頃、夕焼け空が見え始めた。
「そろそろ予約の時間ですね。お店に行きましょうか」
「ああ、そうしよう」
 夕焼けと夜の色が混ざりあう時間帯の道を、二人で影を落としながら歩く。シャンシャンと鳴る楽し気な鈴の音が、鼓動を早めていく気がした。

 やがて、あるレストランの前に着く。予約していたスペードです、とデュースが名前を告げると、準備された席へと案内された。クリスマス前のデートなだけあって普段使いの場所より少しだけ値は張るが、それでも学生の自分たちにでも手が届く程度のカジュアルなレストランだ。
 料理はこの時期だけのコースが運ばれてくるようで、俺たちは席でそれを待っているだけで良かった。
「この時期は街もお店もどこも煌びやかですね」
「そうだな。皆楽し気で、どこか浮き足立っている。そういう時期だからこそ、俺たちは気を引き締めなくてはならないが」
「ははっ、もう。どこまでも真面目なんだから」
 デュースは今日、俺と会った瞬間からずっと、楽しそうに笑ってくれている。そのクリスマスのベルのような笑い声が、どんなに俺の心を軽くしてくれているか、コイツはまだきっと知らないのだろう。それでいい、と俺は思った。
 ……俺は、まだデュースに話していない過去の事情が、ごまんとある。何百年と赤子の姿のまま眠っていたことも、今はもう存在していない、剣の国の王子であったことも、俺が夜明けの騎士とレイアの子であり、それと同時にマレウス様と親父殿の仇であったことも。そんな、俺の心に影を落とした、暗い過去の事情の数々を。だが、俺はまだ、デュースにそれらのことを打ち明ける決心がつかないでいる。デュースは俺にフェアじゃないからと言って、交際を始める際に己の悔やんだ過去のことを伝えてくれてはいるが、それとは対照的に、俺はデュースに自身の経緯(いきさつ)を話せないままでいる。デュースは、誰にだって知られたくない過去はあると言って、俺の事情について詮索することはほとんどない。それに甘えて、俺は今日までデュースに何も話さないままだ。
 それは、きっと俺の我儘なんだ。俺はきっと、世界のどこかに、過去や運命のしがらみから逃れられる場所が欲しいんだ。それを今はデュースに求めている。まだ、デュースの前では重たく複雑な事情などない、ただの学生の、何者でもない「シルバー」でいたいと、情けないことだが、そう願っている。デュースの前でだけは、ただの何者でもない「シルバー先輩」でいられることが、ありがたくて、嬉しい。俺は、俺のことを何も知らないままでいてくれるデュースの姿に、態度に、言葉に、心を救われているんだ。
 そんな俺の想いをつゆ知らず、デュースは鈴の鳴るような声で笑う。それが、嬉しくて、嬉しくて、仕方ないんだ。うっかりすれば、涙がこぼれそうなくらいに。
「シルバー先輩? どうかしましたか?」
「いや……、ここの料理は、美味いなと思っただけだ」
「……そうですね! すっごくおいしいです。シルバー先輩と一緒だから、もっとおいしいですね!」
 口いっぱいに料理を頬ばって嬉しそうなデュースを見て、ほほ笑ましく思う。綺麗に飾り付けられた料理が運ばれてくる度、デュースはキラキラしていて食べるのが勿体ないだとか、サンタクロースやトナカイの飾りを食べるのは忍びないだとか、そんなささやかで可愛らしい幼子のような悩みでいちいち眉をしかめていた。そんな姿が、ただ愛おしかった。

 食事が終わり、外に出る。一番星が輝き始めた空の下で、デュースは楽し気な足取りを見せた。
「帰る前に公園のイルミネーション見ていきませんか? もう点灯が始まってる頃ですよ!」
「ああ、そうしよう」
 兎のように前をぴょこぴょこと進んでいくデュースを追いかける。ときどき振り返って立ち止まり、金色に輝くイルミネーションを背後に白い息を吐きながらこっちこっちと笑うデュースの姿がなんだかとても眩しく思えた。
「あ、雪! 見てください先輩、雪ですよ、雪!」
 空からちらちらと降ってくる白い氷の粒の塊に、デュースは意気揚々とはしゃいでみせる。クルーウェル先生ではないが、次から次へと目の前のものに新鮮な反応をしていく姿は本当に子犬のようだなと思った。
「そうだな。雪が降ってきた……寒くないか?」
「へっちゃらですよ! シルバー先輩と一緒なら、このくらい!」
 今日のデュースは本当に機嫌がいい。ウィンターホリデー中で離れ離れな中、久々に会えたというのもあるだろうが、やはりクリスマス特有の空気がコイツを浮き足立たせているのだろう。それでいい、と思った。当たり前のように、浮かれて、飛び跳ねて、喜んで、悩んで、騒いで。そんな、俺が悩む間もないほど忙しなく明るい姿を、くるくると変わる表情を見せてくれることが、俺の心を癒してくれる。
「シルバー先輩」
 俺を振り返りながら先を行くデュースが、悪戯を思いついた子どものような顔で足を止める。なんだろうかとそこへ向かえば、なるほどヤドリギのイルミネーションの下でデュースは俺を待っていた。
「本物のヤドリギじゃないし、まだクリスマスでもないですけど……。でも、いいよな?」
「……ああ、もちろん」
 目を閉じて待つデュースの頬に手を伸ばし、軽く触れるだけのキスをする。目を開ければ、デュースは嬉しそうにへへと笑った。
「僕、クリスマスにこんな風に誰かとデートしたの、初めてです。シルバー先輩。今日は、すごく楽しかった」
「ああ。俺もだ。……いい息抜きになった、今日はありがとう」
 俺は、デュースの身体をぎゅっと抱きしめた。まだ、コイツは知らない俺だけの感謝を込めて、精一杯に。……本当に、本当に感謝している。デュースが、俺のことを何も知らないでいてくれることに。何も知らないまま、傍にいてくれることに。それが、俺をただのありのままの、17歳の男子高校生であるシルバーという存在に、いつでも戻してくれることに。
 夜空を見ると、地上で輝くイルミネーションに負けないくらい星々が瞬いていた。世界のどこにいても、輝く星々を見上げる度、初めてデュースに目を奪われた流星の夜のことを思い出す。それはきっと、紛れもない俺の恋心なのだろう。
「……あの、星の夜。母君のために涙を流すお前の姿を見てから、ずっと、ずっと、お前のことが好きだった。今までも、そしてこれからもまた、こうして傍にいてほしい」
「はい……、僕も、ずっと。叶うのならずっと、先輩の傍にいたいです」
 デュースは俺の身体に腕を回し、同じくらいの力強さで、ぎゅっと抱き返してくれる。叶うのならいつまでもこうしていたいと思ったが、あまり遅くに帰してデュースの母君に心配をかけてもいけない。残された時間を惜しみながら、デュースに今日の別れを告げることにした。
「……そろそろ、帰してやらなくてはな」
「もうそんな時間か。なんだか名残惜しいですね」
「ああ。俺も同じ気持ちだ。だが、お互い……帰りを待っている家族がいるからな」
「はい。心配かけないように、ちゃんと帰らなくちゃ、ですね」
「ああ」
 デュースの頭を撫で、最後にもう一度キスをして、帰路を辿っていく。学園に続く鏡の前でもう一度手を振って、デュースにいよいよの別れを告げた。

 学園の鏡を経由し、茨の谷の家に戻ると、親父殿がお帰りと言って出迎えてくれた。
「どうじゃ、今日のデートは楽しかったか?」
「……ええ、とても。心が羽根のように軽くなる心地がしました」
 それは良いことじゃと笑って親父殿は笑う。マレウス様、親父殿。セベク。今まで築いてきた家族がいる、この暖かな空間を大切に思う気持ちは当然にある。だが、時々、ほんの少しでいい。ただの、なんでもないシルバーに戻りたいときは、デュースの傍で羽を休められたら、と思う。
 デュースにはまだ、何も知らないままでいてほしい。今はまだ、暗い夜空に降る純白の雪のように、俺の心へと静かに降り積もっていってくれたら。
 そんな気持ちは、胸の奥に秘めたままでいよう。いつか俺のすべてをアイツにも話すことができる、そのときまでは。

*おしまい

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